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「花菱家だとか、一族の繁栄だとか、2人がどれくらい価値のある人間なのかとか。正直俺には遠い世界の話だ。あんたの話だって多分全然理解できてやしない。──でもな、俺は千鶴の兄貴だから……。兄貴ってのは妹を守るのが役割だから………絶対に千鶴を渡すわけには行かないんだ」
千鶴の言葉に充てられたからか俺の言葉は止まってはくれない。
いつかもこんなことがあった気がする。
万引き犯に立ち向かった鈴音と、鈴音に感化され、衝動的に犯人を追いかけた自分。
当時の状況とどこか似通っていることに内心で苦笑する、
やっぱり2人は、姉妹なんだ。
「鈴音だってそうさ、鈴音は俺の大切な親友で、妹の大切な姉ちゃんで……つまり俺達にとって誰よりも大切な人なんだ! こいつなしの人生なんか考えられない! 俺は鈴音のためなら何だってしてやれるし、鈴音が困っていたらどんなことをしたって助けてやりたい。例えどんな相手だって!」
勢いのまま俺はその場に座り込み、地に頭を擦り付ける。
古来より日本人にとっての屈服の姿勢で、最大の屈辱とされる禁断のポーズ。
簡単に言うと土下座だった。
「に、兄さん!?」
「け、圭吾! 何して──」
「……! お、お前……プライドが無いのか……?」
三者三様の反応だった。
というか満場一致でドン引きだった。
でも構うもんか。俺のプライドなんて紙切れみたいなもんだし、交渉のカードが無い俺には形振りなんてどうでもいい。
むしろ蔵人の面食らった顔を拝めたんだ。 勝った気分だぜ、ザマーミロ!
などと自分を鼓舞しながら俺は蔵人に、あるいは姉妹に自身の思いをぶつける。
「頼む! 2人を自由にしてやってくれ! 俺は2人とずっと一緒に居たい! こんな理屈あんたらには通用しないかもしれない! 花菱家の事情の前では俺なんかの土下座じゃ100回やったって足りないかもしれない! でも俺はあんたにこうして頭を下げるしかもう手段が無いんだ! 頼むよ!」
恥も外聞も無く喚き散らす俺とそれを困惑の目で見る3人。
こんな姿、男であれば。いや人であれば絶対に見られたくない。
しかも鈴音と千鶴の前でだ。
多分終わった後俺は死にたくなると思う。
けれど俺は、勢いのまま何度もその地に頭を打ち付けるのを辞めなかった。
結局分不相応な主人公には格好などつかないのだ。