第8話
12月23日雪。
昨夜は仕事だったにも関わらず、まるで小学生が運動会や遠足の日に異常な程早起きをするのと何ら変わらないくらい早く起きたリカコは、夕方の同窓会に向け入念に準備を始めていた。
約6年振りのクラスメート達との再会。
中学校や高校まで一緒だった人間も居たが、全く会わなくなった人の方が断然多い。
皆それぞれどんな風に変わったのだろうか?
懐かしい恩師にも会える。
色々な想いを巡らせているリカコは早く夕方にならないかワクワクしていた。
それに胸を弾ませている理由ももう一つあった。
それは少しの間ご無沙汰しているあゆむに逢えるからだ。
彼とは同窓会の知らせを受けた時以来、一度も電話すらしていない。
電話しようにも何と無くそれらしい口実もなくていつの間にか今日がやってきてしまったのだ。
「あ〜、ドキドキする・・・・・・。」
今からこの調子では先が思いやられる。
ただ会うだけで、しかも二人きりという訳でもないのにこれしきの事でいちいち胸をときめかすのは、恐らく処女と少女ぐらいのものだろう。
今日着て行く服などを選びながらアレコレ考えていると、直ぐに時は過ぎてリカコがつと時計を見た時には既に夕方の4時を回っていた。
ソワソワしながらあゆむに電話を掛けようかどうしようか迷う。
テーブルに置いてある携帯に手を伸ばすとタイミングよく電話が鳴り、思いがけずリカコの胸は跳ね上がった。
・・・・・・びっくりしたぁ。
あ、あゆむかぁ・・・・・・。
そう思いながら心拍数が上がった心臓を落ち着かせようと深呼吸してリカコは通話ボタンを押した。
「もしもし?」
「よっ!準備完了したか?」
久し振りに聞くあゆむの声はあまり低すぎないアルトの心地よい声で思わず笑顔になってしまう。
「もうバッチリ出来てるよ。御出勤スーツは着てないから安心して。」
「あ・・・そう。先に言われたな・・・・・・。じゃ迎えに行くわ、どこまで行けばいい?家か?」
「駅でいーよ。タクシープールの辺で待ち合わせしよっ。」
「了解。じゃ、後でな。」
家と駅は目と鼻の先だ。
あえて待ち合わせを駅にしたのは家まで来てもらうよりも、駅からの方が目的地のグランドヴィラまでなるべく渋滞に嵌らずスムーズに行けるから。
リカコのあゆむへの僅かな気配りのつもりなのだ。
リカコは気持ち良さそうに寝ている留美に声を掛けて部屋を出て、部屋の中と廊下の温度差に軽く身震いをしながら玄関の棚に置いてある新品のヒールをおろした。
濃い紫色のピンヒールだ。
外は少し雪が散らついているがそう滅多に積もる地域でもないので、このヒールでも大丈夫だろう。
それに今日の服装にブーツは非常に不恰好でもある。
リカコはヒールに足を収めると玄関にあるスタンドミラーでファッションチェックをした。
黒のベロア素材のラメが入ったイブニングドレス、胸元と背中は大きく開いているので胸の大きさに自信のないリカコは普段から重宝しているヌーブラに頼った。
ホールターネックになっているのでヘアースタイルは思いっきりアップに、あまり目立ち過ぎないようにシンプルに纏めてある。
ピアスとネックレスは派手な顔が控えめに見えるように、大好きなゴールドは外し真珠で統一した。
人目を惹くが決して下品ではない華やかさがある。
仕上げに肩からフェイクファーのグレーのコートを羽織った。
「よし!バッチリじゃん!」
満足そうに独り言を言ってリカコは駅へ向かった。
駅のタクシープールに着くと空車待ちの人達がずらりと並んでいる。
リカコが悪い目を凝らして列をなぞっていくと、そのずっと先にあゆむの車を見つけた。
久し振りに見る彼の車にただ嬉しさがこみ上げてきて笑みを零しつつ思わずかけ寄った。
「お待たせ!」
「遅せ〜待ちくたびれたわ。」
そう答えたあゆむは少しも疲れている様子はないが。
「ちょっと〜、5分くらいしか待ってないくせに!こういう時は『今来たとこだよ。』とか言うのが相場でしょ?」
「バーカ。そんな気障な事言えるか。・・・あっどうせ気障な事ならこっちの方が笑えるんじゃないの?『お迎えに上がりましたお姫様』・・・・・・って思ったけど・・・何か姫って感じには程遠いな。」
言いながらあゆむは車に乗り込んだリカコを品定めする様に頭から爪先まで眺める。
「じゃあ、何?マダムかしら?」
少し調子に乗ったリカコはアップにしてある髪を、大袈裟に掻き上げる様な仕草をして見せた。
