華がないと婚約破棄されましたが、私はめげずに生きていきます
私は昔から、『その他大勢』だった。
特に学園に通っていたころなどはすごかった。
クラスで一番美人とうわさされている友人がいて、
学園で一番成績の良い従妹がいて、
誰からでもかわいがられる妹がいた。
もちろん彼ら、彼女らに罪はない。
ただ周囲の人間が噂するのだ。
『あいつはあの場にいて恥ずかしくないのか』
『容姿も頭も普通のくせになんであの人たちに好かれるんだ』
『きっと身内びいきとか賄賂とか渡しているのよ』
何度も何度も聞こえてきた言葉。
時には面と向かって言われたこともある。
だからだろうか。
誰かと比べられることには慣れていた。
自身の婚約者にさえも。
◇
「リディアは本当に地味だな」
婚約者のアランが笑う。
とある夜会の帰りだった。
「そうでしょうか…」
「そうだろう?」
隣を歩く彼は楽しそうだ。
「ほら、今日も皆エレナ嬢の周りに集まっていた」
エレナ嬢。
侯爵令嬢。
美人で社交的で人気者。
確かに今日も目立っていた。
「そうですね」
「君ももう少し華やかになればいいのに」
悪意はなかったと思う。
本当に。
だから私は笑って誤魔化した。
「難しそうです」
「そこを努力するんだよ」
帰宅して鏡を見る。
栗色の髪。
少し垂れた目。
特別綺麗でもない顔。
昔から見慣れた自分だった。
ため息をついて、自室に向かって歩く。
「お姉様」
呼び止められ、振り向くと妹がいた。
「また言われたの?」
「何を?」
「その顔」
妹はため息を吐く。
「アラン様でしょ」
図星だった。
「別に特段嫌な人じゃないのよ。暴力を受けたわけでもないし」
私は椅子に座る。
「そりゃ暴力はしないでしょうね」
「敬うところはいっぱいあるし」
成績優秀で顔も良い。
周囲への気配りもちゃんとしている。
……私に対しても、一応エスコートはしてくれるし、贈り物なんかも送ってくれている。
あの言葉達は本当に悪気なく言っているだけなのだ。
ただ、それだけ。
「だから余計に腹が立つの」
妹が机に突っ伏した。
「心の底から悪い人なら簡単なのに」
「簡単?」
「怒ればいいじゃない、そして証拠を持ってあの人の実家にでも怒鳴り込めばいいわ」
「なるほど……、なるほど?」
「でもアラン様、自分が失礼なこと言ってる自覚がないもの」
私は少し考えた。
その通りだった。
彼は本気で悪気がない。
良かれと思って私を貶めているのだ。
だから困る。
「お姉様」
「なあに」
「アラン様のことほんとに好きなの?」
不意打ちだった。
もちろん、と答えようとして。
言葉が出なかったことに自分でも驚いた。
胸の内を整理していくと、ここ最近の記憶がどんどん浮かんでくる
馬鹿にされた記憶、見下した発言や態度を取られた記憶、エレナ様とよく比較されて、挙句の果てには本人にもそのことを話している姿と、小ばかにした笑いを浮かべている彼の顔。
おのずと言葉は導き出される。
「好き、…だったのかもしれないわね」
妹は何も言わなかった。
ただ無言で抱きしめてくれた。
それが一番優しく、うれしかった。
◇
それから少したって。
婚約解消は、あっさり終わった。
春の午後だった。
「リディア」
その日、アランは珍しく真剣な顔をしていた。
「話がある」
その顔と声に込められた熱量に、ついに来てしまったなと感じた。
なんとなく、近いうちにそうなるだろうとは、予感はしていた。
その内容も。
だから驚かなかった。
「私はエレナ嬢に惹かれている」
めずらしく真っ直ぐな言葉だった。
嘘も誤魔化しもない。
「そうですか…」
「怒らないのか」
そう聞かれて、自身にあまり怒りがないことに気づく。
妹と会話して以降、自分の気持ちを自覚してから彼への愛はさめていたし、どうでもよくなったからだろうか。
ただ。
これで終わりなら。
少しだけ意趣返しがしたくなった。
「怒ってほしいのですか?」
「いや」
彼はため息をつく。
「君は昔からそうだな」
……。
昔からこんなこと言っていた記憶などない。
おそらくは、彼の記憶で捏造されたもの。
もうどうでもよくなってきた、彼に対してのすべてが。
「婚約を解消したい」
彼に多く言葉を紡ぐ必要性すら感じない。
端的に一言。
「承知しました」
満足そうに去っていく彼の背中を見て、私も背を向ける。
そこで終わりだった。
終わりのはずだった。
◇
三週間後。
私は本屋にいた。
昔から本が好きだった。
悲しい時やむしゃくしゃした時なんかは特に、本を読む量が増えた。
だからこそ、家の読んでいない蔵書が少なくなっていることに気づいた私は本屋に向かった。
いつ来ても本屋はいい。
本は読む人に夢や希望を与えてくれる。
つまり、そんな本を売っている本屋には夢と希望が詰まっているのだ。
そんな取り止めもないことを考えながら、新刊コーナーに向かっている道中。
「また来ていたんですね」
声を掛けられる。
顔を上げると男性がいた。
この店の店員であるノアだ。
かなり端正な顔をしており、客からかなり人気のある店員だ。
とあるきっかけで話すようになった。
「今日は新刊の日ですよ」
「だから来ました」
私の返答にノアが笑う。
「やっぱり、予想通りです」
「……そんなに分かりやすいですか」
「ええ」
少し悔しい。
