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心の泣き顔  作者: ペリエ
9/15

第9話



少し長めのドライブが続く。



微妙な空気を乗せた車はやがて海に出た。




海岸線を走り、途中コンビニでビールやら缶チューハイ等を嗜み程度に買い、再び車は遊泳区域の浜へ向かって走り出す。

車内のデジタル時計が11時40分を示した頃車は止まった。

もう間もなく日が変わり12月23日から24日になろうとしているのだ。



リカコからすれば願ってもない状況ではあったが、反して心は然程軽くは無かった。

クリスマス・イヴに自分の好きな人と一緒に居られるというのに、それを素直に喜んでいる状態には程遠い。

思わず口をついて出た『まだ帰りたくない』という言葉を後悔していたわけでもないが、もう少し別のニュアンスで伝えれば良かったのでは?と疑問に思っていた。

それにその答えにあたる『それは俺を誘ってるわけ?』というあゆむの言葉にも疑問符が付けられる。




───あゆむは何であんな事言ったんだろう・・・・・・。

もしも、あたしがそれを肯定してたら・・・どんな風になったのかな・・・・・・。

・・・・・・・・・ヤメヤメ!

こんな事考えてたら何か恥ずかしくなってきた!





僅かに紅潮してきた顔を見られたくなくて、少し風に当たろうと思いリカコは車を降りて砂浜を歩いて行く。



蒼い月が映しだされる水面みなもに粉雪が舞い落ちる。

落ちては真っ黒の水面に波紋をつくり消えてゆく。

積もるには余りにも儚く、弱すぎる雪だ。




「寒いっっっ!!」

見渡す限り人影のない浜辺で、リカコは心置き無く叫んでみた。

「真冬なんだから当然だよ。」


いつの間にか車を降りていたあゆむが隣で苦笑している。



「また風邪ひいたら嫌だし、戻ろっか。」

ややして、どちらからとも無く呟き再び温かい車内へ滑り込んだ。


ふぅ〜と安堵の溜息を漏らしてからリカコは、さっき買ってきた缶ビールを取り出しあゆむに渡した。


「あゆむと飲むの初めてだね〜。何か変な感じ。」

「ああそういえば。同窓会も先生居たしアルコール系無かったからな〜。」

そう言いビールを口に含みかけたあゆむを、何かを思い出したようなリカコが慌てて止めた。

「待って!・・・・・・飲酒運転する気?」

真剣な眼差しで問質すリカコを見てあゆむは一瞬黙り数回瞬きをする。



「・・・・・・だから冷めるまでここに居ればいーんじゃねーの?」


そう何故だか少し得意げに言った顔は、まるで当然とでもいうように微笑っていた。



「そっか。そーだね!」

そう返したリカコはさっきよりは心なしか柔らかな笑顔を浮かべているようだ。




───酔いが冷めるまではここで二人で居られるんだ。




そう思うと何だかそれだけでも嬉しくて、自然に笑いが零れてしまう。

今はそれだけでも幸せかもしれないと感じたのだ。













夜も更けて、喉を潤す物が無くなりかけた頃リカコは、カズヒロと別れた事をあゆむに報告しておこうと思った。

特に深い理由は無かったけれど、あゆむは二人の共通の友達でもあったし、ただなんとなく話しておくべきだろうと感じたからだ。


「あたしねー。カズヒロと別れたんだ。」


「ふーん。」

特に驚く素振りも無い彼は酔いが適度にまわったのか、気分良さそうにシートを倒してムーンルーフの内窓を開けた。



「・・・・・・驚かないんだ?」


「別に?」


「・・・・・・意外じゃなかった?」


「別に?」



軽い何の気もない会話のキャッチボールが交わされた後、あゆむは含み笑い混じりに呟く。

「近いうち別れそうな気がしてたから。予想ついてたよ。」


自信有り気な彼の瞳に見据えられ、リカコは思わず目を逸らした。


何故そんな事がわかっていたのか不思議で仕方ない。

まるであゆむはリカコの心の内のほとんどを見透かしているのではないかと思えた。

あの日再会してからというもの、いつもいつもそんな言動ばかりがリカコの心臓を縮こまらせる。

今だってムーンルーフから差し込む月の光があゆむの目に反射して、色素の薄さを際立たせる茶色い眼球が妖艶で綺麗でリカコの胸は時限爆弾のように鼓動が高鳴る一方だ。

しかし今だけは静寂に包まれた車の中に自分の鼓動が鳴り響いたとして、それをあゆむに気付かれ指摘されたとしても誤魔化せる自信はある。


そのためのアルコール。

そのための温度。






アルコールと車内の暑すぎる温度は今のリカコには好都合なのだ。




───でも・・・・・・。

自分の顔色とテンションだけの為にいちいちお酒飲んでたら身が持たないよ・・・。

このまま行ったらアル中になるかも・・・・・・。





そう考えるとリカコの胸は、また早鐘のように忙しく動き出した。



逢う度にドキドキして、しかし逢わなくてもドキドキして、リカコがあゆむと再会してからの約2ヶ月間彼女の心は少しずつ、それでいて確実に支配され始めている。


思い出の時間から広がりだした心の隙間。

その隙間を埋めるように、あゆむの言葉、仕草、声、笑顔、行動・・・・・・彼を彩る全てがリカコの心の隙間に波紋を作る。

このまま、全細胞をも侵食されてしまいそうな勢いだ。





自信満々のあゆむの視線から逃げるのと、居心地の悪い間が出来てしまった事もあって、リカコはサイドシートに立ちムーンルーフを全開にして、僅かに吹いている冷たい風を顔に当てた。

時折思い出したように吹く強めの風を顔に受けると、その冷え切った空気が体温の上がった全身まで冷ましてくれる。

少し酔ってしまったような感じがしていたのだ。

その所為か身震いするほどは寒くない。






「あっ!そういや渡すものがあったんだ!」



「えっ・・・な、なに?」

突然のあゆむの言葉に一瞬ドギマギしながらも、そう聞き返してリカコはルーフを閉めて再びシートに座る。



───渡すものって・・・・・・?