その仕草を見たあゆむは一瞬間を置く。
「・・・いや・・・・・・魔女だろ。」
そう言われて呆然とするリカコを尻目に、あゆむは大爆笑しながら車を発進させる。
リカコは少しムッとしたような顔をしてみせたが、内心は全然むかついているはずもない。
「ねぇ。もしかしてちょっと派手だった?あたしなりに大分抑えたつもりなんだけど・・・。」
「別に・・・・・・、かなりめかし込んでる様には見えるけどな。」
そう言ってちらりと横目でリカコを見たあゆむも、決して普段着ではない。
黒のスーツに中は濃い目のブルーのシャツ、態と緩めたワイン色のネクタイが凄くセクシーな雰囲気を醸し出している。
「俺もタキシードぐらい着てこれば良かったかな〜(笑)。」
二人で軽口を叩きながらリカコも苦笑する。
「これで他の皆が普段着っぽかったらあたしら、相当マヌケだよね。」
予定時間より30分遅れで会場に着いた。
夕方でしかも12月の忙しい時期と言う事もあり道が大渋滞していた所為だ。
決してリカコの準備が長かった所為でも無く、あゆむが迎えに行った時間が遅かった所為でもない。
決して・・・・・・・・・。
「リカコがとっとと用意しねーからだぞ!・・・ったく。」
「何をー?!人の所為にしないでよね!あゆむだって電話してくんの遅かったじゃない。だから渋滞に巻き込まれたのよ!」
決してお互いの所為では無い筈だが、二人とも責任の擦り付け合いになりながらホテルの廊下を走っている。
「俺なんか幹事なのにやべーよ。藤井が全部やってるだろうけど・・・。」
リカコはふと自分達が遅れた事がちょっとラッキーの様な気がした。
あゆむは幹事だし遅れたりしたら直ぐに皆が気付く。
到着するまで皆待つだろう、特に藤井 忍は。
忍は女子の幹事だから一人で同窓会は始めておくが、今もかなりあゆむが来るのを待ちわびているはず。
そこへリカコとあゆむが会場に到着する。
そうすれば忍には相当の印象付けになる事間違いなし。
忍も昔あゆむを好きだったしリカコとは表面的には仲良さそうだったが、実際は犬猿の仲だったから忍にしてみればリカコがあゆむと二人で現れるなんてかなりの打撃になる。
リカコはそんな子供っぽい勝手な妄想に北叟笑み、そんな事をまさか隣で考えているとは露程も知らないあゆむと共に会場の扉を開けた。
「あっ!あゆむ!高橋も!遅せ〜よ。」
「あ〜リカ久し振り〜!」
「あゆむお前幹事だろ〜が!しっかりしろよ〜。」
大広間の扉を開けた途端そんなクラスメート達の声が飛んできた。
少しの間友達に囲まれて軽く話すと皆再び各々に散って行き、離れた所からある人物が歩いてくる。
そう、あの藤井 忍だ。
颯爽と僅かに殺気立ったオーラを滲ませて近づいてくる彼女は、真っ赤なドレスに身を包み会場で一番派手なイデタチだった。
そんな忍は今日の同窓会よりもどちらかと言うとダンスパーティーの方がお似合いである。
リカコは自分の姿と比較して少しホッとしていた。
「おお、藤井。遅れて悪かったな。」
「もぉ〜一人で大変だったんだからぁ〜。」
忍のぶりっこをした姿を見ながら、リカコは改めて同窓会なんだと実感出来る。
これを聞くのも何年振りなんだろうか・・・・・・。
「マジごめんって。リカコが準備遅くてさぁ!責めるならこっちを責めて!俺、先生ンとこ行って挨拶してくるわ〜。」
流石のあゆむは上手に逃げてしまった。
残されたリカコと忍の間に青い火花が散る。
「一緒に来たのね・・・・・・リカちゃん。」
お久し振りの一言も無しに忍は冷ややかな目を向ける。
まあ最初から上辺の挨拶など期待もしていないが。
「そうよ。」
リカコは勝ち誇ったようにそこまで言いかけて言葉を飲む。
忍とカズヒロが内通しているのを思い出したからだ。
ここに来るまでは彼女に印象付けてやろうなどと考えていたけど、よく思い直してみれば下手に彼女を刺激してカズヒロに余計な事を吹き込まれては堪ったもんじゃない。
リカコは別にカズヒロと別れているからどうでも良かったが、あゆむとカズヒロがギクシャクしてしまうのではないかという心配がある。
「たまたま駅で会ったからね。」
「ふ〜ん、たまたまね?」
咄嗟の判断で付け加えた言葉をまるで信用していないかのように、忍は相も変わらずリカコを冷ややかに見据える。
「一体・・・何が仰りたいのかしら?藤井邸のお嬢さんは。」
