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「あの、兄さん、この人は──ひゃぅ!」
「悪い千鶴、ちょっと下がっててくれ」
「……は、はい…」
反射的に千鶴を庇う様に対峙する。
「目上の者を呼び捨てか、まるで礼儀というものを知らんな」
「…………何の用でしょうか……」
「いい。そんなものは瑣末な問題だ。──それに用があるのはお前じゃない、お前が大事そうに後ろで守ってるそいつに用がある」
「……鈴音から聞いてるぞ。今更千鶴に何の用だ」
「…ほう、あれがお前に…」
そこで蔵人が興味深そうな顔をしたのが少し意外で、俺は眉をひそめた。
「なんだよ、家庭の事情に口を挟むなとは言わせねえからな。俺は千鶴の兄貴で──」
「あぁ済まない、意外だったのは、そこじゃない。あれが誰に話したか、ではない。「誰かを信用する」などという世迷言を、そんな感傷的な愚か極まりない行為を未だ続けていた、ということに驚いただけだ」
「なっ──」
「話が逸れたな。なに、悪い話ではない、今日はビジネスの話をしに来た」
「ま、待てよ! ちょっと待て! 今お前自分の娘が誰かを信用したことを、愚かな行為って言ったのか…!? 鈴音の気持ちを何だと思ってんだ!?」
「鈴音の気持ち…? お前は馬鹿か」
心底見下したような眼差しを蔵人は送る。
「そんなものが、花菱の繁栄にどう役立つというのだ」
さも当たり前のようにそう言いのける蔵人からは、鈴音への思いやりや親としての愛情など微塵も感じない。
「あんた、娘が可愛くないのか」
「先程と同じような質問をするな、そんなモノが、花菱の繁栄に、なんの役に立つ」
瞬間頭の中が沸騰しそうになるくらい熱くなった。
視界が赤い。
腹の奥底から、ドス黒いものがこみ上げる。
これは、怒りだった。
「ふざけんな」
今、心底理解した。
この男は、鈴音の、俺達の敵だ。
「鈴音は、花菱の操り人形なんかじゃねえぞ!」
「よくもまぁそれだけ他人の為に激昂出来るな、それともあれに思慕の情でも抱いているのか? どちらにしても下らない感傷だな」
「て、てめ……!」
反射的に殴りかかろうとしたその時だった。
気づくと俺の腕を途轍もない力で掴み放さない、大きな腕と身体が眼前にいた。
蔵人のボディーガードのようだ。
「本当に礼儀を知らないガキだ」
蔵人のそんな呆れたような声が聞こえた。




