第1話〜ただ、流れてる
はじめ!!
す〜と両者が立ち上がる。
立ち会いの瞬間。周囲の空気は一変する。
両者の間には、何か神聖な空間が生まれる。
構えは中段。半歩前に出した右足は、いつでも飛び込める。
相手はきゃしゃな体躯なのに、姿勢が良いからか、大きく見える。
「キエイ!!」
相手は、思いっきり息を吸い込んで、腹の底から気迫を発する。
ふむ、、。
おれは、面倒だから無言のまま、その気迫を受け流す。その代わり、半歩、すっと前に出る。
「んイヤー、、メーーーン」
ほらきた。完璧パターンじゃん。と感じた瞬間。
「コテ、、、だ」
俺のコテが、相手の振り上げ途中の腕に痛打を与える。
「コテあり!」
審判の威勢の良い声が響く。
キッット、俺をにらんだ相手は、ゆっくりと開始線に戻り、何事もなかったように、再び中段に構える。
俺は、相手の、緊張感を醸し出すその視線を受け流し、周りに目をやる。
隣では、相変わらず、悪友の林が先輩にめった打ちにされて、ゼイゼイしている。
林、、、。この気配りじょうずが、、、。
などと思いつつ、今日は、帰りに林と一緒にラーメンを食べるアポがあることを思い出していた。。
ここは、湘東学園剣道部道場。この蒸し暑い梅雨に、こんな重装備でまじめに稽古するって、どうよ?と、まじめに感じつつ。俺は、先輩達の、まるで、青春を謳歌してます的な、上滑りの自己満足に呆れていた。
今期、湘東学園剣道部は、男女団体戦共に、関東大会、インターハイ予選と一回戦敗退。からくも、個人戦で、女子では京子先輩、男子では俺がベストエイトに入ったのが関の山の成績だった。
だからってこともないが、先輩達のこの真面目さが、なれ合いにしか見えない。
真面目ななれ合い、、、。てやつ。
「ちょっと! 早く開始線にもどりなさいよ!」
相手の一喝が入る。
「あ、すんません、、」
試合稽古中だったことを思い出した俺は、おもむろに開始線に戻り、構え直す。
「二本目!」
「んぎゃー!」
とたんに相手が気合いと共に、突っ込んでくる。
つばぜり合いに持ち込んだ瞬間。相手の目がおれを、これでもかというぐらい睨んでいる。
こ、こわ、、、。
俺は、その目をそらして、竹刀をはたいて、間合いを切る。
剣道は、大先輩がいろいろ理屈を付けようが、ようは、騙した方が勝ちだ。
まじめなやつほど、動きが読める。
単調なリズム。単調な打ち。
常に力が入って、力の強弱がない。
そして、得意とする技、自信のある打ちがあるやつは、それに頼りたがる。
相手の剣道は、まさにそうだ。得意技は遠間からの面。
それは、いい。練達の剣士達から好まれる、典型的な剣風。
けど、その得意技を出す為の、お膳立てがまるでなってない。素直というか、我を通すというか。
でも、今日はなんか、違う。
いつも通り、まっすぐな剣道だけど、それに込められた気迫が違う。このての相手が、心の底から湧き出る様な気迫で打ち込んでくると、こちらが仕掛ける前に飛び込まれる。大げさに言えば、切られることを恐れない打ち込み。
「きぇっっい!」
いきなり遠間から面に来る。
一瞬ふいをつかれた。しかし、僅かだが、相手の腕の振り上げがおかしいと感じた。
その瞬間、面の軌道を描いたはずの相手の剣先が、斜めに傾く。
んつ!。コテ、いや胴に変化?
