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「難しいぞ。相手は花菱家だ」
「わかってる。けどな、俺だってもう覚悟を決めた。──そのためなら何だってしてやる」
本気だった。
鈴音を無理矢理にでもさらって千鶴と3人でどこか遠い街に逃げても良い。
今は犯罪者になっても良い気分だった。
とにかく許せなかった。
親友である鈴音を苦しめた奴等を。
とにかく許せなかった。
妹である千鶴を泣かせた奴等を。
「悪くない目だ」
鷲津さんはそう、シニカルに笑う。
「俺は今日初めて兄ちゃんと話したけどよ、鈴音様が気に掛ける意味がようやくわかったよ。──下らない夢物語だけどな、俺はいつか鈴音様を助けて、花菱家から連れ出してくれる、そんな奴がいてくれないかと思っていた。鈴音様の幸せをずっと願っていた」
鷲津さんははっきりと俺を見据える。
「兄ちゃんならもしかしたらそれが出来るかもしれない」
聞き覚えのある言葉だった。
今朝、千鶴も言った。鈴音を助けられるのは俺だけだと。
そして今、鷲津さんも俺にそんな期待をするのだ。
腕力も知力も権力もない。
迷うし悩むし覚悟を決めるのさえ後押しがないと決まらなかった。
そんな普通の高校生に、軍人のような強さを持つこの大男が期待を掛けたのだ。
ここまで来るともう笑うしかない。
「なんでみんな俺なんかにそんな期待するんだよ、全く」
「なんでだろうな…。別に何かやってくれそうにも見えないただの生徒Cって感じなんだけどな」
よく言われるよ。いいだろ別に地味でも。
「でもな、そんな覚悟が決まった男の目を見せられちゃ、──期待しないわけにはいかないじゃねえか」
そう言うと鷲津さんはその大きな身体を折り曲げて俺に頭を下げた。
「頼む、佐倉圭吾。鈴音様を助けてくれ」
その言葉はきっと、鷲津さんの思いの全てが詰まっていた。
目を下にやると胸の中の千鶴と目が合った。
「兄さん、私は会長を助けたいです。一緒にやって下さい、お願いします」
元来兄という生き物は妹からの「お願い」に弱いものだ。
その期待はきっと俺には荷が重い。
けれど、悪い気分ではなかった。
「千鶴、鷲津さん」
俺に出来ることなどたかが知れているのだ。
だったら、やってやる。
なってやろうじゃないか、分不相応な主人公に。
「俺に任せろ」