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「花菱家は代々自身の発展と成果を追求する家系でした。私が仕え初めの頃から一貫してそうでしたよ」
花菱は江戸から今まで続く誇り高き一族だと聞いた。
その名声と言う灯火を絶やさない為に花菱家は今までどれだけの犠牲を作ってきたのだろう。
俺達にはもう知る由もないことだった。
「ただ、社長……蔵人様については、その限りでは無かったんです」
「……え?」
鷲津さんの言葉に鈴音は目を丸くした。
「蔵人様がお変わりになられたのは、鈴音様が生まれる数年前からでした。それまでは花菱家の長としての顔もありましたが、あんなにも非情な方ではありませんでした」
「……嘘……」
鈴音の驚きはとても大きいものだったと思う。
鈴音はきっと冷酷で非情な蔵人しか知らない。
生まれた時からああだったと言われた方がまだ納得出来ただろう。
「詳しい話は私にも聞かされておりません。──ただ、蔵人様は若き頃鈴音様と
似た状況に立たれ、花菱の道具として生きる道を選んだと聞いております」
鈴音は信じられないという顔をしていた。
幼少期に蔵人によって狂わされたと思っていたその人生はその実蔵人ですら狂わされた内の1人だったという事になる。
だからと言って蔵人のした事が許せるようになるかと聞かれるとそれはまた別の話なのだろうが。
「今となっては蔵人様が心底で何を思っているのか知る者はおりません。……あの人は誰も信用しないですから。鈴音様がお生まれになった頃にはもう、何を考えているのか私達にも……奥様にも理解出来なかったようでした」
「…………」
鷲津さんの話に鈴音は何も答えなかった。
答えることが出来なかったんだと思う。
その後鷲津さんは話題を逸らすかのように鈴音の今後について話し出し、蔵人や花菱家の話題には二度と触れることはなかった。
──鷲津さんから聞かされた鈴音の今後についての事を纏めると。
まず学校は今まで通り通えるらしい。
花菱家は鈴音に本当の意味で関与しないつもりのようで、鷲津さんの名義であてがわれたマンションと鈴音が身を粉にして得た資金を手切れ金のようなものとして鈴音に残し、あとは一切我関せずで通すらしい。
鈴音は最初受け取りを拒否していたが
「そう言わずに、私からの餞別だと思って受け取って頂けないでしょうか」
と頭を下げられ、渋々といった形で受け取った。