俺は、面を避ける為に振りかぶっていた右手を竹刀から外し、そのまま相手の面を打突した。
相手がはなった胴と、俺の片手面がほとんど同時に打突した。
「・・・・」
俺も、相手も同時に審判を見る。
両者、決まらずの旗ふり。
「ちょっっとお!何見てんのよ。今のはあたしの胴でしょ!」
相手が審判に迫る。
後輩の審判が、こまった様に、俺に助けてくれサインの目を向ける。
知るか!。アホ。
俺は、審判にしつこく詰め寄っている相手を無視して、開始線で正眼に構える。
らちが開かないと諦めたのか、相手も開始線に戻り、正眼に構える。
「ん??」
開始線に立った相手の目。
笑ってる。
まるで、どうよ。どうなのよ、、。的な不適な笑い。
「やめ! 赤一本勝ち」
いきなり、審判のコールがかかる。
あっけにとられている俺を尻目に、相手は、負けたはずなのに、会心の笑顔で、蹲踞して9歩の間合いに遠ざかる。
今のはなんだったんだ。
相手のあの気迫と、今までみたことのないフェイクの剣。
俺は、試合に勝ったけど、なんか・・・負けたのか。
相手は、着座し面を脱ぐ。
あの凶器に満ちた気合いと声からは想像できない、端正な顔立ち。
長い髪を束ねていたのをほどくと、長くしなやかな黒髪が肩まで包む。
音羽京子先輩。今日の俺のお相手だ。
彼女は、湘東学園高等部の二年生。インターハイ予選も終わり、今は、シーズンオフに入っている。
俺は、同じく湘東学園高等部一年、桐生心。と言っても、中学も同じ湘東学園だから、剣道部員としての付き合いは長い。
・・・幼なじみという点を除いての話だが、、、。
だから、俺は、京子先輩の所作を見ても何も感じない。けど、他の部員達から見て、見栄えがいいらしく、どちらかというと、美人タイプなのだろうか、男どもの憧れの存在になっているらしい。
現に、悪友の林は、京子先輩が面を脱いだ瞬間に、稽古中にも関わらず、京子先輩に釘付けになっている。
気の強さをみじんも隠さず、慄然と座している美しい女剣士・・・・とでも思っているのだろうか。林は、ポカンと京子先輩を見入っている。
アホが・・・・。
その日、稽古が終わって、めずらしく、その気の強い女子、京子先輩が、俺を誘ってきた。
「今日、わたしに付き合いな」
その一言で、うんもすんもない。俺は、ラー友の林に訳を告げて、京子先輩と学校を出た。林はぽかんと口を明けて、俺たちを見送った。
「あんた、このままでいいと思ってるわけ」
ハンバーガーショップに入って着座した瞬間。京子先輩はどなった。
「はっ?」
俺は、ほおばっていたハンバーガーを口に入れたまま、京子先輩を見返した。
こ、こわ、、、。
じっと睨んだまま、京子先輩は「はぁぁ、、、」と一つため息をついて、どうしようもないやつ、、、的な顔に変化した。
「わかってて、そうなの。それとも、単に鈍いやつなわけ」
「わかっててって、何をですか」
まじまじと俺を見る京子先輩に威圧されながら、おれは、ハンバーガーを食い続ける。
「あんた、美香をどうするつもり」
「へっ??」
「あんたさ、まわりっていうか、美香の周辺の空気読んでないでしょ」
「はぁぁ、、」
・・・沈黙が流れる。
「あんた、剣道で、あんだけ人の気持ち読めて、相手の思う先、相手の思う裏を読むのとくいじゃない。だから、強いんでしょ」
「あっ、いや、別に強くないっすけど、、、」
「それなのにさ、、なんで、美香の事とか、その周辺の空気読めないわけ」
「け、剣道と、その、それ以外のことって、別だし、、意識したこと、、」
「だからアホだっていってんのよ!」
「・・・・」
「あんた、剣道、何の為にやってんのよ」
い、いきなり変則攻撃、、、、。
「あたしは、自分を磨く為の道具だと思ってる。道具が悪いんなら、修行よ。」
「はぁぁ。そっすか、、、」
「そっすかじゃないわよ。少なくともあんたは、剣道を通して、何かを感じ、それを実生活で無意識にでも活かしてきてるはずよ。そうじゃないと意味ないじゃない」
「そういうもんですか、、、」
キリっっと、京子先輩はおれを睨み据えた。
お、怒ってる、完璧。
美香とは、俺と同級生の葵美香のことだ。
教室も違うし、部活だって、彼女はテニス部だし、何の接点もない。いや、なかったはずの子だった。
中等部から高等部へ進んだ俺は、そのまま剣道部に入部した。中等部と高等部は同じ稽古場だったから、部活的にはなんら変わらないものだった。
変わったと言えば、高等部ともなると、先輩達がなんだか青春を謳歌するというか、色気付くというか、、。そんな雰囲気がある。
はっきり言って、弱小校の我が校剣道部は、かなしいかな、青春謳歌型の部の典型だった。
高等部に進学して、一ヶ月。ある土曜日の稽古前に、俺はある先輩に「お前もこいよ」と強引に連れ出された。
我が校には、大きな中庭がある。箱形に配置された校舎の真ん中に、大きな空間があり、そこをテニス部が練習場として使用している。
土曜日、練習前にテニス部員達は、そこで昼食をとっているらしい。俺が連れ出されたのは、その昼食の最中だった。
先輩は、剣道着に胴と垂れをつけたままの姿で、その場にちん入し、ある女子と親しげに話している。よく見ていると、その女子が先輩に弁当を与えている。
