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心の泣き顔  作者: ペリエ
11/15

第11話


───数時間後






出掛ける準備を整えたリカコと留美は、もう間もなく自分達が波乱にその身を晒す事になるのを知らずに、ようやく出掛ける口実が出来たと気持ちが少し沸いていた。


その刻はじわじわと迫ってくる。




留美の天真爛漫な笑顔が凍りつく時。

リカコの堪忍袋の緒が切れる時。

してやったりとあの男の勝ち誇るような含み笑い。



そんな事はこの時点でわかるはずもないのだから。














「「お待たせ〜!」」


待ち合わせた駅まで行くとあゆむが一人で苛々しながら立っていた。

声をハモらせたリカコと留美が不思議そうに顔を見合わせながら、様子のおかしいあゆむの側まで歩いて行く。


「何?一人?どうしたの?」

新年早々彼に逢えて嬉しいはずだが、リカコはその気持ちを抑えて淡々と尋ねた。

聞かれたあゆむの側にはカズヒロの姿はない。

周りは夥しい数の人で溢れ返っている。

元旦という事も手伝い、無理もない話なのだが。


「あいつは車で待ってるよ。」

「ふ〜ん。」

あゆむの只ならぬ苛つきに気付いたリカコの代わりに留美が返事をした。

「藤井と一緒にな。」

「はあ?!」

今度は間髪入れずにリカコが声を発した。

「元々今日は俺とカズで初詣に行く約束はしてたんだけどさ、今日になって急に藤井も来る事になったとか言ってっから意味わかんねーんだよなぁ。」

どうやらあゆむが苛々しながら待っていたのは、ごった返す人ごみに対してでは無かったようだ。

「え〜微妙〜。」

そう言う留美の気持ちは尤もだ。

留美からしても藤井 忍とは面識が無いに等しいし、イメージ+リカコから耳にしていた話も加えるととても馬が合いそうな人間ではない。

更に表向きは別として、リカコと忍が仲が良かったわけでもないのに今日の組み合わせはまるで腹痛でも起こしそうなミスマッチと言える。




───帰る。




そう言って帰らせてくれる程あゆむも大人じゃなかった。

それにそう言って帰れる程リカコも子供じゃなかったのだ。





「ど〜すんの?あたしの敵が二人も居るなんて!」

「敵って・・・お前大袈裟じゃねーか?大体カズだってお前の事憎んでたら誘わねーだろ。」

「あ・・・・・・何か持病の癪が・・・・・・。」

リカコはもう一度帰る事を試みる。

カズヒロが憎んでたら誘わないなどと、彼の本性を知らない人間がそういう事をのほほんと言うのだ。

「心臓発作が出ても連れて行くかんな!俺一人で子供二人の守は勘弁だ。」

リカコ脱走断念。

留美も哀れみの眼差しでリカコを見詰める。

その目はまるで自分の事を思うように果てしなく遠い目だった。


「だったら何で来る前に知らせてくんないのかな〜。知ってたら来なかったのに。」

諦める事に妥協して溜息を吐く。


「電話する猶予が無かったんだよ。大体メールならいけたかもしれねーけどアドレス、聞いてないし!」

「あー・・・・・・確かに。」

「だからこうやってやつらの目を盗んでトイレ行く振りして事前報告しに来たわけよ!藤井とリカコが仲悪ィのこの前聞いたし。感謝しろ。まあ兎に角行くぞ。いつまでも此処に居んのは不自然だ。」

