他責思考
――全部、お前らが悪い
朝、目が覚めた瞬間から俺は不機嫌だった。学生時代の夢を見たからだ。
寄って集って偉そうに人様の事を馬鹿にしやがって。
何が自分の行いを顧みろだ、鏡見てみろ馬鹿野郎め。
窓の外は曇天。目覚まし時計の音もなんだかいつもより耳障りだった。
「天気が悪いから、やる気が出ないんだよ……まったくよぉ」
今日バイトの面接で使用する予定の履歴書が、書き途中のまま机の上に放置されている。
昨日書いている途中で集中力が切れて、週刊マガジンのページをパラパラと捲っていたら無性に眠くなったのだ。
「どいつもこいつもつまんねぇ漫画書きやがって。俺の方がよっぽど面白い事かけるっつーの」
表紙に描かれた自信に満ちた笑みを浮かべる主人公が、本当は俺を見下して笑っているのではないかと思えて来ると、急に憎たらしくなって壁に向けて漫画誌を投げつける。
もう既にボロボロになった壁紙に、また一つささくれが生まれた。
「チッ……あぁぁ~……だる……」
敷布団へと寝っ転がり、伸び散らかした髪の毛をかきむしって目を閉じる。
ツンと鼻を刺す酸っぱさと脂臭さの混ざった不快な臭い。
この布団……抗菌だ防カビ防臭だと偉そうに謳っていたくせに、普通に臭いじゃねえか。クレーム入れてやろうか。
癖になってしまった舌打ちを鳴らしながら枕元を手で探り、タバコの箱を探し求めるも空き缶や自慰で使った丸めたティッシュしか手に当たらず、更に大きく舌打ちをした。
「は~……だる……」
今度は身体を起こし、しっかりとタバコの箱を探し求め、ようやく衣類の下から見つけるも中身は空っぽ。
苛立ちに身を任せゴミ箱へと叩きつけた。
「……こんな気分で面接行っても、どうせ落とされる……いや、こっちから願い下げだ。最初から行かない方がマシってもんよ」
行かない理由を自分の中で確定させると、佳次はスマホを手に取り、SNSで元同級生たちの投稿を流し見始めた。
次々出るわ「結婚しました!」の報告、「久々の旅行♪」の写真、「彼女と記念日」なんて甘ったるい報告。
「……こいつら、どうせ自分じゃ何も努力しないで、ただ親が金持ちなすねかじりなんだろ? 俺と違って、最初から人生イージーモードなんだよな……不公平だよなあ」
指が止まった。中学時代、よく自分がいじってやっていた同級生が、社会人として活躍している投稿をしていた。
「……は?俺がいじってやらなかったら、ぼっちのままだった糞陰キャチー牛が。恩を感じろよな、マジで」
ガリガリと髪の毛をかきむしり、爪の間に頭皮が挟まったのを見て、枕で拭き取っておく。
誰にも求められていない正義感と、歪んだ自尊心。
燃えかすのように燻る過去への未練と、どこにもぶつけられない怒りが、タバコ切れでぼんやりし鉄のように重くなった身体を奮い立たせる。
「あああああっ!!糞がッ!!!」
何度も布団を殴りつけ、肩で息をする。
それでも、誰も彼を叱らない。
誰も、彼を止めてくれない。
当然だ、彼は見捨てられているのだ。
* * *
彼こと小澤啓二は、優秀な兄を持つ次男坊だった。
人当たりも良く学もある兄は、両親だけでなく多くの友人らに愛され、家業を継ぎ、青年会の役職も推薦され務めている。
それに比べ、啓二はどんなに望んでも何をやっても家業は継げない。次男だからだ。
母の胎内にいるうちに優秀な知能も容姿も全部兄が独り占めして出て行ったせいで、カスみたいな才能しか得られなかったと彼はよく口にしていた。
そんな彼が唯一胸を張れる事は、高校で組んだバンドでギターを弾いた事。
ただベースもボーカルもドラムも下手くそだと、音楽の方向性の違いという理由で解散し、時々路上でギターを弾く事もある。
ただそれも誰も立ち止まってくれない。その都度彼は曲のせいだ、理解できない凡人のせいだと爪を噛んでいた。
そして28歳となった彼は、定職に就かずにバイトを転々として過ごしていた。
頭頂部はストレスで髪が抜け落ち、残った前髪や側頭部の髪で誤魔化しているが、他人の視線が自分の頭部ヘ向くのを見ると、歯を剝き出しにして怒った。
* * *
どこかでサイレンが鳴っていた。
それが救急かパトカーかの違いなど、今の彼にはどうでもよかった。
「クソが……全部、社会が悪いんだよ……」
最後に吐き捨てるように呟くと、佳次は部屋を出ていった。
その扉が閉まる音を、誰も聞くことはなかった。
* * *
「続いてのニュースです」
街角の大型モニターに、アナウンサーの澄ました顔が映っている。
行き交う人々は足を止めず、それを横目に通り過ぎる。
『本日未明、○○区のアパートで、住人の男性が同じ建物に住む住人の男性を刃物で襲い、死亡させた事件で――』
画面には、血痕の残る階段、パトカー、ブルーシート、そして目元を伏せた近隣住民の姿が交互に映される。
『逮捕されたのは、無職の小澤啓二容疑者』
名前を読み上げる声には、感情がこもっていない。
まるで誰かの人生の幕引きさえも、ただのニュース原稿の一行でしかないかのように。
『容疑者は取り調べに対し一貫して「俺は悪くない」「社会が俺を殺そうとした。だからこれは正当防衛だ」などと供述しており、警察は強い殺意を持った犯行であるとみて捜査を進めています』
『また、責任能力の有無を確認するため、精神鑑定を行う方針です――』
画面の下部にスクロールするテロップが、被害者の年齢と、家族構成と、地域の反応を無感情に伝えていく。
音声がフェードアウトしていく中、歩道を行き交う人々はスマホに視線を落としながら、足を止めることなく通り過ぎていった。
まるで、何もなかったかのように。