んなぁ、そういうこと、、。バカバカしい・・・・
俺は、こんなことにつき合わされてるのかと憤慨し、ところかまわず、ベンチの空いているところに座って、先輩が弁当を食べ終わるのをまった。
「あの、、桐生さん。暑くないんですか」
突然、同じベンチで弁当を食べていた女子が声をかけてきた。
「え? なんで、おれの名字しってんの」
「だって、それ」
し、しまった。垂れネーム外してなかった。これじゃ、俺は、こういう者ですって名札をぶら下げて歩いているようなもんだ。
「そ、そんなことないよ。なれてるし」
「そうなんだ。やっぱり、剣道部って鍛え方がちがうよね」
あのね、そんな真面目に鍛えてたら、普通、こんなとこで油売ることなんてないっしょ。
その子は、自分は葵美香という名であることを告げてきた。俺と同じ高等部一年生。ショートヘアーで、ほっそりしている。目はどっちかというとたれ目タイプ。って、俺にとってはどうでもいい事だったんだが、それが、どうも、そうは行かなくなって行くのである。
先輩の土曜日テニス部訪問は、律儀で定期的で、彼の生活の定型的パターンの一属性となっていた。
先輩のその律儀さに何ら関係の無い俺が巻き込まれ、俺の生活の定型的パターンに、土曜日のテニス部訪問という無意味な行動が否応なしに付け加えられた。
先輩は、彼女から弁当をもらう。だまって指をくわえていられないので、おれは、毎土曜日は、購買部でパンを買って、テニス部のベンチで黙々と食うというバカを演じていた。
その毎土曜日、俺がかならず座るベンチに、葵美香がかならず座っていた。
何回か通っている内に、俺はあることに気づかされた。
美香の弁当が手作りであること、しかも、おかずの配置や、それぞれのおかずのできが今一であること。
そして、極め付けは、かならず、卵焼きが弁当容積の大部分を占めているという怪異に満ちた構成になっていること。
俺は、ベンチに座る毎に、その卵焼きに目を向け、げんなりしていた。
俺は、卵焼きが嫌いなのだ。
「桐生さん、、、よかったら、卵焼き食べてくれる?いつも多くつくりすぎちゃって」
全く予期、予測の範囲外にあった、その言葉を、一種決意に満ちたまなざしで、葵美香は俺に唐突にのたまわった。
先輩によって無理矢理形成された、何回目かの土曜日テニス部訪問日、そろそろ先輩のわがままに付き合いきれないと思い始めていた矢先に、、である。
いらね。卵焼き嫌いなんだよ。
とはさすがに言えなかった俺は、何も言わず、卵焼きの断片をいきなり手でつまんで、口に放り入れた。
「味、付いてないでしょ。ごめんね。わたし、お料理得意じゃなくて、、」
そんなことないっすよ。さいこうすよ!
こんな時、林ならそう切り返すはずだ。
「うん。味がない」
俺は林ではないので、言葉を脚色することができない。
「桐生さん、ここに来る様になってから、私のお弁当の卵焼き、いつも気にしてるみたいだったから、もしかして、好きなんじゃないかって、、」
それって、逆・・・・てかギャグ・・
「まあな。嫌いではない・・かな」
「そう、それじゃ、今度からもっとお料理勉強して、おいしく作れるようにがんばってみるね」
・・・俺は、林か! なんで、心にも無いことが口から出る。
これが始まりだった。
葵美香は、土曜日毎に俺に卵焼きを振る舞う様になり、しかも、それが、次第に料理らしい料理に進化するに至り、更には、別のおかずにもそのテリトリーを広げていき、俺がその試食役を見事に演じるはめに至ってしまった。
そして、いい加減先輩には断ろうと思っていた、土曜日テニス部訪問が、いつのまにか俺自身の生活習慣の一属性に変貌を遂げていた。
テニス部の練習場。四方を校舎に囲まれた空間。
ということは、四方の校舎から丸見えの位置に存在していることになる。
土曜日毎に俺が葵美香から弁当をもらい、同じベンチで楽しそうにひとときを過ごしている。普通に言えば、普通に見えない二人の関係・・。
そんな噂が学校中に流れるのに、さして時間はかからなかった。
ハンバーガーショップで、俺を睨んだままの京子先輩。
「まぁ、あんたがどう考えてるのか分からないけど、相手や周囲がどう考えてるかくらい分かるでしょ」
「それって、そんなに大げさなことなんすか・・・」
「あんた馬鹿じゃないの! 見えないふりをするの、いい加減やめてよ」
「見えるも何も、、そんなこと考えたことないっすから・・」
「だったら、なんで毎土曜日、美香のとこに行ってるのよ」
「そ、それは、先輩に強引に連れ出されて、、」
あきれ顔で俺を見つめる。京子先輩・・・
「最初は自分の意思じゃなかった。そう、先輩には逆らえない。けど、あることがきっかけで、それがあんた自身の習慣になって、あんた自身の生活パターンの一部になった」
「・・・・」
「いつまで、先輩のせいにしとくわけ?」
「・・・・」
「あんたのなにげないその習慣を作ったのは誰?あんたの行動パターンに影響を与えたのって、いったい何?」
「・・・・」
「簡単なように感じるけど、お料理するのって、けっこう大変なんだよね。特に、食べてもらえる人の好みに合わせた味付けって」
む、、、。そうなのか?
