1話-B「Dという存在」
「たす……かった……のか?」
目を開くと、世界が90度傾いていた。いや、傾いているのは自分自身だということをすぐに察する。
最後の記憶は、迫り来る黒い塊を緊急回避をして直撃は避けれたが、倒壊するビルの瓦礫や衝撃にまきこまれるまでしかない。
(手足の感覚……ある。よかった……目の前が粉塵で見なくなって振動が来て……本気で潰されるかと……むしろ……あれ?柔らかくて暖かい?)
「……大丈夫か……それなら……早く立ち上がってほしいのだが……できるだけやさしく……」
声がするほうに向くと海姫先輩が涙をためている顔がすぐそばにあった。
「うわ!す……すいません!すぐに!」
太助は、慌てて起き上がり、レバーを動かして立ち上がるコマンドをいれる。
「あ!だからぁ!くぅうん……やさしく……っていってるのに……」
コマンドをいれると傾いていたコックピットが上がりが水平になっていった。
先ほどの立ち上がりと違い、一般コマンドで立ち上がっているため、
動作はゆっくりで目の前で声を抑えて体をくねらす海姫先輩の肢体に思わず太助は生唾を飲む。
(まじかで見ると……すげえ。こんな状況なら写メ……じゃなくてムービーで永久保存したいくらい!!)
「ううぅ……。こ……こんな姿ばっか見て……珍しいものではあるまい……おまけに操縦が荒い。わからないかもしれないが……つらいんだぞ……。かといえばいざというときには操作を嫌がるし……」
真珠のように輝く涙を瞳にためながら海姫先輩は、太助をじっと見ている。
だが、息をするたびに胸が上下に動き、そこにある柔らかな物体×2がプルプルゆれるたび、太助はそちらに目が釘付けになってしまう。
「だー!こっちだって辛いんですって!そんなもの目の前でプルプルプルプル!そりゃ煽れだって触りたかったですよ!でも身動き取れない先輩の胸をさわるだなんて!!俺だって触って操作したかったですよ!」
太助は理性が崩壊しかけてつい本音が口から漏れた。
「胸?オッパイがその位置にあるのだから触って操作するのはあたりまえだ。それが何か問題か?第一そこにあるのは作り物だといっているだろう?」
「いや!だから!触るのが問題であって!ああ!!もう!」
触りたいのが本音だが、見栄や世間体といった悪魔が邪魔をする。
そしてそんな悪魔を倒せるほど太助はレベルが高くない。
(身動きできない先輩のおっぱいを触るとなんてどんな変質者だ!俺は!!いくら先輩がいいっていってるとはいえ!)
触りたいけど、心の中の紳士が立ちふさがり邪魔をする。そんな微妙な男心は先輩は理解してくれないらしい。
「なにをそんなに頭を抱えて……。わかった。今からシートの横にあるBOXを開ける。それを装着してくれ」
海姫先輩がそういうと、シートの横のBOXが開き、中からアームが出てくる。
アームの先にはハンドグローブがコードにつながり装着されていた。
「これは……操作グローブ?」
太助はそれを見て、工事現場などで見かけるロボットアームの操作グローブを思い出した。
グローブをはめて手を動かせば、それと連動してロボットアームが動く仕組みだ。
「それをはめて、右胸あたりに持っていくんだ」
太助は言われるがまま、グローブをはめて、手を右胸あたりに持っていく。
すると、ビュー画面に映っていた巨大な海姫先輩の腕がそれにあわせて動いていった。
「あの……先輩?まさか……」
「そのまま手のひらを上にしてあげるんだ。上からだとアーマーがあるから。」
太助はいうとおりに手のひらを上にしてあげると、画面には巨大な海姫先輩がアーマーからはみ出さんばかりのこちらも巨大なオッパイを手で押し上げている。
つぶれたビルの上でメカニカルな鎧を着た海姫先輩が真面目な顔をしておっぱいを持ち上げてる映像はシュールすぎた。
おまけに、コックピットにはめ込まれている海姫先輩のオッパイも太助が動かす手にあわせて動いていた。ただし、太助にはその感触は伝わらない仕様らしい。
「これは……いったい……何の意味が……」
目の前でたぷたぷ動く胸を張りながら海姫先輩は自信満々に答えた。
「なにって……君が私のオッパイを触ることに抵抗があるみたいだったから触らせてるのだが……どうだ?満足したか?これで操作に抵抗はなくなるだろ?」
(いや……どっちかって言うと、俺にとっては目の前にあるのが本当の先輩のオッパイっぽくて……おまけに感触ないし!それじゃあ意味ないじゃん!)
