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心の泣き顔  作者: ペリエ
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第5話

───こんな事が起きるなんて・・・・・・・・・。





リカコは複雑な思いでいっぱいだった。



カズヒロはあゆむの部屋に入り、ベッドのすぐ側にあるソファーへ座り込んだ。

おそらくあゆむはまだ目を開けていないのだろう。

今何も知らずに現れたカズヒロには気付かれない程、自然な寝息をたてている。


時を刻む時計の秒針の音が恐ろしく大きく感じられる。


どのくらい時間が経ったのだろう?

リカコには一時間にも感じられたが、実時間で5分ほど経った頃、カズヒロはあゆむを呼び起こし始めた。

幾度か呼ばれてからあゆむは、徐に眠たくもない目を眠たそうに開け、起きた振りをする。

しかしあゆむはベッドから身を出さずにカズヒロと話し始めた。

リカコは布団を隔てて、向こう側に我が彼氏が彼女の存在を知らず、平然と談笑しているのが何故か滑稽な感じがしてならなかった。


リカコにとってはこの状況は久方ぶりのスリルだった。

年齢を偽り夜の世界へ飛び込んだ時や、留美と二人で夜の街で男と駆け引きをして遊んだ時、それとは違った、またそれ以上にスリリングな感じがする。


あゆむは相変わらずベッドからは出ずに、カズヒロと他愛もない話をしている。

しかし二人の会話が例えとんでもなく重要な内容だったとしても、この現状況に置かれたリカコからすればどうでもいい、他愛もない話にしか値しなかっただろう。



少しの間カズヒロと会話していたあゆむは、「風邪をひいて体がダルいから今日は一日寝とく。」と伝える。

すると予想に反して(?)カズヒロは「何か買ってこようか。」とか、「薬は飲んだか。」などと世話を焼く。

本来なら友達想いで親切な人だと思うべきだが、現状ではリカコもあゆむもただ煩わしく思う他なかった。

あゆむは風邪が伝染るといけないから、といいカズヒロを半ば強引に帰した。

そして今度は念のため玄関の鍵を閉める。



二階の自室に戻ったあゆむはリカコに合図をした。

ベッドの中から探るように恐る恐る顔を出したリカコは、部屋を見渡しカズヒロが居なくなったのを確認すると、安堵の溜息を漏らす。

久しく味わっていないスリルで高鳴る胸と、ベッドの中の酸素の薄さに、リカコは熱でしんどい体が悪化した気がした。



───本当はもう家に帰らないといけない。


家に帰り化粧を落として、自分のベッドに入り夕方前には起きてお店に出ないと。

そんな思いとは裏腹に少しずつ瞼が重くなり、熱に蝕まれた体は気怠さを増し、起きようとする意思は睡魔に喰い潰されるように薄れて行く。

もう・・・眠ってしまおうか・・・・・・。


───あっ、留美に電話しなくちゃ・・・。


そう思った時、リカコの朦朧とした意識はプツっと切れた。




一方その頃留美は、とっくに夢の中に居てリカコの行動など全く知る由も無かったのだが。





















目を覚ましたリカコはいつもと違う天井にびっくりして起きた。



ガバっと布団を捲ると、すぐ目の前にあるソファにあゆむの後姿を確認する。

リカコが起きたのに気付きあゆむはこちら側を向き微笑を浮かべた。


───そっか。夕べからあゆむの家に居たんだった。


やっと本格的に目が覚めたリカコは、自分の部屋の時計がある位置を反射的に見てしまったが、そこにある筈も無く結局ベッドから抜け出し自分の携帯を覗いた。



「18:30かぁ・・・。ああよく寝た・・・って今六時半?!」

「そうだけど・・・?」

「あたし仕事なんだ!七時半にはお店入らなくちゃいけないの。」

「あっ、そうなんか。知ってたら起こしてあげたんだけど。大丈夫か?」

「うん、お店には遅れるって連絡したら大丈夫だし。」

「そうじゃなくて熱!お前熱出てずっと寝てたんだぞ?」



───ああ。そうだった。すっかり忘れてた。



それにしてもあゆむは本当に大人になったんだと感じさせられる。

