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「……それは鈴音の婚姻のことを言っているのか」
その問いに千鶴は答えなかった。
沈黙を肯定と受け取った蔵人はそこで「悪魔」のような提案をする。
「──望むのであれば、お前が代わるか?」
「っ!!」
千鶴の身体がピクリと揺れる。
一度は冷静になろうと決め込んだ俺もその発言にだけは我慢がならなかった。
「ふ、ふざけてんじゃねえ!! そんなもん認めるわけ無いだろ!!」
鈴音の結婚のことですら潰させるつもりだというのに誰がそんな提案受けられるというのだ。
だが、蔵人は俺を意にも掛けず話を続ける。
「当初の予定とは少しばかりずれるがそれも支障が出るほどではない。お前が
「花菱千鶴」として鈴音の身代わりになるというのなら、この先鈴音も自身の幸せとやらをいくらか得ることは出来るだろう」
「私が、代わりになれば……もう会長には手を出さないですか…?」
「約束しよう」
「お、おい待てよ! 千鶴、こんな奴のいうこと聞くこと無いぞ! そんな人身売買じみた行為認めてたまるかってんだ!」
「人身売買とは人聞きが悪いな。あくまでも俺は選択肢を提案をしているだけだ。自分と姉、どちらの幸せを優先するかをな」
「そんな破綻した選択肢認められるかって言ってんだよ!」
いくら言っても蔵人にはのれんに腕押しだった。
そして千鶴にもまた、俺の声は届いていないようだった。
千鶴が何を考えているのか、今何を思っているのか。
俺にはなんとなく判っていた。
千鶴は蔵人の話に乗る気だ。
「千鶴、ダメだ。それだけは絶対許さない。そんなことをしても誰も喜ばないし問題の解決にはならないよ」
肩を掴んで強引に千鶴を引き寄せる。
顔を上げた千鶴は不安そうに俺を見た。
「他にこの人を納得される方法が、ありますか……?」
言葉に詰まる。
「私は……ずっと誰かに助けられてばかりでした……お母さんにも、お父さんにも、会長にも兄さんにも……ずっといつだって私は無力だった……」
「そんなことない! 大体俺達は家族だろ!? 家族なら助け合って当たり前じゃないのかよ! そんなの千鶴が責任を感じる必要なんて──」
「無理、ですよ」
千鶴がおもむろに俺の方を向き目を合わせた。
「だって、会長が……姉が困っているんですよ……? 私は、会長の……妹なんです」