あゆむの言葉がリカコの胸の中で大きな期待に膨れ上がる。

まさかクリスマス・プレゼントだろうか。

しかし今こうしてここに二人が居る事は、偶然であって必然ではない。

因ってそんな都合のいい話を期待するだけ無駄というものだ。

それでもここ最近何だか自分に都合のいい状況ばかりに恵まれていた所為で、リカコはそんな淡い期待を打ち消すことが出来なかった。



後々考えると何故この時、自分の想いばかり走らせて相手の事をもっとよく知ろうとしなかったのだろうか。

それさえしていればこんなに傷付きはしなかったかもしれない、と後悔する事もこの時はまだ知る由もなかったのだ。






「ほら。これ・・・。」

何食わぬ顔でそう言ってあゆむがリカコに渡したものは指輪だった。

勿論彼がプレゼントとして用意してきたものではない。

それはカズヒロがリカコに送ったもので、あの晩リカコがあゆむの家に忘れていった指輪である。

それを見た途端、楽しい夢のようなひと時が一気に現実へ引き戻されたような気持ちになった。




この指輪をもらった頃は凄く嬉しくて、右手の薬指を見ては顔をにやつかせる自分が居た。

何処かに置き忘れるなんて事は有り得ない事。

それも今では何の役にも立たないただの銀細工でしかない。

リカコの心を満たしてはくれない、ただの銀細工。



「あ・・・・・・、ごめん。」

ありがとうなんて言えるはずもない。

渡された指輪をもう嬉しそうに付けれるわけもない。

恐らくそんなリカコの想いはあゆむも知っているだろう。

しかし彼がそんな彼女の気持ちを汲んで気遣う必要もなく、無論リカコ自身そんな事は理解っていた。




───だけど・・・・・・ワガママかもしれないけど・・・・・・。

今日だけは思い出したくなかったよ。

一人で勝手に期待してたのが何か・・・・・・馬鹿みたいだな。




リカコは色々なものが混じった想いが溢れそうなのを堪えるように、目蓋を閉じ口唇を震わせた。







空が曇って来た事に感謝していた。


さっきまでムーンルーフから差し込んでいた月明かりは、リカコの行き場のない想いを見事に照らし出してしまいそうだったから。

自分の事を好きではないあゆむに、あゆむを好きな自分の姿を知られたくないリカコは努めて明るく振舞おうとするが、『ごめん』の続きが出てこないでいる。

本当の自分はこんなはずじゃない。

もっと言いたい事も言えて、気の利いた事も言える。

話題だって沢山あるし、冗談だっていろいろ言えるはずなのに。

だのにあゆむの前ではそんないつものリカコは、心の奥に隠れて中々姿を見せてはくれない。

今誰よりも自分の事を知って貰いたいのに、本当の自分を見せる事さえ出来ない位リカコはあゆむを好きになってしまっていた。




「まあ、何だ。もう別れちゃったから必要ねーのかもしれねーけどさ。」

気持ちの悪い静寂を、ようやくあゆむの方から壊してくれた。

「・・・・・・まぁ、ね。」

ホッと息を吐きながらリカコも答える。

しかし返事をするのが精一杯で、顔は今にも泣きそうだったのかもしれない。


「まあまあ。そんな顔すんなって。俺もいつまでもそんなの家にあったらカズが来た時に見られでもしたらマジでさぶいしさ!」

「そうだよねぇ、友達なのに変に疑っちゃうもんね。」

「そうそ!友情は大事にしねーとな。」


そう微笑いながらあゆむは、再びシートに倒れ込み大きな欠伸を一つした。

リカコもつられて欠伸を零したが、別に眠たいわけではない。

あゆむと一緒にいるのに寝てしまうのは何だか勿体無くて、少しでも長く起きていたい気分なのだ。