昔のままならリカコがここに居る事もないだろうし、こんな風に心配してくれる事もない。

それになにより、リカコがここまで素直になれる事は皆無だ。



突然、あゆむが手を伸ばしリカコの白く細い首元に手を当てた。


「ん〜、まだ熱いな。風邪は万病の元っつーからな。もっぺん測ってみな。」


そう言ったあゆむは体温計をリカコに渡す。

何だか今の行動で体内の熱が一気に首元に集まって、微熱どころの騒ぎではなくなりそうだった。

リカコは赤面しつつ、言われた通りにもう一度熱を測ってみた。



・・・・・・仕事に対して日頃割と熱心で、多少の事であれば店を休むという事はなかったが、しんどいのは嫌だが内心今日だけは休まざるを得ない位の熱があって欲しかった。

いずれにしてもいつまでもここに居れるわけではないのだが。

リカコは再会したばかりの時はあんなに拒んでいた人の側に居る事を、今では自ら好んで留まり続けたいと思うようになっているのだ。

カズヒロの存在もあり、自分自身の過去のイメージが邪魔をして、その気持ちを押し殺していたのだろう。

でもこれ以上自分までも欺く事は出来ない。



リカコはそんな密かな想いを噛みしめながら、そうっと体温計を見た。


───37℃・・・。マジ?


「どれどれ・・・・・・。おい、下がってねーじゃんか。」

体温計を覗き込んだあゆむが心配そうな声を出す。


「うん・・・。下がってないね。けど仕事行くよ!」

「マジで?」

「うん。そーんなに辛くないしね。一応プロですから(笑)」


リカコの言葉は決して無理をしてるわけではなく、でも顔は笑っていても真剣な、強い意志が感じられた。

それが通じたのか、あゆむはそれ以上止めず頷いた。



「送ってくよ・・・。」














その晩、リカコが仕事に出たのは何故だかじっとしていられなかったからだ。

しかしそれだけでも無く、昨夜あゆむと仕事の話になった時に、「頑張れ」と励まされたというのもあるから。

体は相も変わらず怠さが残っていたが、かかとが浮いたようなくすぐったい感覚で何だか落ち着かなかった。

口数も多くなって、お客に対する接し方も心なしか柔和な雰囲気になる。

当の本人は気付いていないようだが、お店のママも留美もそんないつもと明らかに違うリカコの様子を見て、恋をしているのだ、と悟った。



案の定留美は店がはねたと同時に、リカコに機嫌が良い理由を問う。

リカコの様子は言い訳しようの無いほど分かりやすかったが、留美はどうやら確信が欲しかったのだろう。

何故だかそこにママも乱入して来て、リカコは小姑のような二人から質問攻めにあう。

最後の最後まで何とかシラを切り通したが、小姑と化した二人はとても納得出来ないというような顔をしていた。





家に着いてからも留美は尚もしつこくリカコに詰め寄った。

しかしいくら親友とはいえ、昨日からの出来事はまだ新鮮で鮮明で、その分照れくさくて口にしてしまうのが勿体無いような気さえして、本当はもう下がっているであろう熱の所為にしてはぐらかす。

そのうち、自分の気持ちが落ち着いたらきっと言えるだろう、と思いながら・・・・・・。

















「リカ、クリスマス如何しようか?」




───クリスマスか・・・・・・・・・。


そういえばもう11月も後僅かで、今年のイベントはクリスマスと大晦日だけとなった。



『ヒト』というのは何故こうも、祭りやイベント事となると街中沸くほど騒ぐのだろうか?

何年か前まではそれは日本人の国民性だと思っていたが、どうやら何処の国でも大抵がそうらしい。

一例を挙げると、例えばアメリカやフランス等の欧米諸国はキリスト教信仰者が多く、イエス・キリストが生まれたとされる日・・・即ちクリスマスには、教会のミサへ行き厳かに祝う。

しかし何故、いつから七面鳥を焼きケーキを食べ、シャンパンに酔いつぶれる事が珍しくない行事になってしまったのだろうか。

しかも恋人達が愛を分かちあうものに発展し、それに触発されたようにその日をタイムリミットと定めては、半ば躍起になってパートナーを見つけようとするのも多々見聞きする。



