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そうだ、千鶴は何も知らないんだ。
俺だって鈴音から全てを聞いたわけではないと思う。
けれど千鶴は何一つ知らないまま、蔵人が自身の父親だと一言告げられただけで今もこうしているだけなんだ。
千鶴は俺から目を逸らさないまま言葉を続ける。
「本当は、直接会長や母さん。…それとあの人に話を聞きたかったです……その方が良いと思ったから兄さんも今まで話さなかったんですよね」
その通りだった。
これは俺がおいそれと話して問題じゃない。
だから俺は千鶴に何も言う事ができなかった。
「…でも、知らなきゃいけないと思うんです。──会長のためにも、私のためにも」
千鶴はそう言うと一瞬だけ弱気な表情を見せる。
きっと千鶴には大方の予想がついているのではないかと思う。
蔵人が父を名乗ったその時から。
「……兄さん」
やがて再度千鶴が口を開く。
が、言葉はそこで止まってしまい、続きを躊躇う様に俯いた。
その不自然な数秒の間の後、意を決したように顔を上げる。
眼差しは、真剣そのものだった。
「…お願いします」
頭を下げる千鶴を見てこれ以上千鶴に何も話さないことはもう出来なかった。
「…わかった」
俺も、覚悟を決めよう。
「千鶴、花菱家について、どこまで知ってる?」
「……花菱家がこの街では物凄い権力を持っているということは解ります。……それと会長が花菱の次期当主として今まで育てられてきた事も」
それなら話は早い、俺は話を続けた。
「俺はあの日、初めて鈴音が今までどれだけ大変だったかを知った。そして、花菱家の人間がどれだけ欲に塗れた人間だってことも」
花菱家が鈴音にやってきたこと。
蔵人の鈴音に対する冷酷無比な行為。
それらを俺は言葉を選びながら掻い摘んで話す。
ただ、千鶴を盾に鈴音が従わせられている、という事については、どうしても俺からは言えなかった。
悪戯に千鶴を傷つけるだけだし、出来れば鈴音だって知られたくない事だと思ったからだ。
どうにか話し終えると
「そう、だったんですね」
と小さく聞こえた。
「これで納得しました」
思わず千鶴の顔を見る。
だが、千鶴が何を思っていたのかを俺が知るすべは無かった。