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強いまなざしだった。
佐倉千鶴という少女がどれだけ強い娘なのか、どれだけ優しい女の子なのか、改めて思い知らされる。
考えてみれば当然の帰結だ、千鶴はあの花菱鈴音の妹なんだぞ?
ただの大人しくて真面目な優等生なわけが無い。
けれど佐倉圭吾は、違う。
「いい、のかよ俺なんかをそんなに信じて」
「いいんです。兄さんだから信じるんです」
「…買いかぶりすぎだ…俺にそんなでかい期待背負われたって答えられる自信なんか無い。──俺は物語の主人公なんかじゃないんだ」
むしろ一番物語の主人公っぽい奴が最大のピンチなのだ。
俺みたいなモブキャラは精々妹のプレゼント選びに奮闘するくらいの活躍が分相応だろう。
いつだってそうだった。
自分に特別な力も才能も無いなんてことはずっと前から気づいてる。
結局俺は華々しいことなんて出来やしないどこにでもいるただの高校生でしかない。
俺には何も出来やしないんだ。
けれど、千鶴は、そんな俺を信じるという。
鈴音を助けられるのは俺だけだと、そう言うのだ。
「だってあの鈴音に、何も出来ないことなんだぜ? 俺に何が出来るって言うんだよ…」
結局俺が一晩かけて行き着いた答えはこれだったのだ。
月並みのことしか俺には出来ない。
誰かを救うなんて大それたこと俺には出来ないのだ
「俺に特別な力なんて、何かを変えられる力なんて、ない」
「兄さん、特別な力や才能や環境に恵まれることが主人公の条件じゃないですよ」
千鶴は優しく、包み込むように話す。
「そんなもの無くたって何かを変える事は出来るんです。兄さんは自分が無力だって思ってるかもしれないけど、兄さんは私を助けてくれました」
それは小さな救いだったかもしれない、けれど、と千鶴は言葉を続けた。
「確かに誰かを、助けているんです」
「千鶴…」
「だから、私は兄さんを信じるんです。──何度だって」
──俺が千鶴のその言葉に返答しようとした、その瞬間だった。
「先日ぶりだな、佐倉圭吾」
後方から、背筋を凍らせるような低い声が聞こえた。
「…お、お前…」
無機質で無表情でそして冷酷。
長身で細身の身体に纏った漆黒のスーツ。
そして、猛禽類のような鋭い眼光。
俺の親友を、鈴音を泣かせやがった男。
──花菱蔵人。