更にもう一つリカコが思う事はバレンタインデー。

そもそもバレンタインもローマ地方で殉教した聖人ヴァレンティヌスが処刑された日であり、目出度い日ではないと思う。

それがいつしか恋人や家族に愛を示す祝日になった。

日本では女性から男性への求愛が主流で、チョコレートなどを贈るのだ。

確かにそんな前向きなイベントにするのは、微笑ましい事なのだろうが、リカコからしてみればはっきり言って、お菓子メーカーの陰謀に地球上のほとんどが踊らされているように思えてならない。

おそらくクリスマスもそれに近からず遠からず、といったとこだろう。



リカコは正直、クリスマスもバレンタインもどうでも良かった。

というよりも、むしろ好いてはいなかった。

そのどちらにもいい思い出は無かったから。

リカコの家はカトリック教を信仰していたので、小さい時からミサに連れられて行っていた。

だが物心ついて成長するにしたがって、家族とミサに出かける事もなくなり、ここ4,5年では一緒に過ごす事すら珍事になっている。


バレンタインだって小学校の時にたった一度だけあゆむにチョコをあげたっきり、以来誰にも義理の義の字さえあげた事はない。

だから両方とも特別想い入れはないのだ。


そんなリカコは今年初めて『彼氏』とクリスマスを過ごす事になる予定だ。

今まで彼氏が居なかったわけではないのだが、クリスマス前に別れるか、どうしても外せない用事が出来たりして、兎にも角にも一緒に過ごせた彼氏は居ない。

ある意味彼女にとっては小さな不幸のジンクスを創りあげていたものかもしれない。







・・・・・・街中がイルミネーションに煌めいて、ケーキやプレゼントの宣伝が飛び交い、皆が浮かれたムードに包まれる中、「また別れの季節が来たのかしら」とリカコは哀切を含む表情で、クリスマスの予定を聞いてきた楽しそうなカズヒロを見た。



───カズヒロと約束しても・・・どうせダメになるのかな・・・・・・。



旅行のパンフレットを持ってきていたカズヒロもまた、『彼女』とクリスマスを過ごした事はないらしく、リカコとは互いに初めて同志というわけだ。

ただ違うのはこれから訪れるイベントに対しての想い。

楽しい期待に胸を躍らせる男とジンクスに捉われ投遣りな女。

状況は同様でも、決して相容れる事のない二人の気持ち。




───なんて滑稽な・・・・・・。



リカコはまるで茶番のような気がして思わず失笑する。



「・・・何急に。思い出し笑い?」


「あっ・・・・・・ううん。クリスマス、彼氏と過ごすの初めてだから、その・・・楽しみでさ。」

「そっか。」


ちょっと前までは都合の悪い事を聞かれると、言い淀んでいたのに打って変わり、平気でカズヒロを偽れる言葉が口をついて出てくる。

彼女の心を揺らす別の何かが在るからだ。



───あたしはそんな・・・・・・、クリスマスが楽しみって笑えるほど純じゃあないよ。



声に出てしまいそうな溜息を心の中で漏らす。



───いつ別れ話切り出そう・・・・・・。



冷静にタイミングを計りながら・・・・・・。




「俺もさ、彼女と過ごすの初めてだから楽しみなんだよなぁ。・・・んで、どっか旅行に行きたいんだけどどうかな?」

「えっ?でもクリスマスは何処も宿泊料金とか高いんじゃない?それにあたし、連チャンでお店休めるかどうか判らないし・・・。」



───だって旅行予約してもこのままじゃ・・・キャンセルするのは目に見えてるし。



「ええ?!クリスマスぐらい休んでよ!俺普段は無理に休み取らせてないじゃん?今回だけ!」

「・・・・・・でもそういう仕事だから。イヴか25日どっちかなら頼めるかもだけど。」

「お願い。頑張って頼んで!どうしても駄目なら当日欠勤しちゃえよ。」



リカコは一瞬目を伏せて溜息を飲み込む。

ここで息を殺さなければ、張り詰めた気持ちが解けてしまいそうだった。



「・・・・・・うん、わかった。そうするから。・・・・・・あっと!もうこんな時間。帰って仕事の準備しなくちゃ!とりあえず休みの事は保留ね!また電話するから。」

「おう。わかった、仕事頑張ってな!」


何の気なしに笑ったカズヒロを見て、ちくりと胸が痛んだ。

リカコは去り際に笑ったつもりだが、あまり上手には笑えなかった。

















アスファルトに甲高い音が響く。

怒りと落胆・・・・・・。

二つの感情があまりに強く地面に降り落とされる。

動悸がするくらいリカコの心は苛立っていた。




───仕事、頑張って。か・・・・・・。




同じ言葉をもう今まで何度言われたのだろう?

