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「…………お前の言っていることは、端から端まで全て感情論でこちらに何一つとしてメリットが無い。こんなもの交渉でもなんでもない。ただの我侭というものだ。そんなもので俺が意思を変える道理があると思うか?」
「だからその道理を引っ込めてでも頼むって言ってんだ! あんたさ、鈴音の笑顔とか見たことあるか? いや、鈴音じゃなくても良い、誰か1人でもあんたに心から笑ってくれる人いるのかよ?」
「……そんなもの──」
「一族の繁栄に役立たないってか? 違うな! 利益や支配の上で無くたって人は動く! 例え不利な状況に追い込まれたって、助け合う家族や仲間がいれば何度だってやり直せる! 俺の親父や、母さんはそうして俺や千鶴をここまで育て上げてきた! 鈴音が全校生徒に支持されてんのだって、単純な能力じゃない、あんたが否定し続けてきた信頼や思いやりがあったからこそだ! そうして鈴音達は「笑顔」を作ってきていたんだよ! 繁栄ってのはそうして築き上げてく上での結果だろ!」
「随分と破綻したロマンチストだな、理想では飯は食えないし人は動かない。お前の言っていることは甘っちょろい戯言だ」
「戯言結構! 理想論だってのも承知の上だ! けどな、俺は絶対に諦めないからな! この甘っちょろさは俺は絶対失くさない! 自分の娘の笑顔すらまともに見たことが無い父親の現実論なんざクソくらえだ! ──千鶴は佐倉家の大事な娘だ、鈴音の望まない結婚だって認めない。さらってだって認めるもんか! 花菱の姓がそんなにこいつを縛るって言うなら鈴音は佐倉家がぶんどって佐倉鈴音にでも何でも変えてやる!」
俺は目いっぱい空気を吸い込み蔵人に向かって叫んだ。
「鈴音も千鶴も俺が守るっ!! 誰にも渡してやるもんかあああああ!!!!!」
もう自分でも何を言っているのか解らないくらいの目茶苦茶な言い分だった。
しかも土下座した体勢のままだ。
蔵人の声も呆れ混じりだったと思う。
当たり前だ。
蔵人からしてみれば、いや誰が聞いても勢い任せの子供の言い分なのだから。
「け、圭吾………君って男は………」
鈴音の呆れたような声が後ろから聞こえた。
「に………兄さんってば………」
千鶴はと言うと何故か頬を赤くして涙目でこちらを見つめていた。
長い静寂の後
「……ふふっ……全く大したものだ」
そんな鈴音の楽しげな声が聞こえた。