「本来なら戦闘中にこんなことをしてる暇はないが……君に操縦してもらうためにはいたし方がない……。できるだけ手早くな……物足りないなら反対の手もしてもいい」
反対側のシートのBOXからも同じようなグローブがでてきた。
(俺は……いったいなにをやらされているんだろう……)
以前クラスメイトが携帯のタッチパネルを触るとそれにあわせておっぱいが動くというアプリを見て笑っていたが、これは笑えない。むなしすぎて笑えなかった。
「瓦礫の上で先輩の胸をたぷたぷ……俺はいったい……ン!瓦礫!」
頭の上から先祖が情けなくてすすり泣く声が聞こえてきそうな雰囲気の中で、太助はあたりを見渡す。
コックピットの中という普通ではありえない状況で忘れていたが、先ほどまでの戦闘で街の多くの建物が倒壊していることを。
「ちょっと……先輩!こんなことしてる場合じゃないです!俺たち……町を!」
太助はつけてたグローブを脱ぎ捨て、思わず身を乗り出す。そこには横倒しになったビル、ミサイルによって陥没した道路、足元にはつぶされて粉々になった瓦礫が転がっていた。
「やばい……お……俺……」
血の気が引く音というものがこんなにも頭にクリアに響くことを実感した太助は怖くてシートにへたり込んだ。どれだけの人がいたかわからないがあれだけの破壊で無事でいられる可能性などほとんどない。
「おい!……どうした?」
「どうしたって!?俺たち!あんなに街壊して!人が死んだかも!!!」
「え?ああ……そうか。大丈夫だ。今は誰も死んでいない。よく見てみろ。町は治っていってるはずだ」
「へ?!なにを……あ……」
そんなはずはない。太助がそう思っていると、目の前で、壊れたビルが壊れたブロックが時間を巻き戻したように元に戻っていく光景が見えた。
よく見ると、陥没した道路、折れた電柱なども元に戻っていっている箇所がある。
「これは……どうなってるんだ?」
「まだ説明していなかったな……ここは実際の現実世界ではない。簡単に言えばネットワークの世界だ」
太助は海姫先輩の言葉の意味がわからず、思わず自分の頬をつねる。だが普通に痛かった。
「もう少し正確に言うと、ネットワークを構築しているプログラム郡を人が認識できるよう立体化した世界だ。私達は自分達の思考をプログラムに変換してそれらを見ている」
「……」
「理解できないって顔だな。わかりやすいたとえをするなら、魂だけネットワークの中に入ったと思えばいい。体は学校の教室内にある。……わかるか?」
「ええっと。……なんとなく……つまりあのビルたちは形だけで中に人がいるってわけではないんですよね?」
「そういうことだ。ビルの中の灯や空調関係の管理プログラムを人が認識できる形にするとビルの形になった。信号機とか道路、川や港湾も管理システムが具現化したものだ。確かに壊されれば、プログラムに異常が起きるが、管理局がすぐ修復するのさ。バックアップをつかってね。ただ……」
コックピットの画面からは修復されていく町並みとは対照的に、黒い機械の蛇は相変わらず異質のまま、線路を走り回っている。
「あいつは別だ」
「せ…先輩。ここがどこかはなんとなく理解できましたが、あいつは何なんです?線路を走ってるから電車のプログラムと思うんですけど……それにしては凶悪というか……」
海姫先輩の話からすれば、線路を走っているのは町の線路を走る電車のプログラムということになる。
ただそれなら、太助がいつも通学に利用している電車の形のはずだ。
だが、あれは形も大きさも全然違う。何より電車はミサイルを発射しない。
「そうだな。たしかに元は電車のプログラムだ。だがあれは正常じゃない。我々は『D』と呼んでいる。異常なコンピュータウィルスに犯された結果、あんなふうに異常なプログラムになったと推測している。ああなると、修復プログラムは受け付けない。それどころか実際の電車にも影響を出し始める。こちらがリンクを切っても、自らネットワークを構築してな」
「現実に影響って……」
「それは……む!」
そのとき、コックピットにけたたましいほどの警告音が響く。
『サジテリアス!侵食レベルが危険域を超えました!『D』形態変形を開始します!至急消去を!遊んでないで早く!』
通信の声は口調と音量からあせりと怒りがこもっているのがわかった。
「あ!遊んでいるわけでは……了解です。……君のせいで怒られてしまったじゃないか……だが、もう余裕はない。さっきみたいなことはしないでくれよ!あいつの攻撃するんだ!」
「お……俺のせい?……わかりましたよ。ようはあいつを攻撃すればいいんですよね!」
まるで太助が悪いような言い草に多少むっとした。
(なんだよ……こっちは何がなんだかだってのに!おまけにさっきの行為ではむなしさしか得られなかった上に怒られるって……ええい!ともかく攻撃すればいいんだろ!)