そう言ったあゆむは逃がさんとばかりにリカコの腕を掴み歩き出す。

掴まれたリカコはこの期に及んで少し心を弾ませてしまった。

その姿を見ながら微笑ましく見ていた留美は、慌てて追いながら今から飛び込む複雑な空気に覚悟を決めていたのだった。







「「明けましておめでとう!」」


あゆむの車の後ろの席のスライドドアを開けると同時に、リカコと留美は声を合わせた。

努めて明るく自然に振舞うつもりで。

さっきまでのあの焦り様はどこへ隠したのか。


カズヒロは助手席に座っている。

振り返って何事もないような顔で笑っているが、内心ざまー味噌漬け!とでも思っているのだろう。

彼はリカコと忍が険悪なのを少なからず把握しているからだ。


「明けましておめでとう、リカちゃん。あと・・・高島 留美ちゃんよね?」

後部座席に悠々と乗っていた忍は、冷ややかにリカコに一瞥くれた後最後に乗り込んだ留美を見て言う。

その目はやはり冷ややかに、この邪魔者め!とでも思っているのだろう。


「どうも。藤井先輩。」

負けじと留美もさらりと流している。

その顔にはありありと拒絶の色を滲ませていた。


「あら、もう卒業して大分経つんだし『先輩』なんていらないわよ!名前で呼んで?」

敵意の色を露わにした留美に対して忍は、偽りの好意をチラつかせて微笑む。

本性をよく知るリカコには気色が悪く思える。


「はい・・・。」

天真爛漫な留美はここには居ない。

もう一人の留美が顔を覗かせている。


「じゃあ、ニックネームとかでもいいですか?」

にやりと笑って問う。

「うん、いいわよ?」

忍よ、気付かないのか。

ここからが留美の本領発揮だ。

リカコも忍に気付かれないように含み笑う。


「じゃ〜『しのぶ』なんで、『ぶ〜ちゃん』とか!」

留美の発想は予想より面白かったので思わずリカコは吹き出しそうになった。

無論運転席に居るあゆむもだが。

カズヒロの真意は分からない。

ただ目をパチクリさせるだけだった。


「そ、そ、それはちょっと嫌だわ・・・。それ以外ならお任せするわ。」

引きつった顔を背けながら、チッと舌打ちをした忍。

聞こえたのはリカコだけだが、これが忍の本性なのだ。

けったいなあだ名を付けられて、自分の理想とする他人に見せるイメージを壊されるのが嫌なのだろう。

飾らず、気取らずのリカコとは全くの正反対である。



そうこうしていると車は既に走り出していた。

この誰もがミスマッチだと思う組み合わせを、決して誰一人触れないようにするおかしな空気のままで。



「そういえばあゆむ、トイレ混んでたのか?」

今更な質問をカズヒロが問う。

聞くならさっきあゆむが戻った時点で聞けばいいのに。


「まあ、な。なんで?」

「いや、あんまり遅いしリカ達と一緒に来たからてっきり待ってたのかと思って。」

そんな事今もこれからもどうでもいいだろう!

リカコと留美は密かにそう思った。

「トイレ済んだらたまたま会ったから、な。」


「ふ〜ん。たまたま?」


ここで突然忍が口を挟んだ。

リカコは眩暈と共に嫌なデジャヴを感じる。

しかしデジャヴではない事を知っているから、嫌な予感が頭を掠める。






───何この感じ・・・・・・・・・。

ふーん、たまたま?

忍のやつ、前にも同じ質問をしてきた事・・・あったよね?

何でこの女はいちいち引っかかるような物の言い方しか出来ないのよ。

何か如何にも、こっちがわざと偶然を装ったみたいに疑ってかかって。

言いたいことがあればはっきり言いなさいよね!!






リカコの心の叫びは忍には言わなくても、本人ゆえにしかと見透かしているだろう。

無論解かっているところで彼女はそれを素直には受けいれない。

リカコが口にしても否定するだけで、暖簾に腕押し。

言うだけ労力の無駄に過ぎない。



そんな事を考えていると、リカコはもう言葉を発するのも億劫になってきた。

どうせ平行線な相手なら、初めから出来るだけ関わらない方が、受けるストレスも軽減されるはずだろうからだ。

昔からそうだった。

リカコも忍も互いを嫌い合っているはずなのに、何か事ある毎にぶつかり合っている。

同極の磁石のように互いを弾き合って、決して相容れようとしない。

互いに自分達は似ても似つかない、全くの別種の人間だと把握しているはずだ。



リカコはそれをきちんと受け止めているし、理解したところで妥協も出来ないからあえて関係を持たないようにしている。

それなのに忍はぶつかり合う事を踏まえた上で、幾度も接触してくるのだ。

今回だって誰が仕組んだ事かは知らないが、カズヒロが忍を誘ったとしても断れないわけがない。

忍は自分の意思でここへ来たという事なのだ。

一体何が目的なのだろう。

本人同士の因縁があったとしても、そんなものは塵のような小さな事。

忍が何かしてリカコを刺激しても多少のことではリカコは動じない自信がある。

予想がつく程度の子供じみた嫌がらせだし、もう大分昔からの事なのでリカコも慣れてしまっているのだ。



リカコは忍の浅はかな目論見についてあれこれ予測していた。

でも今のところ突かれる部分が思い当たらない。





──一いったい何がしたいの・・・・・・・・・?