「あの子の努力ってなんなの。お料理がうまくなること? そうじゃないでしょ!」
「・・・・」
「あんたは、何時もそう。私が、こんなこと言う必要なんてないはずよ。鈍感なふりをして、人の気持ちがすぐ分かっちゃう。分かっちゃうから、否定も肯定もしない。ただ現状維持を保とうとする。相手を傷つけたくないから・・・」
「・・・・」
「でもね、それが優しさだと思ったら、大間違いよ。相手の気持ちに正面から向き合いたくないだけ。そうすれば自分が傷つかなくて済むからよ」
情に棹させば流される・・・・・。
漱石の小説に、そんな一文があった。
俺は昔からそうだったのかもしれない。
稚拙な話なのだが、中学生の頃、バレンタインの日に、ある女の子から大きなチョコレートをもらった。受け取ってください。ありがとう。それだけの話だ。
家に帰って、もらったチョコレートの袋を空けてみると、直径三十センチもあるハートのチョコレートだった。あまりにもインパクトのある物体を眺めている内に、これを作り上げた努力というより、その執念に圧倒されて、俺は、その物体を机の上に放り投げて、そのままにしていた。
折り悪く、その日は、悪友の林が家に遊びに来る日だった。
誰にもチョコレートをもらえず、シナビレていた林は、めざとく机の上に無造作に置かれているハートのチョコレートを発見し、狂気の雄叫びを上げた。
「でっ、でかっ!」
次の日、教室中にでっかいチョコレートを受け取って見せびらかしている男がいる、、、っていう噂が流れたことは言うまでもない。
その噂に憤慨したのは、チョコレートをくれた女の子の友達らだった。
彼女らが問題にしていたのは、チョコレートの大きさではなく、それを確かに受け取った男子が居て、誰も知らないはずであるのに、それが噂になっているということは、その受け取った本人が、その事実を自慢げに披瀝したに違いないということだった。
放課後、部活前に、林がこそこそと俺に話しかけてきた。
「シン、まっづいぞ、これ・・・」
「あのなぁ。おまえが噂の種まいた張本人のくせに、まづいもへったくれもあるか、バカ」
「ん?あれ、お前、あのでっかいチョコ受け取ったってことはさ、その子のでっかくて、あま〜い気持ちを受け取ったんじゃないのか」
「そういう深い意味なんかないさ」
「んじゃ、どういう意味でうけとったのよ」
「べつに、なんとなくさ」
「こりゃ、あかんわ・・・・・・」
「何がだよ」
「あれだけの巨大物体だから、まさか義理ですって、お前にわたすわけないじゃんか」
「・・・・・」
「確かによう、義理とか、友チョコに紛れ込まして、本命チョコわたすのが近年における通常の形態だ」
「・・・・・」
「んでだ。本命には、必ず一筆添えてあるのも通説だ」
「通説って・・・」
「義理にまじって、一筆添えてあったチョコ。即ち、本命チョコってやつ、お前、何個獲得したのじゃ?」
「三つくらいだよ」
「むむむぅ。そこにはなんと認めてあったのじゃ」
「べつに・・・友達になってくれとか、メアド教えてとか、弁当つくったら食べてくれる、とか」
「うぎゅ・・・・そっ、そんで、それに対して、おぬし、どう返答するつもりじゃ」
「何にもしないよ・・・てか、なんでお前武士言葉になってるわけ?」
「そりゃないだろ!あのどデカチョコ。明らかに本命と分かって受け取ったはずじゃんか!」
「・・・・・」
「お前ね!。女子が、義理や友チョコ以外の本命チョコ渡すのに、どんなに思い悩んで」
「わかってるよ!」
「・・・・・」
「わかってるから、いらないなんて言えるわけないだろ」
「何言ってのおまえ」
「だから、いらないって言った瞬間、返事を返した瞬間、その子の努力が全部無駄になっちゃうじゃないか」
「・・・・・・」
林は、めずらしく真面目な顔でおれを見つめている。
「なぁ、なんだよ」
「お前、いっつもそうだよな。そうやって、自分の首を自分でしめて、この後どうすんのよ」
「・・・何もしないよ・・・」
京子先輩は、俺の応えを待つでもなく、そのまま何も言わなくなった。
長い沈黙が流れる。
「あのさ、シンちゃん」
「はい・・・」
「はいじゃなくて、、、。中三の頃から、なんで、私のこと京子先輩って呼ぶの」
「だって、一応、、、先輩だし。部の規律ってもんが、、その、」
