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暫くした後、用事があると鷲津さんが退出し、応接間で千鶴と2人待たされることになった俺、佐倉圭吾は神妙な面持ちで扉をねめつけていた。
室内の口数は少なかった。
当たり前である。
今は世間話が出来る心境でも場合でもないのだ。
千鶴の方を見るとやはりかなり不安そうにしているのが窺える。
「千鶴、怖いか?」
思わずそう声をかけると千鶴は躊躇いがちに頷いた。
「少し、怖いです…でもこうしてれば、大丈夫、です」
手を絡める千鶴。
そうすると表情は幾分穏やかになっていく。
「…手を繋いでると安心する?」
何となしにそう聞くと、少し千鶴が顔を赤くした
「そ、その、はい…。……今だけ、人が来るまで……こうしてていいですか…?」
「もちろん」
2つ返事で頷くと、安堵の表情を浮かべる千鶴だった。
──やがて
出入り口の扉が開く。
同時に俺達兄妹の繋がれた手と手もゆっくりと離れていった。
扉から現れたのは──蔵人だ。
鈴音は、いなかった。
「待たせたな」
悪びれることも無くそう告げる蔵人。
「ああ全くだ。──何してたんだよ」
「お前達に関係は無い」
どうやら答える気は無いらしい。
その態度が癪に障るが今はそれどころではない。
「もういっこ質問だ。──鈴音は今何をしている」
「鈴音が気になるか?」
「…当たり前だろ…!」
睨み付けるが蔵人は眉1つ動かさない。
「今アレは仕事をしている、終わり次第応接間に来るようには伝えてあるがな」
鈴音が…ここへ来るのか。
鈴音の泣き顔が浮かんだ。
「役者は揃っていないがそろそろ本題に入ろうか。あらかた事情は聞いているようだしな」
そう話を切り上げ、蔵人は俺達を見据える
蔵人は、鈴音もだが彼らの目には何か不思議な力が宿っているような得も知れぬ迫力がある。
あの眼光に射すくめられると心の内まで見透かされたような気持ちになる。
「単刀直入に言おう。──千鶴、もう一度花菱の姓を名乗る気はないか」
蔵人は見るものに恐怖を植え付けるような眼光で千鶴を射抜くように見据える。
「鷲津から聞いているのだろう、鈴音の婚姻の話は。鈴音はこれから表を出歩けない程忙しくなる。このままだといくつもの仕事に誤差が生まれてしまうんだ」