そのご!
俺達軽音部の文化祭での初演奏
結果から言おう、大成功だった。
もう一度やれと言われてもあれほどうまくは出来ないだろう。
さっちん先輩のキーボードのミスは0だったし、美涼先輩のベースも今まで一番音がきれいだった。あー君先輩のドラムは本番前練習無しでも見事の一言だったし、小雪先輩のサビのアルペジオも安定していたし、演奏している方が聞き入ってしまうほど、歌が上手かった。
俺のギターも特にミスは無く悪くはなかったと思う。
今日はその文化祭の次の日。
俺達は小雪先輩の家で鍋パーティーをすることになっていた。
夕方5時学校前集合、そこから小雪先輩を除く4人で小雪先輩の家に行くという手はずだ。
買い物は午前中に女子高生メンバーで済ませたらしい。
そこで俺は10分くらい前に着く計算でチャリを走らせていたのだが困ったことが起きた。
今俺の目の前には高校3年生ほどと思われる2人の男が立ちふさがっている。
「金貸してよキミ」
まさしくザ・カツアゲである。カツアゲってチャリ停めてでもするのか?俺がよほど弱そうに見えたのかな。
しかしその通り俺は高校生3人相手に喧嘩で勝てるほど強くはない。もちろん格闘技なんかも習っていない。
さぁ困った。お金出したくないな。
「勘弁してくれませんかね?」
「貸せよ」
ちょっと口調が強まったのが分かる。
「お、ふとしじゃん」
声。振り向くとあー君先輩がいた。ちょっと安心したのもつかの間、この人あんま強そうじゃないな。
「連れかよ。お前も金出せよ」
「あ、誰?ふとしのお友達?」
「この状況見れば友達には見えないでしょう!カツアゲですよ!」
「カツアゲ?ヤだよ。お前らどっか行けよ」
「お前怪我してぇのか?」
一番ボスっぽい奴が睨み付けてくる。
「怪我するのはどっちかな?」
この人、余裕の表情。絶対バカだ。勝てるわけがない。
「ってめぇ」
さっそく相手が殴りかかってきたのだが、俺の予想は外れてしまった。
よく分からんがあー君先輩は喧嘩がありえないくらい強かった。
例えるならばブルース・リーだな。
あっという間に3人をボコボコにして俺に笑顔で向きなおる。
「美涼たちが待ってんだろ。早く行こうぜ」
この人、息切れてねぇよ・・・
超怖かった3人の高校生はぴくりとも動かない。
俺達はチャリを走らせた。
「あー君先輩、格闘技習ってるんですか?」
「おう、ジークンドーって知ってるか?」
「あのブルース・リーが考えたとかいう奴ですか?」
「そうそれ。幼稚園からやってて大会で優勝とかもしたんだぜ」
この人、そんな凄い人だったのか。
「絶対人に技使うなって言われてんだけど、俺は相手が因縁付けてきたらお構いないしに使うわ」
あー君先輩らしいな。
そうして俺達は集合時間を10分ほど過ぎて到着した。
「こんちは、遅れてスミマセン。」
「遅いぞ、太一。あ、大輝と一緒に来たんだ。」
意外にもさっちん先輩はまだ来ていなかった。
「さっちん先輩はまだなんですか?」
「一緒に来たんだけどね。忘れ物したって取りに帰ったよ。もう来るんじゃないかな。てか太一はどうしてこんなに遅くなったの?」
「えーと」
あー君先輩に知られるとめんどいから言うなと釘を刺されている。
「寝坊しちゃって」
ベタな言い訳しか思いつかない。何か話題を変えよう。
「前から思ってたんですけどあー君先輩、その髪地毛じゃないですよね?染めてるんですか?」
日本人っぽい顔してるしあー君先輩に外人の血が流れているとは考えにくい。
「おう!カッコいいだろ~中学は厳しかったからな。高校入ったら即行染めたぜ」
自分の髪をつまみながら言う。
「私は派手すぎてあんまり好きじゃないけどね」
ボソッと美涼先輩が言った。
「その派手さがいいんじゃねぇか。女はわかんねーよな太一?」
「俺もあんまその色好きじゃないっす」
「まさかの裏切り!?」
目立つのは好きじゃない。
「お前高校入っても髪とか染めねぇの?」
「染める理由が無いから染めないでしょうね」
「つまんねー男だなー」
髪染めたらつまるっていうわけでもないと思う。
「遅れたー」
さっちん先輩登場。
「じゃ行こうか。ついてきて~」
美涼先輩がチャリを漕ぎ出したのでその後に続く。
学校から20分掛からない。かなり俺の家に近い事を知る。