正面を向くと、黒い機械の蛇は先ほどまでの高速走行をやめて駅で停車している。
(……なんでかしらないけど好都合だ。とりあえず動いていないならこれだ)
太助は、武器を構える。ライフルの銃口を向けると同時に、背中のブースターの先が開き、小型ミサイルをポップアップさせた。
ミサイルは高速に動く相手には当てにくいが今相手は止まっている。ライフルだって当てやすい。出力を上げなくても数多く当ててダメージを稼げるはずだ。
(下手に動かして又非難のこもった目で見られるのはごめんだしな……)
「行きますよ。先輩」
「ああ!ん!くうぅ!……あぁ!」
太助がトリガーを引くと同時にミサイルとビームが発射され目標に吸い込まれていく。
(な……なんだ?さっきより敏感になってないか?パイロットプログラムのときは稼働時間が少なくなるにつれて感覚がにぶってきたのに!)
海姫乙女は太助がトリガーを引くたびに、体の芯に電気が走る感覚に必死に耐えていた。痛みに対する訓練は受けてあるので耐え切る自信はあったが、実際は痛みと同時にいろいろな感覚が走り困惑していた。
(あ!あ!あ!ああぁ!そんなに小刻みにぃ!……我慢しろ!こんな情けない姿を彼に見せるわけにはいけない!なにより今は攻撃をしないと!それなのに!それなのにぃ!だめぇ!……?)
未体験の感覚に必死に耐えていたら、急にそれがやんだ。海姫乙女は不思議に思い意識をコックピットに戻す。すると浦島太助が攻撃もせず、じっと見ていた。口も半開きで。敵が目の前にいるのに。
「い……いったいなにをしているんだ?早く攻撃……するんだ!まだ反応は消えていない!」
「い……いやだって……先輩……撃つたびに腰が動いて……」
太助も最初は夢中でトリガーを引いていたが、気づいてしまった。目の前で海姫先輩がトリガーを引くたびに、声を殺して腰を上下に動かしているのを。
(先輩の水着姿なんて写真だけでも男子生徒が高額で取引してるのに……生でしかもこんなマジかで腰振り……すごすぎ……夢に出そう)
今 日は確実に眠れないという確証を太助が感じる一方、海姫乙女は心の底で大声を上げた。
(ああぁ!私は!動いていたのか!?くぅ!な……情けないって思われていないか?くそ!戦闘中なのに!)