「部ではそれでいいかもしれないよ。でも学外まで、そんなによそよそしい呼び方しなくたっていいじゃない」
「それは、そうだけど、一応けじめってもんが、、」
「けじめってなによ。あたしとシンちゃんの間で、けじめつけなきゃなんないことって、あんの」
「いや、だから、幼なじみだからって、なれ合いに、、」
「幼なじみだから、なれ合っちゃいけないの? シンちゃんにとって、あたしって、幼なじみだけの存在なの? 今までも、これからも、ずっとそうなの?」
「・・・・・」
俺を見ないで、うつむいたままの京子先輩、いや、キョウちゃん。
・・・寂しそうな顔・・・
・・・長い沈黙・・・
そして、再びキリッと俺を睨んだキョウちゃん。
「シンちゃん、、、。中三の頃から変わった」
「へぇ?」
「前は、、もっと、、、」
「もっと、なにさ?」
「・・・今のシンちゃんは、小川に、ただ流されてるだけの枯れ葉みたい。しかも、それに満足しちゃってる」
「そりゃないだろ、、」
「今日の試合。二本目の私の胴。シンちゃん、あれフェイクにみえたんでしょ」
「・・・・・」
「あれはね。中学生もやる、基本の大きな振りからの、基本どおりの胴だったのに、シンちゃん、見事にひっかかって反応しちゃったでしょ」
「・・・・」
「確かに内の部は、なれ合ってる。だけど、それに流されてるのはだれ?シンちゃん自身じゃないの」
「そんなこと、、、」
「ないって言いたいなら、自分から流れから脱出することね。剣道だけじゃない。他のことだって同じよ」
いっきに、それを言い終えたキョウちゃんは、突然席を立つ。
「ごめん、私先に帰るから・・・・」
後を振り返らず、店から出て行くキョウちゃんを唖然としたまま見送る俺。
やっぱり、俺、まけたのか?
・・・・・何に?。
ずずず・ず〜
「そんでさ、どうだったのよ」
ずずっ ず〜
「やっぱり、あれか、部活のこと」
ず ず ず〜 げほ
「いいんや ちがうべ 俺みちゃったんだよ」
ずる ちゅるちゅる
部活がなかった翌日。予測通り、林がラーメン屋に俺を誘ってきた。
「林 食うかしゃべるかどっちかにしろよ」
「んにしても、お前、運命的に運がよすぎ」
・・意味わからん・・
「全校男子あこがれの女史と幼なじみって、それってあり?」
「おおげさなんだよお前は、全校男子って、お前だけがのぼせてるだけじゃんか」
「いかん!。いかんなぁ〜。お前さ、先輩があまりに身近な存在だから、その客観的な輝きが分かってないんだよ」
また、はじまった。
京子先輩、いや、キョウちゃんにのぼせ上がっている林は、事あるごとに、俺からキョウちゃんについての情報を引き出そうとする。
「んでさぁ。京子先輩もたいへんだよなぁ」
「なにが」
「幼なじみのコイバナの世話までしなくちゃなんないなんてよ」
「んっ??」
「だから、おれ見ちゃったんだよ。美香ちゃんがさ、京子先輩になんか相談しててさ、京子先輩、なんかまじ顔しててさ」
「なんだよ、それ。美香がキョウちゃんに話しかけてたからって、なんでそういう話に飛躍すんのよ」
「美香と京子先輩には接点はない。しかしだ。両者に共通していることと言えば、シン、お前を認識しているってことだ」
「むっ・・」
「んで、京子先輩から何いわれたのよ」
ずぼしだろ、と言わんばかりに林はしつこく迫る。
「別に・・・」
「まぁ、まぁ、そう意固地にならんで、吐き出してごらん。らくになるよ」
お前は尋問してる刑事か。
「別にって言うか、昨日はなんか、へんだったんだよ。異常に感情的というか、へんにイライラしてて、話が二転三転するし」
「ふぅむ。乙女心と梅雨のそら・・か」
それ、秋の空だろ。
「美香からの頼み事、イライラ 感情的 むむ、なんかある」
「とりあえず、俺、もう土曜日にテニス部、絶対いかね」
「おんまえ!、見事にドライなっっつうか、薄情なやつだな」
「なんで」
「お前はそれでいいさ。けど、美香ちゃんどうすんのよ。周りのやつらの目、どうすんのよ」
「まわりのやつらの目ってなんだよ」
「かわいそうに、あんなやつ、こっちからふってやればいいのよっ、ていう見せかけの同情。本心は、やっぱりねぇ。イチャイチャしてるからよ、、ざまぁかんかん、的なやつ。女って、怖いんだぜ」
「・・・・」
「そんなことより、京子先輩とそれ以外、何話したのよ」
「だから、別にって言ってんだろ」