そう答えを諦めた時だった。







「リカちゃんとあゆくんってたまたまが多いわよね?」




・・・・・・は?

何?どういう意味?

あんたの言ってる意味が全く解からないんですけど。



意図がつかめない忍の言葉に、リカコはただ返事もせず運転席のあゆむをちらりと見た。

あゆむもまた忍の言葉を聞き流しているのか、それとも興味がないのか返事をする素振りはない。

リカコはすぐに自分の左に座っている留美にも目を遣った。

無論彼女も返事をする必要性がないので口を開かないが、目線さえも遠いところにあって、蚊帳の外にでも行きたいかのようにウィンドウの外を睨んでいた。

相当苛ついているのだろう、リカコには手に取るようにそれが解かる。


忍のつっかかりにリカコもあゆむも返事をしないので、関係のないはずのカズヒロが口を開いた。


「何?たまたまが多いって?」


なんであんたが返事するのよ。

関係ないでしょ?

へぇ〜そうなの?くらいで終わらせとけよ。



リカコはそう思いながら助手席のカズヒロを睨みつけ、心の中で罵り倒してみた。

下らないこの会話がとっとと終わることを祈りながら。



しかしもう留まる術など何処にもない。

忍の一言で今日ここへ自分が来てしまった事をリカコは後悔するのだ。




「あの時もそうだったのよねぇ・・・・・・。同窓会の日も。」



───これだ。

さっきの変な感じはこの事だったんだ。

確かに同窓会の時はあゆむと待ち合わせて行ったけど、それを忍は知るはずないしあたしだってたまたま近くで会ったって言ったはず・・・・・。


リカコにはまだ忍の不敵な笑みの理由が解からない。



「同窓会って・・・・・・、あれは近くでばったり会ったから・・・。」

「あれ〜?そうだったの?あゆくんは一緒に来たみたいな事言ったような気がしたけど、あたしの聞き間違いかしら?」



「俺、そんな事言ったか?」


今まで黙っていたあゆむがようやく口を開いた。


「言ったわよ。『リカコが準備が遅かったから遅刻した。責めるならこいつを責めろ。』ってね。近くでばったり会ったんならリカちゃんの準備の時間なんて関係ないんじゃない?」

「え?!そうなのか?あゆむ。」


リカコは息を飲んだ。

わざとらしくあゆむに問うカズヒロの声も遠くに聞こえるような気がする。

同窓会のあの時の事が鮮明に頭の中に甦ってくる。


確かに忍の言う通りあの時、あゆむはそう言ったのだ。

リカコはしっかりと思い出している言い逃れの出来ない事実なのだ。

でもあゆむは覚えていないのかもしれない。

認めさえしなければこれ以上この会話は続かないだろう。

そうであって欲しい。

さもなければリカコとあゆむが、密で連絡を取っていたのも明るみに出てしまう。

特に疾しい事もないのだが、ばれたらばれたで何となく気まずい様な気もする。

あゆむは何て答えるのだろう?