たった一度しか言われた事のない、あゆむからの言葉の方が同じ言葉でも何倍も重たかった。




これ以上カズヒロとは居られなかった。

・・・・・・今何かを口にすれば、彼を痛罵する言葉しか出てこないだろう。

だからリカコは有りもしない仕事を盾に、あの場から逃げた。

今日リカコの勤めている店は、周年記念のお祝いの後で、特別休暇になっていたのだ。

しかしカズヒロにはその事を告げていなかったため、都合のいい口実となってくれたというわけだ。


「嘘も方便ね。」


一人歩きながらそう呟いたリカコは、バッグの中に埋まっている携帯を取り出し留美に掛ける。










───「え〜?!超強引じゃない?それって。」

留美は手に持ったままのグラスに口を付ける。


「そう思うでしょ?!もう相当ムカついちゃったし!」



リカコと留美は行きつけの居酒屋で落ち合い、食事がてら軽く一杯のはずが勢い付いて、いつの間にかヤケ酒状態だ(未成年ですが・・・)。


「大体さぁ!クリスマスの忙し〜い時期に仕事休めるかって!せめて一日だけでも努力するからってあたしも言ったのにさ!ちょっとは譲ってくれてもいいじゃん?」

「そぉだよね。仕事頑張れって言う割には、当日欠勤しろとか矛盾してるし。」

「それにあたしあーいう強引さはいっちばん嫌!逆に男らしくないっていうか情けない。」

「しかもどんな予定立ててもリカちゃんとはクリスマス過ごせないのに。」

「ほんっとそうかも!あたしクリスマスとか近づくと絶対何かあるんだもん。」

「嫌なジンクスに憑りつかれてるからねー。」


留美がそう笑うと、リカコも苦笑してグラスを空けた。


「物心ついてちょっとした頃にはさ、親とクリスマスとかなかったし、15の時は彼氏とホテルの前で大ゲンカして終わり、16の時は相手が彼女居すぎてそれが分かって終わり、そんで去年は彼が消息不明で噂で聞いたら、塀の中だし。」

「そして今年も喧嘩別れか。」

「・・・・・・もう決まりかな。最近一緒に居る時間は明らかに短いんだけど、すっごく苦痛なんだ。カズヒロもそれに感づいてるかも。」

「リカちゃんモロに態度に出るから・・・。」



確かにそう言われてみれば否定はできない。

今日もカズヒロと話している時だって、何と無く気まずいのと話題がないので、何度もトイレに逃げたし落ち着いてない証拠に、今朝封を切ったばかりの煙草も既に空だ。

しかもあゆむと再会してから、カズヒロと会う回数は徐々に減ってきている。

あゆむが直接の原因でもないが、引金になっていると言ってもあながち嘘ではない。



「あたし、あゆむの事好きかもしれない・・・・・・。」

「『かも』じゃなくて、『好き』なんでしょ?」

「ん〜確定じゃないよ。まだよく判らない。いくら過去を引きずらないって言っても、絶対消える事がないから心のどっかで気にかかると思う。だからどうしても過去と今のあゆむを比べてしまうから・・・、まだ正直わかんない。」


言い終わるとリカコはグラスから流れる水滴を拭いた。

中身の無くなったグラスをくっと握りしめる。


「・・・・・・まあ、それは仕方無いよね?留美も昔の友達と会ったら昔のイメージで見るし、リカちゃんだけじゃないよ。」




───過去があるからこんな気持ちになるの?

もっと違う過去なら、ただの「再会」に過ぎなかったのか。

でも今更変えられない事を思っていても仕方がない事。

今のリカコにはただ自分の気持ちに手探りで従う事しか出来ない。

そしてカズヒロとの関係をどう清算するのかを。





「あ〜もう!恋愛って面倒くさい!」















第五話     完


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