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「付いて来る気になったか?」
「はい…行きます。行くから、もう止めてください…」
俺が痛めつけられたのがよっぽど、堪えたのだろう。
千鶴の瞳からは涙が溢れていた。
すぐさまそばに駆け寄ってやりたいが、身体の自由が一向に利かない。
俺の上に乗っているこのボディーガードは人間を無力化する方法を完全に熟知している。
本来であれば俺なんかが相対していい相手じゃなかった。
しばらく目をぐしぐししていた千鶴は少し落ち着いたのかもう一度蔵人に向き直る。
「あの、兄さんを病院へ連れて行ってもらえますか……?」
蔵人は千鶴にも、俺にも顔を合わせない。
「必要ない」
「で、でも! 肩脱臼してるんですよ!? せめて、手当てだけでも!」
「病院に連れて行く必要は無い、と言ったんだ。放り出すとは言っていない」
「……え……? そ、それって…」
「その男にも少々だが興味が湧いた。一緒に来てもらう。治療は着いた先で行うから安心しろ」
蔵人は視線だけをボディーガードの男に向けると、ようやく男は俺から離れて
くれた。
地面に突っ伏した俺をやや乱暴に立ち上がらせると俺はそのまま千鶴と共に車の中へ連行される。
「……どう…いう、風の、…ふき、まわしだ……」
痛みに必死で堪えながら、聞こえるか聞こえないかの蚊の鳴くような声を搾り出し蔵人に問いかける。
「瑣末な問題だ、お前がそれを知る必要は無い」
だが返ってきた返答は、俺の問いに答えてくれる物ではなかった。
悪態の1つでも吐きたかったが、今の俺にそんな元気は正直もう無い。
しきりに心配そうに俺に呼びかける千鶴にどうにか必死で笑顔を作ってやるが、全然安心してくれない。
「千鶴、大丈夫、だから、もう泣くな」
「…で、でも! …兄さん、ごめんなさい…ごめんなさい…! ……うぅ…」
「はは…なんで千鶴が謝るんだよ…おかしな奴だな…」
そう、千鶴が謝ることなんて何も無い。
涙を流す千鶴の頭をいつものように撫でながら俺は前方の男を睨み付ける。
俺が憎いのは、俺が今この手でぶん殴ってやりたいのは…。
「おっと失礼、自己紹介がまだ済んでいなかったな。俺の名前は花菱蔵人。花菱
総本家現党主にして、花菱鈴音の父親。そして──
──千鶴、お前の父親だ」
この男だけだ。