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心の泣き顔  作者: ペリエ
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第7話






「ママ。今月の23日お休み頂きたいんですけど・・・・・・。」


リカコはお店が閉店した後留美と二人で後片付けの手伝いをしている。

他にも女の子は居るが毎日交代でママを手伝いをするのがこの店の決まりで、今日はリカコ達がその順番に当っていたからだ。


同窓会のある来たる12月23日は年末に重ねて祝日でもあり、お店は恐らく忙しくなる事は予想出来たが集合時間が夕方なので、とりあえず定時に出勤は難しい。

それに久し振りに会う懐かしい顔を目にしたら、少し顔を出して直ぐにお暇するなんて事は出来なくなるから休みを取る他ないのだ。


「23日?いいわよ!何かあるの?まさかデート?」


伝票整理をしていた手を止めず上目使いで返事をしたママはにこやかに笑った。

普通そんな忙しい日に休みをくれなんて言う子にここまでスッと承諾してくれるママさんはなかなか居ないだろう。

しかしリカコが普段店休日以外には滅多に休みを取らないからなのかもしれないが。



「いえ、実は小学校の時の同窓会があるんですよ。変わってますよね?12月にするなんて。」

「そうよねぇ・・・・・・。なーんだ、てっきりデートかなぁっと思ったのに。」


何故だかママの方が残念そうに溜息を吐く。


「ママ!リカちゃんはデートなんて当分の間縁がナイんですよ!もうとっくに冷め切ってるんだから。」

「ちょっと留美。あんたおしゃべりね!飲みすぎなんじゃないの?」


横から口を滑らせた留美をリカコはジロリと睨みつけたが特に腹を立てている訳でもない。


「ええ?そうなの?リカちゃんの彼氏って確か前に何人かでお店に飲みにいらっしゃったわよね?あの感じ良さそうな可愛いらしい顔した人でしょ?」

「ああ・・・・・・、そんな事もありましたね。もう遠い過去の事のように思えますけど。」


そう呟くリカコの目は何処か遠い所を見ている。


「あら嫌だ。情熱が消えてるって感じね・・・。やっぱり留美ちゃんが言ってた通りだわ。」

「はっ?!それどういう意味ですか?留美・・・あんた何か余計な事を言ったんじゃないの?」


意味深長な事を言うママと決まりが悪そうに笑って誤魔化す留美を交互に見たリカコは、恥ずかしさを覚えながらも当分留美に禁酒令を出す事を心に決めた。


「嫌だリカちゃんそんな怖い顔しないで。あたしはただ留美ちゃんからリカちゃんに新しく好きな人が出来たって事を聞いただけだから(笑)。」

「・・・・・・す、好きな人っていうか・・・・・・。まぁ全く何とも思ってない訳でもないんですけど・・・・・・。」


半ば諦めたリカコは溜息混じりに渋々肯定した。

どうせ黙っててもバレそうな事だったし、別に隠す必要も無いから。

ただその手の話の主人公になるのは何と無く苦手なのだが。


「じゃあその人と上手くいきそうなんだ?」

「いや〜・・・・・・そういう感じでもないんですけど、今の彼氏とその気になる人が親友だから微妙に気まずくって・・・。」


リカコがそこまで言い掛けて言葉を濁すと、ママは何かを企てるような悪戯っぽい目つきをしてにやりと笑った。


「ね〜え、あたしそういう話好きなのよ!リカちゃんお願い聞かせて。24日も休んでいいから!」

「えっ?本当に?」

「あっ!ずる〜い!ママ留美もついでにお願い!」

「え〜?別に留美ちゃんから聞きたい話はないんだけどなぁ・・・。まっ・・・いいわ。二人とも普段頑張ってるし!」



・・・・・・あっ。何かしてやられた?