リカコは拳を握り締め息を潜めて、彼の答えを待った。

認める事はないだろうと思いながら。



「・・・・・・もし一緒に行ったって言ったらなんなの?」



「・・・・・・・・・え?」

あゆむの思いがけない問いに、助手席のカズヒロはきっとあっけにとられた様な顔をしているだろう。

リカコにも予想がつかなかった言葉だ。


「あゆむ・・・それは・・・・・・・・・、」

「そんなの可笑しいわよね?カズくん?だってリカちゃんは・・・、」

何かを答えようとしたカズヒロを忍が捲くし立てるように遮った。

何を言わせようと誘導しているのか・・・・・・。


「藤井、俺はカズに聞いてるんだけど?」

「あ・・・あゆくん・・・・・・。」

いつもとは少し穏やかな、しかし冷たさを感じるあゆむの声に忍は押し黙ってしまった。

彼女からすれば恐らくこんなあゆむの姿は、学生時代にも見たことがないのだろう。

少し俯いた横顔が驚きの色を滲ませている。


「なぁ。カズどうなの?」


あゆむはゆっくりと柔らかにカズヒロに返事を促しているが、その一言には車中の誰が見ても執拗に迫る空気も含められていた。

つとリカコがフロントガラスから外を見遣ると、道路は渋滞して車はしばらくの間動きそうにない。

あゆむの問いかけ以後車中の誰もが言葉を発しなくなって、一体どれくらいの時間が経つのだろう。

ほんの僅か数秒しか経過していないはずなのに、緊迫した重苦しい空気が立ち込めたせいでとてもそうとは思えない程だ。

この車と同じようにこのまま時間も止まってしまえばいいのにと、リカコは自分の目に映る長く長く渋滞した先頭も見えない車の列を見つめながらそう思った。



「俺は別に・・・・・・どっちでもいいよ。俺には関係ないしな。」


短くて長い沈黙をようやくカズヒロは破ったが、彼は相も変わらずあゆむの視線から逃れるように自信なさげにウィンドウの方に向いている。


「・・・・・・ああ、そう。まぁ実際会場の近くで会っただけだから。」

あゆむはリカコが予想していた言葉を返し、少し冷めた視線からカズヒロを解放した。

再び静けさが立ち込める。

元々変な雰囲気が漂う空間が、更に居心地悪くなってしまったように思える。

誰もが納得がいってないだろう。

カズヒロは一番もどかしく感じているかもしれない。

リカコには判っているのだ。

カズヒロは関係ないと答えたが、彼の内心そうではないという事が。

あゆむの気迫に押し負けて本当の気持ちを答えられなかったのだ。

カズヒロはそういう男。

そんな所もリカコはあまり好きではなかったのだ。

それも今となってはもうどうでもいい事なのだが。



「でもさ。」

思い直したようにカズヒロが口を開いた。


「リカとあゆむは幼馴染みたいなもんだろ?小学生の頃からの長い付き合いなんだし。だから別に一緒に行ったって悪くねーんじゃねーの?例えば二人で会ってたってさ。」

「何だそれ。」

カズヒロの言葉にあゆむは軽く苦笑した。

普段のカズヒロならそんな事を言い出すなんて有り得ない、とでも言うように。



「でも実際リカはあゆむン家行ったよな?」





・・・・・・・・・え?

何で知ってるの?

前に一度あゆむが風邪ひいたときに、家に行った事はあたしとあゆむと留美くらいしか知らないはず・・・・・・。

なのに何で・・・・・・・・・。



リカコの中で正常な思考回路が停止したような気がした。

パニックまでとは行かないが、焦りを隠せないのは事実だ。

どうでもいい事なのかもしれないが、当時はまだカズヒロとリカコが付き合っていたのだから、重要な事なのかもしれない。

あゆむとカズヒロも親友なのだから重要な事なのかもしれない。

でも隠さなくても良かったことなのか?

それともカズヒロは知らない方が良かったことなのか?

そもそも何の意味があって、たかがそれだけの事実を必死に隠そうとしてたのか、リカコは解からなくなってきていた。



「カズ・・・何言ってんだよ?」

あゆむの声は動揺の欠片も感じさせず、落ち着き払っているように穏やかだ。


「いいよ、隠さなくても。俺知ってるんだって。リカがあゆむン家に行ってた事は。」

「・・・・・・・・・・・・。」


カズヒロはくすりと笑い、続ける。



「俺見たんだよね。あゆむの部屋でリカにあげた指輪が落ちてたの。」




車中はカズヒロだけが居るみたいに彼以外は無言だった。





ひたすら続く渋滞の中、車はまだ動かない・・・・・・。








第十一話        完


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