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ある日の夜のこと、私は生まれて初めて父親から大事な話しがあるから自室に来るようにと言われ、緊張と期待感が混ざった複雑な面持ちで自室へと向かった。
小学生時代の私はある意味ではまるで機械のような人間だったと思う。
成績は常にトップから揺るがず、立ち振る舞いや言動は既に小学生のそれではなかった。
何かの行事には常に全校生徒の模範となるよう矢面に出され、生徒はおろか教師にまで頼りにされるような子供だった。
「神童」や「天才児」などと揶揄されることも多かった。そして事実その期待に私はずっと、応え続けていたのだ。
しかし、期待に応えれば応えるほど、期待が膨らめば膨らむほど私に課せられる重荷は増していって、勉強や習い事の量は比例して増えていき私の自由な時間は殆ど無くなっていった。
学校の中だけが唯一、私が心休まる場所だった。
大人たちからは媚びへつらわれ、可愛がられてはいたが、私にとってそれは何の感慨も沸かないものだ。
家政婦や他の親類達も私をもてはやし誉めそやす。
けれど他人から貰うどんな言葉も要らなかった、そんなもののために私は泣き言1つ言わず、積みあがっていく期待に応え続けていた訳じゃない。
ただ、父親に褒めてもらいたかった。
父親から頭を撫でてもらえるだけで私は十分だったのだ。
父とはろくに話したことも無いがそれでも私がきっとどれだけ優秀な子だったのかを知ってくれているはずだ。
だから今日はきっと褒めてもらえる。
今まで頑張った分今夜は父に目一杯甘えることが出来るのだと。
そう思っていた。
──結果としてその思惑は最も残酷な形で裏切られる。
他でもない、父の手によって。
× × ×
「と、父さん。鈴音です」
部屋の前まで来た私はコンコンと控えめなノックをした後、部屋の中の父に小さく呼びかける。
しばらくして、
「…………入れ」
と短い返事が聞こえた。
「し、失礼します」
ドアを開けると、そこはどこか異質な空間だった。
部屋の中は薄暗く殆ど家具も無い、広々とした空間の中にポツンと置かれたデスク、その上に置かれたパソコンと電話。それに大量の書類がある。
自室だと言うのに高級そうなスーツ姿の父は私が恐る恐る部屋の中に入ったことに目もくれず黙々と書類に目を通していた。