始まった物語
たくさんの時間が過ぎたのか、それとも一瞬だったのか、美世が目をあけたとき教会から見える外の様子は何一つ変わっていなかった。
いまだに信じられない。ここで、2人の少女に出会い、自分の魔力を使って少女の傷を治したなどという非現実的な状況をすぐに飲み込めるわけがかかった。さっきは何も考えていなかったからこそあれほど大胆な行動ができたんだと思う。
しかし、どれだけ美世が状況を把握できていないとしても、もう無理にでも理解するほかなかった。
美世の横でさっきまでとは真逆の穏やかな表情で規則的な呼吸を繰り返している黒い羽の少女。傷を負っていた少女である。しかし、その羽に傷がある気配は微塵も感じられない。もしもあったら、こんな静かに寝ることはできないだろう。
美世に助けを求めた少女もまた、同じようにして眠りについていた。
この2人はいったいなんなんだろう。
人間というにはその羽があまりにも異様すぎるけれど、それ以外のところだけを見れば美世達と何も変わらないように思える。2人の容姿は最初見たときも感じたように綺麗、だった。幼い外見からすれば「可愛い」と表現してもそれはきっと間違いではない。しかし白く透明な肌や、目をつぶっていることでさらに際立っているまつげの長さ、そしてスッとした鼻や薄桃色の薄い唇、それらを余すことなくまとめている少女らの顔は「美しい」という言葉が一番近かった。
それぞれの背中から生えている羽。白い羽の純白、黒い羽の漆黒、対照的なその羽ははどちらも濁ることを知らない。ただ、純粋な白と黒だった。お互いのつながりを強く示すように少女らは相手の羽の色の服を着ている。その服は、ワンピースのように上から下まで繋がっている。服のところどころにフリルやリボンなどの装飾がついているところや、色素の薄い髪が日に照らされて艶やかに透き通っているところはまるで人形のようだ。
この子が不思議な光とか出したり、傷をあっという間に治したりしてなかったら少し変わった格好をしてる程度で他は全然怪しくないのになぁと黒い服の少女を見ながら美世は思う。きっと白い服の少女だって同じような事ができるんだろう。ほんと、ここはどこなんだろ。なんで、あたしはここにいるんだろう。なにひとつとして分からない。早く起きてほしい、と思いつつも起こすのは気がひける。でもなぁ、なんて考えていると
「……ン」
黒い服の少女が微かに声を出した。そのまま眠そうに目をこすり、ゆっくりとまぶたを開く。
少女は体を起こすとゆったりとした動作でまわりを見わたしはじめ、美世と目があった。
停止する少女。
無表情だった少女の表情はだんだんとゆがみ
「……誰」
ついには警戒心をむきだしにして、そんな言葉を美世にぶつけた。
「いや、あのね怪しい人とかじゃないんだよ。っていうかあたしもあなたを助けるのを手伝ったんだよ??ね、聞いてる?ちょ、その手からでてる怪しげな光なに?」
「大丈夫、この魔法は攻撃性をもったものじゃないから、安全」
「や、安全だからって魔法を人向かって使うのはあんまりじゃなくて絶対よくないと思うんだけどってわぁ――――!」
美世の方へと向かって発射され、目をつぶる暇もなく目の前までせまったその光は
なぜか、美世にぶつかることなく顔のすぐ横を通り後ろへと消えさったのだった。
――――――――――
「本っ当にごめんなさい、助けてもらったのに。シルシア、この子の力を借りたのよ?そんなとこにいないでこっちに来て」
さっきの光はいつの間にか目を覚ましていた黒い服の少女が軌道を美世から逸らしてくれたおかげで当たらなかったらしい。そんな説明をうけても大して驚かなかった美世はやっぱりどこかの感覚が麻痺しているかもしれない。
今、教会の椅子に座っている美世の隣にいるのは黒い服の少女だ。シルシアと呼ばれた白い服の少女、美世に光を放った少女にずっと話しかけているが返事が返ってくる様子はない。
「はぁ、ごめんね?まだちょっと混乱してるんだと思うのよ。意外と臆病な子なの」
隣にいる少女は美世の耳元へ顔を近づけてコソッと囁く。