純和風って感じの結構でかい一軒家。庭に鯉とかいそうだな。
さっちん先輩が背伸びをしてインターホンを押そうとするのを俺が手で制す。
「さっちん先輩、俺が押します」
「なんだ、お前ファミレスでもあの呼び出しボタン押したいタイプなのか?」
さっちん先輩が色々言っているが、もしもということがある。俺が押さねば。
俺はインターホンを押し同時に念のためバックステップ。
「いらっしゃい!」
恐ろしい勢いでドアが開く。やはりか、これって部室限定じゃなかったんだな。
「こんちは」
「よく来たね!ささ、入って~」
「待ってください、ご家族の方々はいらっしゃるんですか?」
「いないよ~だから気兼ねしないでオッケ!」
「お出かけ中ですか?」
「違うよ。私一人っ子でお父さんお母さんは外国でお仕事。何ヶ月に一回しか帰ってこないの」
そう笑いながら小雪先輩が言う。
「中学までは私もついていってたんだけど、日本の高校が良くてこっちに残ってるんだー」
「へー、そうなんですか」
漫画とかではよく見る設定ではあったが本当にいるんだな、一人暮らしの高校生。
「おじゃましまーす」
居間に案内される。大きいコタツにテレビ。小雪先輩が過ごしている風景が目に浮かぶ。
「男の子はここでテレビでも見て待ってて~」
「私もここに居たい」
いち早くコタツに潜り込むさっちん先輩。
「幸は来るのー、一緒に鍋つくるよ」
さっちん先輩が美涼先輩に引きずられていく。
「本当に俺は手伝わなくていいんですか?」
「ダイジョブダイジョブ~台所そんなに人入らないし」
そうして俺達は女性陣が台所で料理している間、お言葉に甘えてコタツでテレビを見てくつろいでいた。
特に面白い番組も無くあー君先輩が数分単位でチャンネルを変えている。
そうすると俺の五感も暇を持て余すようで、台所からの会話が耳に入ってくる。
「幸、もっと細かく切ってよ」
「こんぐらい大丈夫だよ。多分口入る」
「これ、入れて大丈夫かな~?」
小雪先輩の不安げな声。
「え~ナシでしょ」
「いや、煮れば大体なんでも食える」
「じゃ、入れちゃおうか」
こっちまで不安になるんですが。
あー君先輩もテレビなんかそっちのけで耳をそばだてていた。
「俺達、大丈夫ですかね」
「だ、大丈夫だろ。よっぽどの事が無きゃ鍋を不味くするのはなかなか難しいはず」
「・・・そうですね」
「心配するなって」
ホラ、とポケットから胃薬をちらつかせる。用意のいい人だ。こうなる事を想定していたのだろうか。
そうして待つこと20分程、俺達の前に鍋料理が運ばれてきた。
「では、いただきま~す」
小雪先輩のよく通る声が響き終わりみんなで鍋をつつき始める。
「・・・おいしい」
「そう、良かった!」
と美涼先輩。
俺の心配は不用だったらしい。普通にうまかった。寒くなってきたこの時期の鍋は最高だ。
「当たり前~私が作ったんだから」
とドヤ顔のさっちん先輩。
「マジうまいな」
あー君先輩の驚きが混じった感嘆の声。
どうやらあー君先輩の胃薬の出番はなさそうだ。
その後もみんなでワイワイ鍋をつつき、たいそう俺達はエンジョイした。
鍋を食べ終わった後もすぐには解散せずみんなでコタツに入りながらテレビを見たり喋ったり。
「それにしても昨日の発表は大成功だったなー」
とさっちん先輩。
「今までの練習の中で一番良かったと思います」
「何より楽しかったね!」
と嬉しそうに美涼先輩。
「そんな最高の発表ができたのも、あー君、ふとしくんのおかげだよ、ありがと~」
改まって小雪先輩が頭を下げる。
「ま、俺もいい暇つぶしになったし誘ってくれてありがとよ」
あー君先輩が照れくさそうに言う。
「これからも、私達とバンド組んでくれる?」
「俺はオッケーです。楽しいですし」
「俺も頑張らせてもらうぜ」
「ありがとう。これからも楽しくやろうね!」
どうやら俺達のバンドは文化祭が終わったら即解散とはいかないようだ。
ずっと気にしていたことでもあったので本当に嬉しかった。
「ところでさっき聞こえてきたんですけど、ナシとか何とか言ってた食材って何だったんですか?」
空になった鍋を眺めながら訊ねる。
「え、聞いてたの?」
美涼先輩の顔が少し青ざめた。
「内緒、もう食べちゃったんだしどーでもいいでしょ~」
と小雪先輩は言うが正直俺は超怖かった。