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心の泣き顔  作者: ペリエ
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第15話


───い、い、い、今。

あゆむはなんて言ったの?


カズと俺のタイプはかぶる?

それってつまり一緒って事?



あゆむとカズの好きな女の子のタイプが一緒って事は・・・・・・。

つまり、その、カズが好きになる子はあゆむも好きになる可能性が高い?



あえてなのかそれとも無意識の言葉なのか、あゆむの放った含みのあるような発言に、リカコの心は大きく動揺している。

まるであゆむから直接好みなんだと言われたのと同じくらい、激しく心を揺さぶられて言葉の深い場所までは考えられず、ただその表面のものにしか目が向けられていない。



───あれ?でも、それってもしかして。




勝手に動揺していたリカコに一瞬閃きが降った。



自分に僅かにしかない意外性よりも、身近な他者にあるであろう信憑性のある現実的な仮説に辿り着いたのだ。

それがあゆむの口から直ぐに立証されるとも知らずに。

答えを導いて欲しいわけでもなかったが、リカコはあゆむの次の言葉を待たずに先に口を開いた。




「もしかしてなんだけどさ、カズってはるかちゃんの事好きだった?」



言って間もなく後悔する。

恐らく否定されないであろう答えをあゆむが認めれば、複雑さと事実の棘で自分の胸を突き刺す事になるのを、何故言う前に気が付かなかったのだろうかと。



「まぁ。・・・・・・っていうか前付き合ってたね。」



「へぇ・・・・・・。」



この先の会話の全貌が見えた気がして、避けて通れたはずなのにそれを出来なかった自分に、リカコは嫌気がさした。



「ああ、はるかから聞いた?」


何を?だなんて聞くだけ野暮だ。

無論あゆむとはるかが付き合っていた事をに違いないのだから。

しかしリカコは浅く食い込んだ棘を、更に深く奥まで突き刺すように核心に迫っていく。



「聞いたって、何を?」


悪態をつくとまではいかないが、予測が出来た会話の終末に最早どうでもよくなった。



「俺とあいつが、付き合ってた事。」


「ああ、そういえばそんな事言ってたかな。まぁそうかなとは思ったけど。」


「へぇ、そっか。リカコはさすがに勘がいいな。」


「何よ、さすがって。」



───勘なんかではないのだけれど。


リカコの頭の中ではあのイブの夜の出来事が鮮明に思い出されていた。



「賢いやつって勘もいいからさ。」


「ごめん、嫌味に聞こえるんだけど?」


「はは!んな事ないって。」


「あゆむ、賢い女って苦手でしょ。」



さらりと、間髪入れずに問う。

取るに足りないただの会話の延長線として。

意味深に捉えられたりはしたくなかったからだ。

だからあゆむにも、速やかに否定でも肯定でもいいから、リカコの言葉が少しでも深みを帯びないようにすんなりと返事をして欲しかった。



だのに。


まるでふむ、と思案したような態度がこちら側にも分かるかのように、リカコには苛々するほど長く感じる数秒の間をあゆむは置いた。



「リカコの事別に苦手じゃないけどなぁ・・・。てか苦手とか得意とか、お前に今までそういうの考えた事ないわ。」


・・・幼馴染だしな。付け足した最後のそれに1%だけ救われたリカコは、自嘲したような笑みを浮かべて目を閉じる。

ともすれば余所に向かう気持ちを落ち着かせる為に、出来るだけ耳に神経を張り巡らせてあゆむとの他愛ない世間話に集中した。


それから半刻程話してリカコはあゆむとの通話を終えた。

いつもなら完璧に近いくらい覚えている二人のやり取りも、今日に限ってはぼんやりと霞掛かったように不確かな記憶として残っている。





───お前に今までそういうの考えた事ないわ。




苦手でもないし得意でもない・・・か。




馬鹿ね。


それって、無関心って事だよ。




特別な感情もない、紡ぐ手を休めれば、絡むこともなく消えてしまう細くて脆い糸。

あゆむも一応思っているようだが、リカコとは幼馴染という関係でも、言ってしまえば付き合いがあるのは本人同士だけでいつでも簡単に途切れてしまう、そんな危うい繋がりなのだ。