藤井家は由緒正しい家柄でリカコの実家もまた然り、昔から何かと張り合う間柄でかつては商売敵きでもあったらしく、そういう部分をリカコは特に何とも思って居なかったのとは違い忍は鼻にかけている振る舞いを昔からしていた。
それを見下して態と『藤井邸のお嬢さん』などと言ったのだ。
「あたしは別に・・・。それよりリカちゃんは同窓会の事何処で知ったわけ?」
忍はリカコが実家に居ない事を知っているのだろうか、それとも始めから同窓会の通知をリカコに出していないからそう問うのだろうか、ほとんど嫌味に動じていない冷ややかな目からは窺い知る事は出来ない。
リカコは少し意味あり気に嘲笑する。
「正義のヒーローが教えてくれたのよ。」
そう誤魔化して突き刺さるような忍の視線をすり抜け、クラスメート達が賑わっている方へ歩いて行った。
しかしこの時忍には気付かれていた。
リカコとあゆむがたまたま駅で会った訳ではない事。
彼女達は交流があるという事。
忍はさっきのあゆむが軽く流したつもりの言葉を一言一句聞き逃しては居なかったのだ。
───午後9時
「えー、それでは宴も酣ですが、とりあえず一旦締めたいと思います。二次会は各自好きなようにやって下さい。」
あゆむがあまり締まらないような締めくくりの挨拶を済ませて、リカコの立っている場所にやってきた。
「どっか二次会行くのか?」
「ううん。特に何もないけど。あゆむは行くでしょ?あたしだったらタクシーでも帰れるし大丈夫だよ。」
「俺も行かないから。今日じゃなくても普段から会ってるやつばっかだしな。」
「ははっ、そっか。」
リカコは自分があまり同級生と普段縁がない所為かあゆむに気を使ったつもりだが、彼は日頃同級生とマメに連絡を取り合っているのを知っていたので『いらぬ気遣いか』と笑った。
「じゃ、帰るか。」
「うん。」
二人は鋭い視線になど気付かずに会場を後にした。
帰りの車中、リカコはこのまま家へ帰るのは何だかつまらない気がしていた。
かと言ってあゆむに何か言えるわけでもなく、窓から見える外の景色をただ只管眺めている。
「懐かしかったな。先生もあんま変わってなかったし。」
ふとあゆむが口を開く。
「そうだね・・・。もっと老けてるかと思ったけど。」
「これでまた付き合い広がるだろ。」
「う〜ん、誰とも連絡先交換してないし。」
「藤井とも?」
「・・・・・・・・・するわけないじゃん。」
数秒ほど元の静かな車内に戻るが、あゆむは続ける。
「喧嘩したの?」
「喧嘩するほど最初から仲良くなかったから。忍とは。」
「あ、そう。」
「そう。」
「・・・・・・女ってわかんねーなぁ。」
リカコが更に静まり返った車内で溜息を吐く。
正に青息吐息といった感じだ。
話したい事はいっぱいあるのに、急に言葉を忘れたように何も出てこない。
沈黙が更に沈黙を呼ぶ。
思い悩んだ風に尚も窓の外を見詰めると、空気に堪り兼ねたようにあゆむが再び口を開いた。
「お前さぁ、言いたい事あるんなら言わないとわかんないんだけど。何か俺気に障る事した?」
どうしてあゆむはリカコの心を見透かすような事ばかり言うのだろう。
リカコにはそれが堪らなく嬉しくて胸が痛くなった。
「まだ、帰りたく・・・ないんだけど。」
思わず口に出してしまい、顔から火が出そうなくらい恥ずかしくなり窓の方を向いたままあゆむを見れなくなってしまった。
2,3秒程の間があってあゆむの溜息が聞こえた。
───ヤダ・・・言わなきゃ良かった!
マジ最悪なんだけど・・・・・・。
そんな先には立たない後悔をしていたリカコはあゆむが言った言葉に、一瞬自分の耳を疑ってしまう。
「それは俺を誘ってるわけ?」
恥ずかしかった事を忘れリカコはくるりと振りかえり、運転中のあゆむの横顔を見据える。
いつもの悪戯っぽい目つきと違い少し真剣な目をして笑みを含んでいる風ではない。
───そうだよ・・・って言ったら何て答えるのかな?
どんな反応するんだろぉ・・・。
でも・・・・・・・・・。
そんな事は言えるはずがなかった。
あゆむはリカコがカズヒロとの事を知っているし、別れた事を知っていたとしても変わり身の早い女だとは思われたくない。
「別に・・・・・・そんなつもりはないけど。」
俯きながらそう答えるのが精一杯だ。
リカコがあゆむを一瞥すると、彼はいつものような優しい目に戻り軽く笑いながら、リカコの家でもあゆむの家でもない方向へ進路を変えた。
第八話 完