「やっぱりあれか、二人しか知らない、あんなこと、とか、こんなこと、とか、語り合ったわけ」
「ばかか、お前」
「あぁああんあ。やっぱ、うらやましいなぁ〜」
ずる、ちゅるちゅる。
林はアホずらのまま残ったラーメンを口にかっこんでいる。
「嫌いなんだよ。気の強い女」
無意識にボソッとつぶやく俺。
「え、なに? きのつ??らゆき?、京子先輩、紀貫之が好きなのか、ヤッベ〜俺、古典にがてなんだよなぁ」
「・・かまってられん」
悪友、林は、時々、問題の確信を的確についてくる。
考えてみれば、付き合いの長い、悪友、林のことでさえ、俺は何もわかっていないのかも知れない。
音羽京子。
俺、桐生心の一つ年上の幼なじみ。
近所に住むおてんばの女の子。小さい頃から俺をいじめて遊んでいた子。
あれは、俺が小学校三年生の時だった。
突然、異様なかっこうで、俺の家に飛び込んできてこう叫んだ。
「シンちゃん!みっけたよ!」
驚いている俺を尻目に、得意満々と、その異様な姿を見せびらかしている。後で判ったことだが、それは、剣道の胴衣だった。
「シンちゃん、泣きべそだからさ、あたし、みっけてあげたんだよ」
「みっけたって、何をさ」
「チャンバラ、、じゃなくて、、、剣道よ」
「剣道・・・」
「だから、通うのよ。道場。シンちゃんとあたし」
「ヘェ?」
何もかも、この調子だった。
ある日の日曜日、道場に入門しに行くからと言って、昼前にキョウちゃんは俺を誘ってきた。
俺は、何がなんだか分からないまま、キョウちゃんの後についていき、かなり長い距離を歩かされた。
「ここよ」
キョウちゃんが指差した先を見ると、そこには、アニメかなんかで見たような、モロ江戸時代っぽい建物が、ドデンッと建っていた。
看板には、
琢成館 と書いている。
「ぶ、ぶたなりかん・・・」
「やだシンちゃん。これ、たくせいかんって読むんだよ」
二人が道場に入ると、稽古は既に終わっている様子で、先生みたいな人にそれぞれ挨拶して、みんなが道場から出ようとしている所だった。
キョウちゃんは、既に何回か来ているのか、何の遠慮もなく、ツカツカッと先生みたいな人の所で正座して、俺を手招きしている。
俺は、何も分からず、キョウちゃんにならって、キョウちゃんの隣に正座した。
相対する先生みたいな人は、優しそうにニコニコと俺を見ている。
「お名前は」
「桐生・・心と書いてシンです」
「ほう、心と書いてシン君か、いい名だ」
やっぱり、この人、優しい。
「ところで、音羽さんから聞いたが、桐生君は、音羽さんの夫となる人だそうだな」
「へぇ??」
ニコニコとおかしそうに俺を見つめている先生、、みたいな人。
「ねぇ、音羽さん。そうなんだよね」
「ハイ!だから、シンちゃんには、強くなってもらわなければなりません!」
「アハハハァァ! そうか、そうか」
「それじゃ、桐生君」
「は、はい」
「一生懸命、強くおなりなさい」
「・・・・はぁ い・・・」
「それでは、お二人とも、入門を許します。来週から稽古に来るように」
「ハイ ありがとうございます」
俺は、キョウちゃんにならって、深々と頭を下げた。
訳のわからないまま、道場を出て帰路についた俺たちっていうか、キョウちゃんは、やたらに満足げの様子だった。
「なんなんだよ」
「なにが」
「夫って」
「いいじゃない。別に」
「いや、、その、夫って、言葉の意味が、その」
キョトンと、俺を見つめていたキョウちゃんが、突然、キャッキャと笑い出す。
「ごめんごめん、三年生だから分かんないかもね」
「自分だって、まだ、四年生じゃんか」
「つまりね。あたしがシンちゃんのお嫁さんになるってこと」
「え。ええ〜〜! そんなの、だれが、、」
「いいの、あたしが決めたんだから」
「・・・・・」
こうして、俺は、キョウちゃんと、毎日曜日の午前中いっぱい、琢成館に通うこととなった。
挨拶した先生らしき人は、お師範と呼ぶらしい。そして、俺は、その門人ということにもなったらしい。
正式な門人としての扱いを受けることになって、あの優しそうに見えたお師範が、実は仮面をかぶった鬼であることに気付くのに、さして時間はかからなかった。
俺と、キョウちゃんは、初級組という班に入れられて、胴衣の着方や礼の仕方をしつこく繰り返しやらされた。
