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玄関先まで見送る俺達に穏やかな表情で手を振りながら鈴音は我が家を後にした。
その後千鶴は、やはりというか、俺に何も聞いてこなかった。
千鶴なりに気を遣ってくれたのかもしれない。
おやすみなさいと軽く頭を下げると、とてとて自分の部屋に戻っていく千鶴の後姿を見送り俺も自室へ戻ったその後のこと。
「──あ、あいつ……ふざけんなよ……」
ベッドに潜り込んで気づいたことだった。
そういえば鈴音は俺のベッドで寝ていたので俺のベッドからはどことなくいい匂いがする。
鈴音は香水の類は付けないはずだからこれはシャンプーの匂いだろうか。
それとも女の子の身体はどいつもこいつもこんなに良い匂いなのだろうか。
鈴音が特別良い匂いなのだろうか。
などと俺の頭の中が桃色になってしまいそうなので、少し真面目に頭を働かせることにする、どうせまだ暫く寝付けなさそうだしな。
まず、状況の整理だ。
花菱家。というのは鈴音自身も言っていた通り、ここいら一帯ではとてつもない権力を持つ一族だ。
当然そんな一族の総本家跡取りとして生まれた鈴音には殆ど自由というものが無かった。
だが、あいつ自身花菱家の次期党首になりたいのだろうか。
聞いた話だと、千鶴を盾に命令を聞かされているということだ、少なくとも鈴音本人の意思は尊重されていない。
ここで俺が超常的な力、あるいは天才的な頭脳で鈴音を自由にしてやれればカッコいいのだが、残念ながら佐倉圭吾にそんな能力は無い。
ましてや一介の高校生だ、出来ることなんてたかが知れているし、権力も財力も俺には無い。
そもそもそれを鈴音も理解しているからこそ直接的に俺に助けを求めなかった。むしろ俺に害が無いように限界ギリギリまで相談すらしなかったのだ。
それは恐らく、周囲の全ての人間にも当てはまるはずだ。
果たして俺に出来ることはあるのだろうか。というか本当に俺が首を突っ込んで良い問題なのだろうか。
どれだけスケールがでかかろうとこいつは家族間での問題だ。
鈴音の家族でもなければ恋人でもない俺が、何の力も持たない俺が、鈴音にしてやれることなんて…本当にあるのだろうか…。
自分がどこまでも無力なことに歯噛みする。
結局俺はヒーローなんかにはなれないのだ。