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そう、仕方ないんだ。
小さな頃から自由など与えられなかったことも、常に完璧以上を強いられてきた自身の評価も、私を金儲けの道具としてしか見てくれない父や親類達も。
学校にだって行かせてもらえなくなり、好きでもない男と結婚まですることになり、大好きな人達にもう二度と会えないとしても。
きっとそれは仕方ないんだ。
「けい、ご…」
ふと呟いた親友の名前。
視界がぼやけて、胸が締め付けられるように痛い。
身体の底から溢れ出す様な衝動は言葉となって私の喉から飛び出した。
「けいご………」
いつからこんなに痛みに弱くなったのだろう。
どうして婚約の話を聞かされた時、圭吾の顔が浮かんだんだろう。
どうして圭吾は、私の中から消えてくれないんだろう。
「……っ……けい……ご………」
どうして私は、泣いているのだろう。
答えは出なかった。
本当はそれはすごく簡単なことのはずなのに。
──数分後。
部屋の外から私の名を呼ぶ声が聞こえた。
鷲津の声だった。
返事をすると、鷲津は蔵人から言伝を預かっていると言い、私に支度をして応接間まで来るように告げる。
蔵人の命令の意図など知る由もないし、今更知る気もない。
けれどきっとろくな用事では無いだろう。
本当は、私は、今すぐ学校へ向かい、圭吾に会いに行きたい。
けれどそんな願いは二度と叶ってくれそうにない。
だからいつまでも残るそんな未練を断ち切るように、
私は無表情を作り、無理矢理感情を殺した。
まるで暗示をかけるかのように自分に言い聞かせる。
この顔は仮面だ、と。
もう私は他人に感情を見せない。涙を見せるのは1人の時だけだ。
だからもう大丈夫、私はもう諦めたのだから。
薄暗い部屋の中で、蔵人の命令通り私はゆっくりと着替えを始めた。
そこに私の意思が入る余地は、無かった。