それが終わった段階で、中学生の先輩が、竹刀の握り方と、足の構え方。すり足というへんてこな動きを教えてくれた。
なんだ、かんたんじゃん。
そう思ったのが甘かった。
日曜日の午前中。一週間の中で、一番ゆっくりできて、友達とも遊びほうけられる時間。
その大事な時間を道場で過ごさなければならない。
それだけでも辛いのに、基本の竹刀の握り方と構え、すり足を教わって以後、いけども、いけども、そればっかりやらされる。朝七時の稽古開始から十一時の三時間。延々と基本の姿勢のまま、道場の端から端まで、繰り返し繰り返しすり足の前身と後退をやらされるのである。
そして、時々、いつのまに忍び寄ってきたのか、お師範が、後から俺の構えている竹刀を、ご自分の竹刀でいきなり叩き落とす。握りがあまいと、落とされたしないは遠くへすっ飛んで行く。
「まだまだ!!」
お師範の鬼のような怒鳴り声が頭上から落ちてくる。
キョウちゃんはというと、やっぱり、つらそうな顔で、声だけは誰よりも大きく出している。
稽古が終わって、お師範の教えを受ける。
キョウちゃんに対しては
「今日も、よくがんばりました」
俺に対しては
「強くおなんなさい」
いつも、その一言で終わり。
それが、入門以来、一ヶ月続いた。いいかげん、嫌になった。
道場からの帰り道、なんか分からないけど、無意識に涙が出てきた。
「シンちゃん。辛いね」
「うん」
「わたしも、こんなに辛いなんて思ってなかった」
「うん くしゅ」
「でもさ、あたし、だいじょうぶだよ。シンちゃんと一緒だから」
げ、辞めるって言ってくれんのかと思ったのに・・・
「だからさ、シンちゃんも、平気でしょ。あたしと一緒だから」
「・・・・」
辞る、、、て言えなかった。
次の稽古日、いやいやながら道場に入ると、稽古の前にお師範が、俺とキョウちゃんを手招きしてきた。
俺たちは、ど緊張して、お師範の前に正座した。
「剣道は、足で打つものです」
「・・はいっ」
「これから先も、それを忘れてはなりません」
「はい」
「お二人は、今日から、次の稽古へ進みなさい」
「えっ」!
思わず、見合う俺とキョウちゃん。
「基本の面素振り。その次に、最も大事な切り返しです」
「は、はいっ!」
「素振りは、構えた形で、そのまま力を入れず、す〜と頭上に素早く竹刀を上げ、そこから打突まで、ただ一念をもって鋭く振り下ろします」
「はいっ!」
「竹刀の握りは、簡単に言えば手の内と言います。手の内は、強からず、ゆるめすぎず、適度なゆるみが大事です。手の内が悪いと竹刀の振りに鋭さが生まれません」
「はいっ!」
なんか、意味が分からなかったけど、とりあえず返事をしておく。
キョウちゃんは、既に目がランランと輝いている。
その日から、俺たちは、次の段階の稽古に入った。
中学生の先輩が二人、元立ちという先生になって、基本の面を受けてくれる。
最初は、道場の端から端まで、ゆっくりと大きく、一歩ずつ元立ちの面めがけて面を打ち込んでいく。
それが慣れると、往復で、前進面、後退面を道場の端から端まで繰り返し、繰り返し行う。
後から分かったことだが、琢成館では、三挙動の面打ち、つまり、前進しないで、その場で打ち込む素振りは行わない。
打ち込みは必ず足と連動させた、むしろ足優先の打ち込みを行わせる。
最初は楽しく感じたこの稽古も、時を重ねる毎に辛くなってくる。
変化がないのだ。
ただ、ただ、同じ面打ちをしつこく続ける。豆ができては、潰れていく。
キョウちゃんは、基本的にブツことが好きなのか、まるで、こんにゃろって感じで、元立ちの面めがけて、鋭い打ち込みを楽しんでいる。
それが一ヶ月続いた。
そして、いいかげん嫌になってきた頃、面打ちに切り返しが加えられた。
元立ちの先輩が、面の左右に開いたひもを指差し、ここを斜めに切り落とす感じで連続して打つことを教えてくれた。
しかし、どういうわけか、これが当たらない。
俺の打突は、ことごとく元立ちの面じゃなく、あっちこっち、所かまわず当たっていく。
その度に、元立ちの先輩が、ここ、ここって感じで、打突部を指差してくる。
キョウちゃんは、元々器用なのか、ズバッ、ズバッてな感じで、斜め左右面を見事に打ち込んでいる。
「キョウちゃん、なんでそんなにうまいのさ」
「お師範のおっしゃた通りにやってるだけよ」
「なんだっけ、それ?」
