深夜のコンビニ発!?異世界ガラナ経済戦争
荒涼とした岩の大地が広がり、陽光を浴びて鈍く光る鉱脈が、まるで血管のように地表を這う。ここはユバール。鉄、ミスリル、そして神秘を宿す魔石――富の源泉が眠る、野蛮だが活気に満ちた国。己の肉体と才覚だけが頼りのこの地では、強者だけが頂点に立ち、富と権力を欲しいままにする。弱者は淘汰される。それが、ユバールの鉄の掟だ。
長きにわたり、隣国アシュロ、そして花のように美しいフィラノとは、犬猿の仲。些細なことで火種がくすぶり、幾度となく血で血を洗う争いを繰り返してきた。互いに隣国を睨みつけ、警戒を怠ることはなかった。
だが、近頃、戦場の様相は一変していた。アシュロの兵士たち。確かに傷つき、撤退していく。ユバールの戦士たちは勝利を確信するのだが――信じられない光景が彼らを待ち受ける。翌朝、昨日まで瀕死だったはずの敵兵たちが、まるで何事もなかったかのように、再び最前線に姿を現すのだ。「一体、何が起こっている?」ユバールの兵士たちの間に、拭いようのない困惑と不気味な予感が広がっていた。
ユバールの権力者たちが集う元老院は、日に日に増える不可解な報告書に、重苦しい沈黙を破っていた。「アシュロの兵だと?深手を負い、息も絶え絶えだった者が、奇妙な液体を口にした途端、まるで蘇ったように立ち上がるとは…!」「不死身の兵など、聞いたこともない!そんなものが存在しうるのか!」「我らが誇る、鍛え抜かれた戦士たちが、血と汗にまみれて倒れていくというのに…!」「魔法か?禁忌の魔術か?あるいは、我々の知識を超えた技術か…?」
鋼の肉体を誇り、力こそ全てと信じてきたユバールの老将たちの顔には、焦燥と疑念の色が深く刻まれていた。得体の知れない敵の存在は、彼らの誇りを根底から揺るがし始めていたのだ。鉄と血の匂いが染み付いた評議の間には、重苦しい沈黙だけが支配していた――。
重苦しい空気が淀む元老院に、カツカツと硬質な足音が響いた。文官が抱えてきたのは、見慣れない一本の容器。茶色く濁った液体が、中で微かに揺れている。「これが、スパイが命懸けで持ち帰ったという…」文官は息を呑み、その奇妙な物体を老将たちの前に差し出した。
「これは一体、何なのだ?」長老の一人が、鋭い眼光でそれを睨めつける。他の老将たちも、まるで未知の生物を観察するかのように、興味と警戒の色を滲ませながら見つめている。
「はっ、これはアシュロで最近、やけに流通しているという『ガラーナ』という飲み物でございます」文官は恭しく答えた。
「ガラーナ? 酒か?」別の老将が、鼻を鳴らす。「それにしても、この頼りない容器はなんだ。ふにゃふにゃとして、実に気持ちが悪いな」彼らは、まるで珍しい蟲でも扱うかのように、そのペットボトルに指先を這わせた。
「報告によりますと、この飲み物を飲むと、一時的に体力が向上するそうでございます。アシュロでは貴族たちの間だけでなく、街の者たちの間でも、高値で取引されているとか」
「ふむ、つまりは精力剤の類か」屈強な肉体こそが力の証であるユバールの将たちにとって、それは取るに足りないものだった。「我らには無縁だな」と、すぐに興味を失ったように、鼻を鳴らす者もいた。
だが、文官は静かに首を振った。「いいえ、閣下たち。この飲み物こそが、我々の真の敵かもしれません。正確にはこれとは断定できませんが…アシュロの兵士たちが、戦場で傷つき倒れても、似たような液体を飲むことで、一瞬にして傷を癒し、再び立ち上がるとの噂が、後を絶ちません」
その言葉に、先ほどまで退屈そうにしていた老将たちの瞳が、一斉に鋭さを増した。「なんだと!こいつが…!」彼らは、その茶色い液体が入ったボトルを、今や敵意を込めた視線で睨みつけていた。
いつもの深夜のサイコーマート。自動ドアが開く音にも、もう特別な感情は湧かなくなった。すっかり見慣れた光景だ。
最近の僕のルーティンは、ライリーたちにネット動画で見た面白い話をすること。彼らが異世界に帰ってから、その話がどうなるのかは知らないけれど、不思議と話したくなるのだ。
今日は、ドリンクコーナーでライリーと一緒に商品の陳列をしながら、先日見たお笑い芸人の話をしている。「裸に見えるポーズで世界中の人を笑顔にするんだって」と、とにかく明るいその芸人のシュールな面白さを説明する僕に、ライリーは目を輝かせて笑っている。ブロンコは相変わらず立ち読みをしているのだが、時折、口元が緩んでいるのが見える。
以前の僕なら、興味もなかったお笑い番組やバラエティ番組、ニュースなども、最近は彼らに話すネタを探すためにチェックするようになった。自分の世界が、少しだけ広がったような気がする。