「もう少し詳しく分析するなら」
彼は続けて話し出す。
「元気がない時は歴史書」
指を一本立てる。
「機嫌がいい時は恋愛小説」
もう一本。
「落ち込んでいる時は推理小説」
私は目を丸くした。
完璧に当たっている。
「……どうして分かったのですか」
「毎週来られますから」
何だか恥ずかしくなる。
「今日は?」
ノアが尋ねる。
「推理小説ですか」
少し迷ってから。
「恋愛小説にしてみます」
自分でも驚く返事だった。
ノアも少しだけ驚いた顔をした後、優しく笑った。
「その方がいいと思います」
おすすめの新刊はこちらです、と案内してくれる彼に着いていく。
ちょっぴり。
ほんのちょっぴり。
なんだか元気が出てきたような気がする。
久しぶりに、なんだかいい気分かもしれない。
◇
一方その頃。
アランは困惑していた。
あの婚約破棄の後。
毎日アプローチして、やっとエレナと付き合うことが出来た。
告白が成功した日は嬉しくて嬉しくて寝れなかった。
エレナとの会話は楽しい。
本当に楽しい。
次から次へ話題が出る。
飽きない。
見た目も美しいため、心が満たされる気がする。
理想だった。
はずだった。
「アラン様、聞いています?」
顔を上げる。
エレナが少し不機嫌そうだった。
「ああ、すまない」
「またですか」
また。
最近よく言われる言葉だった。
「そんなに難しい話ではありません」
「違うんだ」
「では何です?」
答えられない。
何が違うのだろう。
ただ。
話した内容を思い出せなかった。
それから3日後のとある夜会。
「アラン様!私の妹、ようやく回復してきたんです!」
ある夫人にそう言われた。
「妹?」
思わず聞き返す。
全く心当たりが無かった。
その瞬間。
空気が止まった。
夫人が目を瞬く。
数秒考えた後。
そこで気付く。
いや、思い出した。
この夫人には病気の妹がいた。
確かそんな話をしていた。
いつだったか。
思い出せない。
「失礼しました」
夫人は微笑んだ。
だが少しだけ寂しそうだった。
「以前、リディア様に良くなったら是非報告して下さい、と言われていたもので……。
ようやく回復の目処が立ったので、嬉しくてつい声をかけてしまいました。失礼しました、忘れて下さい」
そして去っていく。
その背中を見ながら、
アランは思い出す。
『妹さん、その後いかがですか?』
昔。
リディアがそう聞いていたことを。
夫人が嬉しそうに笑っていたことを。
同じようなことが続いた。
自然と彼は1人になっていく。
エレナは取り巻きに囲まれて、同じ話を何度もして笑っている。
以前なら――
『お父様のお足は?』
『先日のご旅行は?』
『愛犬は元気ですか?』
皆が驚いてから嬉しそうに話し出していた。
喜んでいたのだ。
気に掛けてもらえたことを。
覚えていてもらえたことを。
アランは今さら理解した。
リディアは話下手だったのではない。
人の話を大切に聞いていたのだ。
そして、それを決して忘れない。
エレナのように同じ話を繰り返すのではなく、私のようにその場に合わせて聞き流すのではなく。
ちゃんと覚えて噛み締めていたのだった。
◇
三か月後。
本屋でアランとリディアと再会した。
偶然だった。
いや。
アランは最近ここによく来ていた。
もしかしたら会えるかもしれないと。
ようやく会えたことに嬉しくなり、声をかける。
「リディア」
彼女は振り向く。
「あら」
その時。
後ろから別の声がした。
「こんにちは、リディアさん」
見覚えのある男だった。
本屋の店員。
ノアという名前だったはずだ。
「予約本、入荷しました」
「本当ですか?」
リディアの顔がぱっと明るくなる。
アランは一瞬言葉を失った。
久しく見ていない表情だった。
最後に笑顔を見たのは、いつだったか。
そんな彼を他所に2人は盛り上がる。
「ありがとうございます」
「感想も聞かせてください」
「長くなりますよ」
「覚悟しています」
二人が笑う。
自然だった。
とても。
自然だった。
「君は」
気づけば口にしていた。
「そんな風に笑うんだったな」
リディアが首を傾げる。
「どんな風です?」
「楽しそうに」
しばらく沈黙。
やがて彼女は小さく笑った。
「本当に楽しいですから」
それだけだった。
責めない。
恨まない。
見返しもしない。
だからこそ分かる。
本当に失ったのだと。
今さら取り戻せないほどに。
◇
肩を落としたアランが去った後。
「大丈夫でしたか?」
ノアが聞く。
「ええ」
「あの人、貴女という婚約者がいるにも関わらず、別の人に好意を抱いて、勝手に婚約破棄したっていう噂の人ですよね?……よく声をかけれるな」
リディアは頷いた。
「少しだけ驚きましたけど」
「少しだけ?」
「少しだけです」
ノアが笑う。
「それなら安心しました」
店の窓から春の光が差し込む。
「では」
ノアが持っていた本を差し出した。
「続きの物語をどうぞ」
リディアは本を受け取る。
そして笑った。
今度は誰とも比べられない笑顔で。
ノアが大分ストーカー気質なのは見過ごしてください。
ちょっとよく見てるだけなんです。
彼と話すようになったきっかけは、彼が商品整理していたときに落としてしまった本をリディアが拾ったからです。
そのからその本の話、好きなジャンルの話などをするようになりました。




