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「わ、わたしは…ずっと、ずっと…が、我慢してきました…。自由なんて無くても、あなたと、ろ、ろくに話せなくても、あなたに…褒めてもらいたくて…ずっと…! ずっと…! なのにあなたは──」
「──愛…? そんなものが花菱の地位に何の役に立つ」
私の言葉をさえぎるように蔵人は冷たく言い放つ。
「事実、そんな下らないものが無くても、お前は何の問題も無く育ったじゃないか」
その言葉が答えだ。この男は、私など愛しては、いない。
それは私が唯一縋ってた「親子」という絆を、無条件に信じ込んでたその吐き気がするほど甘ったるい幻想を容易く打ち壊した。
「それなら…! それなら私は…! 私は一体何のために生まれてきたのですか…?」
私の問いに蔵人は何の感慨も無く、
「花菱の血筋を絶やさないためだ」
そう答えた。
心臓の音は先ほどからずっと悲鳴の様に大きくなっている。
くらくらと目眩がして足元はガタガタと震えていた。
血筋…? 地位…? そんなもののために…。
そんなもののために私は──
「そ、そんなもののためにっ!! 私は…! 私は生まれてきたのですかっ…!」
蔵人は何も言わない。
ただ、その鋭い眼光を一瞬も逸らさず、慈悲の表情1つ浮かべず、ただ、私を見下ろすだけだ。
やがて──。
「…花菱とは、そういう一族だ」
そう一言、小さく漏らしたきり蔵人は再び背を向けた。
その背中に向けて私は、なおも震える声で、蔵人に言葉をぶつける。
「……今の話を聞いて、今後私が思い通りに動くと思いますか…?」
キッと睨みつけるように蔵人を見据える。
もうこの男を父親と思うことなんて出来ない。
この男も同じだったんだ。
私を道具のように扱うあの大嫌いな奴らと。
私を愛してくれてなんか、いなかったんだ。
そう思い至ると同時に、今の今まで妄信的に信じていたことを酷く恥じ、またもう花菱の命令になど従うつもりも無くなっていた。
この場所は、私の家ではない。
家族だとか、愛だとか、安らぎだとか。
そんなものとは到底結びつかない、腐敗しきった場所だ。
例え野垂れ死ぬことになろうとも、ここで花菱の欲望の餌となるよりはマシだ。
私は、心底でそう思っていた。