そう思った時にはもう遅かった。

巧みなママの術中にはまってしまっていた。

こうなってはもう話すしかなくなる。

そう言いつつもリカコは本当のところ、こうやって誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。

しかしママも変わった人だ。

たかがこんな他愛もない恋愛話を聞くために年末の忙しい時期に看板娘二人を休ませるのだから。

一体何のメリットがあるというのだろうか・・・・・・?

そんな事を思いながらもリカコは、別にクリスマスをあゆむと過ごせるなどと期待もしていなかったけれど、イブの日まで休みを貰えてその低かった可能性に僅かな光が見えた気がして不覚にも顔が緩んでしまった。

例え0、01%でもいい。

万が一っていう状況に遭遇出来たら・・・・・・。

そんな淡い期待が頭の中に浮かんでいる。


それにしてもママは本当にこういう恋愛話が好きなのだろう。

終始目をキラキラさせて、まるで少女の様にはしゃいでいた。



















───どのくらいの時間が経っただろうか。


三人の口数が減り始めた頃、つと留美が豪快な欠伸をした。

その声を聞いて三人が三人とも初めて時計に目を遣ると、短針はもう間もなく7の上に覆い被さろうとしていた。


「げっ!もう7時前だ。」

「あらやだ!あたしも早く帰って息子のお弁当作らなきゃだわ!ごめんね、二人とも朝まで引っ張っちゃって。・・・さっ帰ろう!」


言いながらママが慌しくコートを羽織り帰り支度をしたので、リカコも留美もそそくさと店の外に出た。


元気よくお疲れ!と走っていくママの後姿を二人で見送る。

表は天気もいいのもあってかなり明るい感じがして、暗がりから出てきたばかりの目に染みるようだった。

自分の母親だと言っても不自然ではないくらい年が離れているその後姿は、それを否定したくなるくらいパワフルで逞しく堂々としている。

そんなママの姿を見ると自分の悩みなんてまるで無いに等しいような気さえしてきてリカコは目を伏せた。

自分は如何にぬくぬくと生きているんだろうと。

それでもまだもう少し甘えて生きていたいのだ。



「大変だね・・・、帰ってもすぐ休めないんだろうね。」


リカコの思いに同調したように留美が呟いた。


「・・・・・・そうだよね。母は強しって事かな?あたしらにはまだ難しいよね。」

「うん・・・・・・ってかさぁ、リカちゃんそういやカズヒロくんに電話するんじゃなかったっけ?」

「ああ!そうだった!すっかり忘れてた。もう朝だから仕事行ってるだろうなー。どうしよ、メールで済まそうかな。」

「いや〜、速攻電話掛かってきそうじゃない?納得出来なかったらさ・・・。」

「そう、だよね。今日が休みだといーんだけど、あたし知らないんだよね、カズヒロの休みの日。」

「はは・・・・・・よっぽど無関心なんだね。」

「どうやらそうみたいだね。まっ、仕事でもいーか!逆に手短に済みそうだし。」

「・・・・・・カズヒロくんせめて覚悟が出来れば良かったのにね。突然朝っぱらから別れ話されて一日中ブルーな気分で仕事じゃん。」

「それはそれで可哀想だけど仮に夜伝えたからって、次の日はブルーな気分で仕事するんだから結局おんなじじゃない?」


ほとんど無関係の留美がカズヒロに同情する傍ら、リカコは何かが振っきれたようにそう言い放つと直ぐにカズヒロに電話をかけていた。

恐らくリカコの中でカズヒロに対する情けが消え失せたのだろう。

大通りから一本外れた筋を歩きながら耳にあてがった携帯の呼び出し音に集中する。

あゆむに電話した時のような緊張感はない。

大きく一定のリズムを刻む心音も聞こえない。

至って冷静に話が出来る態勢だ。


───「はい?どうした?こんな朝早く珍しいな。」


何度も呼び出し音を聞く事もなく直ぐにカズヒロの声が聞こえた。

電話口の向こうからは調理場らしき音が混じっている。

あまり慌しそうでもないが、しきりに誰かを呼ぶ第三者の声も聞こえた。

