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「大人しくついて来い、大人しくしていれば危害は加えん」
殆ど抑揚無く蔵人は言う。
それは裏返せば、抵抗するならたとえ女でも痛い目にあわせるという意味なのだろう。
だが、意外にも千鶴は言うことに従わなかった。
「い、嫌です…」
きっぱりと千鶴は蔵人に言い放った。
「ど、どうして兄さんに酷いことする人なんかの言うことを聞かなければならないんですか…。に、兄さんに謝って…、もう、帰って、ください…」
良く見ると千鶴の足は震えていて、声も何処かたどたどしく裏返らないように必死だ。
怖くないわけが無い。
けれど、恐怖や、今にもこぼれてしまいそうな涙が溜まったその瞳には確かに「拒絶」と「敵意」が見えていた。
「……花菱の名を知らないわけではないな? その名の恐ろしさもこの街に住んでいて知らないわけはあるまい」
「確かに…か、会長のお家は…有名だし、は、花菱の名前、がこの街で…その、どんな意味を持っているのかくらいは……分かります……。──で、でも、でも、兄さんに危害を加えたり、か、会長に……酷いことを言う人の言うことなんて、ぜ、ぜ、絶対……聞きません」
そう千鶴が言い終わった瞬間のことだった。
「…………やれ」
低く、冷たい声が短くそう告げたと同時に。
「ガコン」という鈍い音が俺の体内で響いた。
肩の骨が外れた音だ。
同時に男は重心をずらし、俺に呼吸を出来なくさせる。
俺は襲い掛かる激痛の叫び声すら上げられなかった。
「ぎっ…!? あああああッ……! ……ッ!!! ぁがああああっ……! 」
「ッ!!! いやああああああ!! 兄さんっ!! 兄さん! 兄さん!」
千鶴が俺の名を何度も叫ぶ。
答えようとするも俺の肺は呼吸で手一杯でまともな言語を発することが出来ない。
「な、なんで…? なんで兄さんを!? 逆らったのは私じゃないですか!」」
「お前のような感情で動くタイプは、自分の痛みより他者が傷つけられることを最も嫌う。必要ならもう片方もはずせ」
「待って! 待ってください! お願いだからもうやめて!」
この程度痛くもなんとないぞと強がりを言いたいところだったが、声も出ないくらいの痛みと酸欠で強がりすら見せられない状態で、いっそ気絶してしまうほどの苦しみだが、むしろその激痛がギリギリで俺の意識を繋ぎとめている状態だった。