「こ……腰がうごいたからってどうだというのだ!別に君の操縦の邪魔はしていないはずだ!これはこういう仕様なのだ!だから早く攻撃の続きを!ほら!」
戦闘中にじたばたみっともなく動く姿を見せたことがとても恥ずかしく、つい口調を強めてしまった。
「いや……そんな姿見せられたら……あれ?」
急に周りが暗くなった。いきなりだ。まるで灯のスイッチを消したように。
急に太陽が沈み夜になったように。そして真っ黒な空がひび割れ始める。
「ま……まずい!間に合わなかった……」
海姫先輩は、歯軋りをして険しい顔になった。
「い……いったいなにが……!?!」
太助が正面のモニターに目を向けると煙の中から黒い機械の蛇が現れた。先ほどの攻撃で所々破損し煙を上げているが、正面の目玉の光は輝きを弱めていない。
すると先頭車両の上面が左右に開いた。そしてそこから黒いロボットの上半身が立ち上がった。次に側面に一直線に光が走るとそこを境に上下に別れ、中から巨大な砲身がせり出す。砲身の先にある巨大なレンズの威圧感に、太助は巨大な一つ目の化け物ににらまれているように思えた。
「あれ……いったい……」
「電車のプログラムが完全に『D』に侵食されたのだ。あれが奴の本当の姿。気をつけろ。先ほどまでは管理局で制限をかけて能力を抑えていたが、もう効かない」
その言葉に呼応するように、先ほどまで電車が走っていたレールが紫に輝き、浮かび上がってきた。そしてレールの端にまがまがしい突起が生える。
町の見慣れた線路があっという間に巨大なジェットコースターのレールとなってしまった。
『……び……が…侵食……きけ……。通信にも……障害』
「あれ?」
「あいつがこの空間の維持システムまで影響を与えだしている。ここまで来れば現実世界にも影響が出ている」
『……たった…緊急報告。現在走行中のリニアトレインE−1730!制御うけつけませ……。このままだと次の停車駅で速度を落とさずつっこ……みます!!』
入ってきた途切れがちの通信内容を聞いて、太助はぞっとした。
「おいおい……この時間の電車ってどれも混雑してるんだぞ……そんなのが……」
大勢人が乗った電車が止まるべきホームに高速で突っ込む。結果は想像するまでもない。
「これ……あいつがしているのか?」
太助がモニターを見直すと、変形した黒い機械の蛇が空中に浮かんでいるレールの上を悠然と走り出している。
「ああ……」
「いったい……何のために……」
太助には黒い機械の蛇が、こんな大惨事を引き起こそうとしている理由がわからなかった。
「……やつは……『D』は……ほんとの世界。つまりネットワークの中の世界から、現実世界に行こうとしている。私達が意識だけをこのネットワークに入れているのと逆だ。一応私達は意識だけだが、奴らは肉体……己の全てを持っていきたいらしいがな……」
「あ…あんなのが現実に……」
「ああ……当然だが現実世界にバックアップや修復プログラムはない……」
先ほどまでの光景が現実に起こる。しかも現実では壊れたビルの中にも大勢人がいる。
「そんな……いや。でもなんで現実世界で電車を暴走させることがそれと関係が……」
「『D』の体はネットワーク内での構成に適している。だがそれは同時に現実世界で体を構成しにくいんだ。だから現実世界で構成しやすい身体の元を欲している。……人の体だ。正確に言うと死んだ直後の死体。生態活動が停止して数秒の死体を欲している。必要量は立った一人……」
「え!?一人……?!大勢じゃなくて一人!?」
太助は人の死体が必要と聞いた時、漫画のように大勢の生贄が必要だと思った。だが実際は一人。
「たった一人でいいのに……!電車を暴走させたら何人死ぬと思って……」
「やつらにとって一つ死体ができればそれでいいと思ってるんだろう……。多ければ選びたい放題だし、それより一つも死体ができないほうが問題なのかもしれないな……」
海姫先輩の言葉に、目の前にいるのが自分の想像以上の怪物だということに太助は身体が震えた。レバーを握る手や足が小刻みに震え始める。
「……後5分……それまでに奴を倒して電車の制御を戻さないとホームに突っ込むことになる……もう本当に時間がない……いくぞ!……おい!?」
海姫先輩のが何かしゃべっているように見えたがその声が聞き取れない。それどころが指一本も動かせない。震えるだけだ。
「どうした……!?」
動かない太助に問いかけようとしたときレーダーに反応があった。しかもかなり高エネルギーの。見上げると。黒い機械の蛇の口から出ていた砲身が光り輝いている。そして……それが破裂した。
「!!!おい!早く!逃げるんだ!」
だが、太助は動かない。正確に言えば動けない。目の前に光が迫っているのにだ。認識はしている。あれが危険なものだというのも感じる。だが動いてくれない。
「くそ!うおおおお!!!」
海姫乙女は、何とか左手を上げてそこに装着しているシールドを前面に出し、スラスターを動かした。基本太助が操縦しなければ動けないが、ゆっくり且つ簡単な動作ならなんとか動かせる。だが、太助が操縦するスピードには遠く及ばない。当然避けきれず、光の奔流に飲み込まれた。
<続く>