ライリーは、僕の他愛もない話を本当に楽しそうに聞いてくれる。異世界の戦士長という立場でありながら、僕のくだらない話に興味を持って接してくれる彼の優しさが、なんだか嬉しい。
「それで、その『明るい芸人』は、本当に裸なのか?」
真剣な顔でそう尋ねてくるライリーに、「いやいや、そう見えるだけで服は着てるんですよ」と説明するのが、今の僕にとっての日常風景なのだ。異世界との繋がりは、いつの間にか僕の生活の一部になっていた。
いつものように、グウィンドールは知的な雰囲気を漂わせながら、少しばかり困ったような表情で話し始めた。
「カツヤさん、実は困ったことが起きていまして……」
「はい、なんでしょうか?」
僕は、在庫チェックの端末操作の手を止め、彼の言葉に耳を傾けた。
「最近、アシュロ国の市中で、偽物のガラナが出回っているようなのです」
「え、ガラナの偽物ですか?」
思わず聞き返してしまった。あの独特の風味と、喉を刺激する炭酸が特徴の、サイコーマートオリジナルのガラナが、まさか異世界で偽物が出回るほど人気になっているとは。
「ええ。シュワシュワした感じも、あの独特の味も全く再現できていない、ただただ酸っぱくて不味い飲み物らしいのです」
グウィンドールの説明に、僕は驚きを隠せない。
「売れたものって、どうしても偽物が出回りますよね。でも、ジュースの偽物って、なんだかすごい話ですね」
僕はそう言いながら、ガラナの補充を始めた。ラベルに書かれたカタカナの文字を眺めていると、ふと、実家の爺ちゃんと父ちゃんが、よくガラナを飲んでいたのを思い出した。懐かしいな、なんてぼんやり考えていると、隣でブロンコが口を開いた。
「実はよ、カツヤ。最近、すげぇ秘薬だって人気なんだぜ。そっちの、お前が前にくれた小瓶のポーションの方が、ずっと効果がすげぇんだが、街中じゃあ、このガラナってやつが流行ってるんだとよ」
ブロンコは、僕が以前ライリーに勧めた栄養ドリンクを指さしつつ、そう教えてくれた。どうやら、僕の何気なくパーティーに忍ばせていたのがきっかけで、サイコーマートのガラナは、異世界で思わぬブームを巻き起こしているらしい。そして、その人気に乗じて、早くも偽物が出回るとは……。なんだか、とんでもないことになってきたぞ。
「ガラナって、具体的にどんな効果があるんですか?」
僕は、改めてライリーに尋ねてみた。あの栄養ドリンクほどの回復効果はないらしいが、一体何がそんなに人気なのだろうか。
「ああ、あのポーションみたいな傷を癒す効果はないんだけどよ」と、ライリーは腕を組みながら言った。「とにかく、飲むと元気になるんだ。特に夜とかにな。だから『夜のポーション』なんて呼ばれて、裏取引までされてるらしいぜ」
え、ガラナが裏取引!?たかが100円ちょっとの商品が……信じられない。
「そんなこんなで、貴族の間でそういうことで出回ってるって話が民衆にも伝わってよ」と、ライリーは苦笑しながら続けた。「今じゃ、その偽物のガラナが金貨で取引されてるって噂も、部下から聞いたぜ」
金貨……確か、以前ライリーが持ってきた時、10万円に変化した。まさか、サイコーマートのガラナが、そんな高値で取引されているとは。本部とかに知られたら大騒ぎになりそう。大量に持って行ったら、とんでもない大金持ちになれるかもしれないな……まあ、特に興味はないけれど。
「それで、カツヤさん」
グウィンドールは、いつもの穏やかな笑顔で僕に視線を向けた。「この偽物ガラナの問題を解決するために、何か良いアイデアはないでしょうか?もしよろしければ、一緒に考えていただけませんか?」
本当なら、アシュロ国の執政官である彼なら、一人で解決できるような問題だろう。でも、きっと彼にとっては、こういう知恵を出し合う過程が、ゲームを楽しむような感覚なのかもしれない。まあ、僕も少しばかり面白くなってきたから、付き合ってやることにしよう。さて、どうしたものか……。
まずは、改めてガラナについて調べてみた。
『ガラナは、南米アマゾン原産のムクロジ科の植物で、赤い実の中にカフェインを豊富に含む種子を持ちます。古くからブラジルの原住民が“不老不死”として扱っていた元気の源で、祭典の際にこれを飲んで、3日3晩踊り続けたという話も』
なるほど。不老不死とは大げさだが、元気の源というのは本当らしい。カフェインの効果だろうか、アシュロ国でもあの『夜のポーション』としての効果を発揮しているのかもしれない。記事によると、本州ではコーラの普及によって衰退したが、普及の遅かった北海道では広く定着したという。道理で、爺ちゃんや父さんの世代がよく飲んでいたわけだ。言ってしまえば、ガラナも一種のエナジードリンクのようなものなのだろう。
「そういえば、エナジードリ……ポーションの方は、どう管理されているんですか?」
僕は、ライリーたち三人に素朴な疑問をぶつけてみた。