どうやら彼は思いっきり仕事中のようだ。


「おはよう。今大丈夫?」

「うん、大丈夫大丈夫。さっき仕込み終わったとこで丁度一服してたから。」

「そっか、よかった。ちょっと言いたい事があって・・・。」

「何、改まっちゃって。」

「うん・・・・・・、あのさ、あたし達距離を置こうかと思って。まあ所謂いわゆる冷却期間ってやつなんだけど。」

「・・・・・・・・・は?何それ?」


カズヒロは意味が理解出来なかった訳ではない。

ただリカコが何故そんな事を言いだしたのかが理解出来なかったみたいだ。


「な、何って・・・、暫らく会わないって事になるよね。」

「俺、別れねえよ?」


間髪入れずにカズヒロの言葉が覆い被さった。

しかしリカコの耳にははっきりと響いて深く息を飲む。

きっとこのまま話し続けたら確実に穏やかでは済まない。

もっとも最初からもめずに済むなどとも思ってもいないが、それでも今兎に角すんなりと話を切り上げたかった。

若いとはいえ仕事をして徹夜明けの朝陽はただ苛々するだけで、一刻も早く家路につきベッドに潜りたくなる以外の何者でもない。

兎に角疲れていた。

兎に角眠りたかった。

でも単純に『はい、そーですか。』なんてカズヒロが言うわけもないのもわかっている。

ちゃんとそれを見越して考えた言葉もある。

正に準備万端憂い無し!



「リカ?聞いてんの?俺別れるつもりはねーからな!」

「・・・・・・・・・その前にさぁ。あたし達最初から付き合ってないじゃん?だから別れないとか言われても困るし!」


確かにリカコの言う通りカズヒロとは正式に付き合うという約束も言葉もなかった。

どちらからともなく何と無くそういう雰囲気になっていつの間にかずっと一緒に居るようになっていたのだ。


「なあ、今更何言ってんだよ。俺はリカの事彼女だと思ってたんだけどリカはどう思ってたわけ?」


彼は自分たちの始まりがそんな曖昧なものだったかどうか果たして覚えているのだろうか?

何れにしろ納得は出来ていないのが、震え掛けている声で感じ取れる。




「あたしは・・・・・・体の相性が合うオトモダチだと思ってたから。」




「・・・・・・・・・・・・・・・。」




リカコは我ながら酷いと思った。

しかし愛情が無くなった今、そう言うのも致し方ないのだ。

気持ちが無いからこそそういう台詞がすんなりと口をついて出る。

その愛情とやらも実際最初からあったのかも今となっては定かではない。

僅かな間があって、カズヒロが絶句したまま電話を切ってしまったので、リカコも遠慮なく携帯をバッグの中に収めた。

これで終わった。

やっとピリオドをつける事が出来た。

もう迷うものは無い。


でも何だかしっくりこなかった。

すっきりしない様な、二日酔いで胸がムカツクような変な不快感が残っている。



───「カズヒロくん、なんて?」


横で興味津々に、もとい心配そうに見守っていた留美が口を開く。


「何も言わずに切られた。でもまあ、とりあえず一件落着じゃない?」

「でもカズヒロくんは、いいよ。とは言ってないんでしょ?」

「そうだけどさ。男と女って付き合う時は合意の元でないと始まらないけど、終わる時はどちらかがもう駄目って思ったら相手が同意しなくても終わりなのよ。」

「ええ?そういう・・・・・・もんかな?」

「そういうもんでしょ!少なくともあたしの中ではね!」



そうは言ったもののやはりリカコはまだすっきりしていなかった。

モヤモヤと嫌〜な予感がしないでもない。

しかし案じても今はこれ以上為す術がないと思う。

そのうちきっと時間が解決してくれるだろう。




そう自分に言い聞かせリカコは、留美と眠気の所為で赤くなり痛みさえする瞼を押さえながら早朝ラッシュの中を家へと急いだ。















第七話      完



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