魂を刈るもの
題名はアレですが、内容は全然です。
期待した方には大変申し訳ありません。
短いお話なので是非どうぞ。
それは腐敗臭を伴って現れた。
頭があり、腕があり、二つの足で立っている。人によく似た形を備えているが、それは間違いなく人ではなかった。
頭皮と思われる場所はつるりとしていて、毛というものは眉毛やまつ毛ですら、一本も生えていない。眼窩があるべき場所、鼻があるべき場所、口があるべき場所には、ただ深い穴が穿たれたようにしか見えない。
身に纏っているのは、ありとあらゆる汚れを浴びてどす黒く染まった死衣に似たもので、今にも崩れ落ちてしまいそうだった。
死衣から覗く手と足は汚らしく歪み、赤黒く汚れた爪はねじ曲がっている。
青白い皮膚は死してしばらく経った魚の腹のようにぶよぶよと膨れており、それは人というよりも死んでしばらく経った魚のようにも見えた。
暗く湿った墓石の下、蠢く虫の湧く土の下でじっと腐っていく死肉が発するもののように、明らかに害毒のある死臭を漂わせ、それは人の前に現れる。
人を刈り取るため、深淵へと引き込むため、地の底、地獄の底からそれは現れ出る。
その日も、それは人の前に現れた。
「…………」
だが、場所が悪かった。
「ちょっと、これどうなってんの?」
「課長! 仕入先からお電話です!」
「伝票まだきていなんだけど、どうなってんの?」
「発注書間違えてるし!」
「ウソ、在庫切れてるし!」
「納期間に合わないよ!」
それはそろそろ深夜にもなろうかという時刻。
出現する時刻自体は間違っていない。
だが、それが今夜出現したのは、深夜だというのに煌々と明かりの灯るビルの一室。終業時間はとうに過ぎたというのに、退社できるものもいない、残業中の熱気と混乱と混沌とが溢れるオフィスの只中であった。
「…………」
「コピー壊れました!」
「業者呼んで!」
「誰か、コンビニ行ってきて」
「ちょっと、このレイアウト間違えてるよ。先方に確認とったの?」
「すみません、じゃないでしょ。それで済んだら警察いらないっつーの。この仕事何年やってんの?」
「素人じゃないんだからさぁ」
「やっぱり在庫ありません!」
どれだけ死臭がしようと、異様なものが現れようと、オフィスの中で忙しく立ち回る人にとっては、全てがそれどころではない。
「…………」
地獄の使者は、所在なさげに立ちすくんだ。
おどおどと、周囲を見回してしまう。
「あ、手が空いてるならこれコピーとってきて。このフロアのコピー機壊れたから、下の階の借りてね。五十部刷ったらホチキスで留めて。急ぎね」
すると、突然両手に紙の束が乗せられた。
思わず受け取ってしまう地獄の使者。
あまりのことに茫然と、その紙の束を渡した人を見てしまう。その女性は、地獄の使者と視線ががっつり合っているにも関わらず、平然とした態度で言った。
「ほら、急いで! ダッシュ!」
「……はい」
あまりの迫力に、地獄の使者は頷いてしまった。
それを皮切りに、忙しく立ち回っていた人間たちは、地獄の使者へ矢継ぎ早に指示を飛ばす。
「あ、それ済んだら今度これ発注しといて」
「先方にデザイン届けて」
「レイアウトも確認してきて」
「在庫倉庫からもってきといて」
「あー、トナーの交換もお願い」
「全部済んだらでいいから、伝票発行しといてね」
「この発注も」
「ちょっと海外工場行って、進展状況見てきてくれない?」
……誰もいない別のフロアでコピーをとる地獄の使者は、なぜ自分がこんなことをしているのか疑問に思いながら、殺伐としたオフィスの様子を思い出していた。
「私たちがなにかしなくても、人は魂を刈られているんだなぁ」
人って、大変だなぁ。
立ってるものは化け物でも使え。 了。
仕事が殺伐していたときに思いついた話、だった気がします。
人って大変。