リカコにはまさかこんな風に共に過ごせる時間が手に入るなんて予想さえつかなかった。

決して全てが成り行きでここまできたわけではないけど、それでも例えリカコが無理矢理仕向けたような状況でも、面倒臭そうな顔ひとつせずに付き合ってくれているあゆむがとても好きだ。

期待し過ぎて時々辛い時もある。

でもやっぱり好きで好きで、リカコはあゆむの気持ちを知りたかった。

本当は今この状況で聞くべきではないのかもしれない。

自分の望む返答など聞けるはずもないだろう。

そんな事はリカコ自身も覚悟している。

ただ、好きとか嫌いとかそんな漠然とした答えじゃなく、どんな風に思っているのだろうと気になってしまったから。

お互い今はアルコールが入って軽いノリで聞けそうな気もする。

『今』がこの質問にそぐわない『時期』であっても、リカコにとっては今この時を逃せば次はいつ機会が訪れるか分からなかったし、耳を塞ぎたくなるような返事も軽く流せるような絶好ともいえるチャンスなのだ。



リカコは息を飲み、意を決して口を開いた。


「あゆむ・・・・・・。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

「ねぇ、あゆむ?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」


返答がないので暗がりの中リカコがあゆむの顔を覗き込むと、僅かに寝息らしき音が聞こえる。


「・・・・・・・・・。」


二人とも大分飲んでいたので眠気がくるのも仕方がない。

空はさっきから曇ったままで月明かりがなく、車内は薄暗いためはっきりとは確認出来ないがあゆむの目蓋はしっかりと閉じられているようだ。


「寝つき良すぎるよ。さっきまでしゃべってたじゃん。」

思わず溜息が出てしまう。

そう言いながらも内心ホッとしたのも事実なのだが。

一瞬決意したけれど返って聞けなくて良かったような気もした。




───あたしも寝ようかな・・・・・・。

何にもする事ないし。



欠伸を一つしてリカコも寝ようとサイドシートを倒す。

それに体を預けると全身の力が抜けて、とても心地が良かった。

そんなに眠気は感じなかったがこうして横になってみると疲れがどっと出たようで、このまま目を閉じれば大した時間を要する事無く眠れそうだ。

すぐ隣であゆむも気持ちよさそうに寝ている。

寝付くまで彼の寝顔を見ていたくて、ドライバーズシートの方へ体を向けてリカコはうとうとし始めた。

車の温度もポカポカしていて段々と眠りに落ちていきそうになる。




「・・・・・・おやすみ。」


返事はないと知りつつリカコは、初めての『おやすみ』を呟いた。


「ん〜・・・・・・。」


・・・・・・聞こえたのだろうか?

今まで上を向いて眠っていたあゆむが、リカコの方に寝返りをうった。

少し暗闇に慣れた目でそれを見たリカコは、眠たそうな顔に笑みを浮かべる。





「・・・・・・はるか・・・・・・・・・。」






時間が止まった気がした。

閉じかけた瞳をゆっくりと開けていく。





───今・・・なんて・・・・・・?

なんて言ったの・・・・・・。





あゆむのその声にリカコの目は見開かれ、やんわりと浮かべられた笑みは一瞬にして凍りついた・・・・・・・・・。






後にはただ、車のアイドリングの音だけが虚しく響いている。

星も月も見えない暑くて冷たい暗闇の中で・・・・・・。





第九話       完



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