「振り上げは力を入れず、す〜と素早く。振り上げた所から打突までは、ただ一念を込めて鋭くうつべし!」
「ふぅむ。わかんね」
「シンちゃん、多分、全部に力入り過ぎなんだよ。振り下ろす時だけ、打突部に集中して力入れてみたら」
なんか、よく分からなかったけど、とりあえず、力をいれないでそのまま振り上げ、頭上から一気に打突部めがけて渾身の振り下ろしをやってみた。
あっ、当たった。
これが、こつってやつですか。
「シンちゃん、じょうず、じょうず」
キョウちゃんが、はやし立てる。
完璧、馬鹿にされてます。
それが、また一ヶ月ほど続いた。
そして、やっとその日がやってきた。
その日、稽古が終わって、お師範は俺とキョウちゃんを二人同時に手招きした。
「お二人とも、よく精進しています」
「はいつ!」
「次から、二人とも防具を付けなさい」
キョウちゃんは、正座しながら思わずガッツポーヅをとっている。
「防具は、当道場からお貸しします。帰りにもって帰りなさい」
「はいっ!!」
「これからは、多少辛くなります。精進できますか」
「はいっ!」
って、今までだって、かんなり辛かったんですけど。
キョウちゃんは、道場中に響き渡る声で、歓喜の雄叫びをあげている。
俺もうれしかった。
サイズの合う、面、胴、小手、垂れを先輩に選んでもらって、それを防具袋に入れて、俺とキョウちゃんは、さっそうと道場をあとにした。
小学校三年生がその防具の真の重さの意味を知るよしも無かった。
これが、俺とキョウちゃんの剣道との出会いだった。
キョウちゃんとのハンバーガーショップ事件?から既に数週間が過ぎようとしている。
あれから、俺は、土曜日テニス部訪問には一切行っていない。
キョウちゃんも、何事もなかった様に、稽古に打ち込んでいたし、あれ以来、何も言ってこなかった。
その日、俺の地稽古の相手は、事の問題の発起人っていうか、張本人の先輩、我賀先輩だった。
他人に厳しく、自分に甘い。ある意味、見習うべき先輩である。
得意げに突きばかり狙ってくるのを防ぐべく、俺は、素早く鍔迫り(ツバゼリ)合いに持ち込む。
突きが得意な割には、決まったことがない。外される身にもなってもらいたいところだ。
「お前、可哀想なやっちゃなぁ」
鍔迫り合いのさなか、我賀先輩は、面金の奥から、ボソリと言葉をもらした。
「へぇ 何のことっすか」
「美香にフラレたんだってな」
我賀先輩は、得たりとばかり、ニタツイている。
「・・・・」
「テニス部で、かんなり噂になってっぞ」
俺は、思わず、我賀先輩を突き放した。
林か?
俺は、無意識に周囲を見渡す。
いや違うな。林はいつも通り、先輩に痛めつけられている。
キョウちゃん?
キョウちゃんは、面を脱いで、着座し、涼やかな顔で、他の部員達の稽古を見ている。
「ん、メンヤー!!!!」
いきなり、我賀先輩がおもっきし、面を打ち込んでくる。
「い、いてっっ!」
「このたわけ者めが、修行がたりん!」
クラクラしている俺を尻目に、我賀先輩は、勝手にその場を離れ、次の獲物を物色しはじめた。
「修行がたりんのは、あんただろ」
とつぶやきながら、俺は、キョウちゃんに近づいていった。
「キョウちゃん・・・だろ」
「いきなり、なによ」
ぽかんと俺を見返すキョウちゃん。
「俺、美香にフラレたんだってな」
「ふふふ、その話。確かに、なんだか噂になってるみたいね」
「だから、その噂って・・・」
「あたしじゃ、ございません。あしからず」
「だったら、誰が・・」
「あたしが知ってるわけないでしょ。でも、あんたにとっては、良かったんじゃない」
「なにがよ」
「だって、そうじゃない。あんたが何も解決しようとしなかったのに、周りが、誰も傷つけずに事を収めてくれた」
「誰も傷つけずにっって、根も葉もない噂流された俺はどうなるんだよ」
「あんた、男でしょう。男はだまって耐えるものよ」
「・・・・」
「美香をほんとに心配している人だって、たくさん居たってことよ。特に、テニス部の子達の中には、ほんとの友達が居たってことね」
俺が知らない間に進行していた問題解決?に向けた動き。
何もしようとせず、それから逃げていた俺。
恥さらし者となった以上に、俺は、自分にイラツイた。
つづく
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