「あっちは効果が絶大だからな」と、ライリーは腕を組み、大きく頷いた。「特に俺たち戦士階級には必要不可欠なもんだし、外国にバレたらたまったもんじゃない。国が指導のもと、厳重に管理しているよ」
「戦闘中もバレないように、違う丈夫な小瓶に少量で移したりしてるんだ」
ブロンコはそう言いながら、腰のポーチから小さな革袋を取り出し、中から手のひらサイズの小瓶を見せてくれた。それは、落としても割れる心配などなさそうな、頑丈そうな作りをしていた。戦争となると、こんなエナドリも重要な秘匿情報として扱われるのか。社会の仕組みをあまり知らない僕は、へぇ、と感心してしまった。異世界にも、色々な事情があるんだな。
僕は、目の前に置かれたガラナのペットボトルを手に取り、少し自嘲気味に言った。「言い方は悪いんですけど、このジュースは、向こうのポーションと比べたら、本当に取るに足らない、ただのジュースなんですよ」
すると、グウィンドールは、その言葉の意味をすぐに理解したようで、目をキラキラと輝かせながら言った。「つまり、その『取るに足りないもの』なんだ、ということを、民衆に理解させれば良い、ということですね」
僕は、店の奥に積まれたガラナの段ボールを指さしながら、さらに具体的な案を提示した。「本物のガラナの供給量を増やして、安定的に安価で市場に流通させちゃえばいいんじゃないでしょうか。偽物が出回るくらい人気があるなら、本物が手に入りやすくなれば、そっちに流れると思うんです」
以前、何かで読んだバブル経済の崩壊の仕方を思い出した。最初は持て囃されて高騰したものが、実はそれほどの価値はない、取るに足りないものだと人々が気づき始めたら、まるでダムが決壊したかのように一気に崩壊するとか。幸い、アシュロ国からの注文さえ受けられれば、このガラナはいくらでも大量に仕入れることができる。
「なるほど、実にシンプルな方法ですね。そして、効果的かもしれません。ついでに、アシュロ国が認定した本物のガラナである、という証を魔法で付与しましょう」
グウィンドールは、さらに効果を高めるためのアイデアを付け加えた。魔法の力を使えば、品質を保証するお墨付きを与えることができるというわけだ。
「魔法で認定ですか。それなら、偽物と一目瞭然ですね」
僕は、その提案に納得した。シンプルながらも効果的なこの作戦で、偽物ガラナの騒動は収束に向かうかもしれない。なんだか、小さなコンビニの店員が、異世界の経済問題に一役買うことになるなんて、想像もしていなかったな。少しばかり、ワクワクしてきた。
翌朝、僕は早速、グウィンドールからの大量注文についてオーナーに報告した。予想をはるかに超える量に、オーナーは目を丸くしていたが、「売れるなら大歓迎だ!」とすぐに快諾してくれた。
問題は、これほどの量を一度に仕入れると、倉庫がパンクしてしまうことだった。そこで、確実に入手できるギリギリの量を算出し、何度かに分けて納品してもらうよう、本部に手配することにした。
一番頭を悩ませたのは、発注書の依頼主の欄だった。正直に異世界からの注文とは書けない。苦肉の策として、とりあえず僕の名前を書き、インバウンド客に対して代理で購入した、という体裁にした。まあ、嘘ではない……はずだ。
オーナーは、突然の売上アップと大量注文の対応に、文字通りバタバタと大慌てで動き回っていた。電話で本部と交渉したり、入庫のスケジュールを調整したりと、その姿はいつもののんびりした彼とは別人みたいだった。
「カツヤ君、本当にすごいお客さんを連れてきてくれたね!ありがとう!」
へとへとになりながらも、オーナーは満面の笑みで僕にそう言った。この騒動で、少しでもオーナーが喜んでくれたなら、僕も嬉しい。まさか、異世界の上客が、うちのコンビニの経営を救うことになるとは、思いもしなかったな。
ユバールの文官は、今、背筋が凍るような絶望に突き落とされていた。
彼は、自らの知略を誇り、アシュロ国をガラナの偽物で内側から蝕み、崩壊寸前まで追い詰めてやろうと高笑いしていたのだ。
しかし、現実は残酷だった。ユバールには、彼らが送り込む予定だった大量の、酸っぱくて不味い偽物ガラナだけが、行き場もなく山積みになっている。
今、文官は、ユバール国の権力の中枢である元老院の眼前に引きずり出されていた。正面に座る老将軍は、長年の戦場で培われた威圧感を全身から放ち、怒りに震えるたびに、鍛え上げられた筋肉が服の上からでもはっきりと脈打っている。その鋭い眼光が、文官を射抜いた。
「終わった……」
文官の頭の中には、その言葉しか浮かんでこなかった。元老院たちの冷たい視線が、まるで無数の針のように彼の全身に突き刺さる。彼の野望は脆くも崩れ去り、今、その報いを受ける時が来たのだ。