ただ少し友達より、近いような響きだけがリカコには特別で、それが無くなれば今よりもっと彼に対する想いは苦々しいものに変わっているかもしれない。





『そういうの考えた事ない』


その言葉だけが命を吹き込んだ道化のようにリカコをせせら笑い、その度に重みを増して一番刺激されたくない場所をじわじわと攻撃する。



ふと思い返すと今日に限った事ではないが、いつもあゆむとの会話は何処かで脱線する。


脱線させるきっかけを作っているのはほとんどが自分自身。

事ある毎に前向きに、とか決意、とかを口走るくせに、結局はただの逃げなのだ。

本当の所真実は知りたい。

曖昧は答えにはならない。

解っているはずなのに、悪い結末を想像してしまい上手く逃げるのだ。

恋愛にしても何にしても、リカコの性格上長期戦は向いてない、というより嫌いな上苦手でもある。

だから恋愛なんて特にそれが著しく表れて、駆け引きなどまどろっこしいだけで出来ない。

押して駄目なら引いてみよ。そんな言葉はリカコの辞書には存在しなかった。

結果が出るまで押しっぱなし。

それも完全なる短距離走といえた。


だからいくら相当昔からあゆむの事を思い続けていたと言っても、ただ一途に彼一人だけしか見えていなかったわけでもないのが事実だ。

正直何度も諦めたはずで、色んな人と付き合ってきた。

勿論他の誰かを好きになった記憶もある。

カズヒロの事だって何とも思っていなくて付き合っていたわけじゃないのだ。

あの日カズヒロの部屋で何の因果かあゆむと再会するまでは、彼を好きだった気持ちなど意識せずとも忘れていたはずだった。

どうして彼はあの日部屋に居たのだろう。

どうして再会する事になってしまったのだろう。

諦めて他の人を好きになれる程度の気持ちしかないはずだったのに、再び彼が心に住みついてしまったのはどうしてなのか・・・・・・。



なぜ・・・・・・?

なぜ?



考えれば考えるほど疑問符しか出てこない。

ただ自信はなかった。

今のリカコの想いが無事にあゆむに辿り着くという、そんな結末はとても期待出来る自信がない。

そう決め付ける根拠はないが、絶対に無理だとしか思えない。

恐らくリカコは長距離走を走り続けて、もうゴールテープが見え始めてる地点まで来てるのだろう。

あと1周は走る余力など残っていないのかもしれない。

結果が良いに越したことは無い。

けれど苦しい気持ちが何処かに辿り着けるならば、結果がどうであれ終わってもいいとさえ思えるくらい気力が消耗している。




・・・・・・会いさえしなければ。




想いも消滅するのに。

会えるから、会ってしまうから、まるで当たり前のように「好き」がそこにあって。


彼の言葉が当然のように自分の心を動かして。

自覚がないまま彼はどんどん心の隅々まで占領していくのだ。




はぁ。



本人も驚くぐらいその溜息は思いの他部屋に響いた。



「あれ?まだ起きてたの?」



一瞬どきりとして声のした方を見るとタイミングがいいのか悪いのかはるかが立っている。

今はあまり顔を合わせたくないような気もしたが、同じ屋根の下に居るのだからそれも無理な話である。




「うん・・・、何か寝付けなくてね・・・。」


苦笑しつつ何となく視線を逸らしてしまい、すぐに後悔してしまう。



───こんな態度、別にはるかちゃんは悪くないのに。




「あ・・・はるかちゃん。喉渇いてない?アイス珈琲でもいれるけど。」


埋め合わせのように変な気を使ってしまうリカコは、言い終わるや否やキッチンに立って冷蔵庫に手をかけた。


「あ、オレ珈琲飲めないから別のがいいなー。」


「え・・・・・・?」



オレ?この子今オレって言った??


「あ!いけね。ついついまだ癖が抜けないんだよなー。あたし気を抜くとすぐオレって言っちゃうんだよね。」


はは・・・。リカコは渇いた笑いを零して自分の分とはるかの分の飲み物をリビングまで運んだ。

勿論自分の分はお手製の超ブラック。



「サンキュー。」


まるで大分前からの友達に見せるような、人懐こい憎めない笑顔で受け取った甘そうなジュースをはるかは半分程飲み干した。



「彼氏と喧嘩でもした?」


はるかの言葉に思わず咽かけた珈琲を慌てて喉に流し込んで、返答が出来る筈もなく予期せぬ間が空いてしまった。



「やっぱりなー、何かすっげーブルーだったもんなぁ。大丈夫?」


やはり肯定と取ってしまったのか、落ち込んでいたのは彼氏との喧嘩が理由前提みたいになっている。

それにしてもそんな傍目にも解るほど自分はブルーだったのか。

そっちに軽く焦る。


「違う違うっ。彼氏なんて居ないよー。ちょっと考え事してただけだよ。」


「なーんだ、そかー。恋煩いしてるような顔だったからてっきり・・・。」


・・・うん、当たってます。

口が裂けても言えないけど、それ正解ですから・・・。


そんな事を思いながら大丈夫大丈夫と苦笑いするしかない。

その話題はそれであっけなく終わり、数分会話を交わすとはるかは豪快な欠伸をして客間に戻っていった。




はぁ・・・。


取り残されたリカコの溜息が再びリビングに響く。



はるかがもっと感じ悪い子だったらなと思う。

しかしそうではないから余計に微妙な気持ちの自分が嫌になる。

そもそも矛先を向けるところなどないのだが、はるかが嫌な子であったならまだ八つ当たりするような気持ちが生まれても、こんなに自己嫌悪は感じなかっただろう。

嫌なのは自分の方。

ねちねちしてるのも自分。


別にはるかにあゆむの事が好きだと知られても、彼女は動じないのだろう。

下手な気は使うような子にも見えない。

相談をしたとしても嫌な顔せずに、寧ろ喜んで聞いてくれる気もする。

でもリカコはどうしてもはるかにはこの気持ちを気取られたくなかった。

留美には話せるのにはるかには出来ない。

今日知り合ったばかりだからかもしれないが、それだけが理由ではない感じもあるから。



終わりの見えない押し問答を心の中で繰り広げてリカコはいつの間にか目を閉じていた。



翌日もう一つの後悔が襲うとは知る由もなく・・・・・・。






第十五話      完




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