微かに変わる カツヤ(19歳・独身・♂)
七月。実家の広大な畑では、「秋まき小麦」の収穫期を迎えていた。僕は、その手伝いのために実家へ帰っていた。
作業の合間に、仏壇の前に座り、亡くなった爺ちゃんに心の中で感謝を伝えた。あの不思議な夢を見た日から、僕の周りの世界はまるで嘘のように面白くなり始めたのだ。無気力だった僕のために、爺ちゃんが神様に頼み込んで、こんな奇妙で魅力的な日々を作り出してくれたのかもしれない――そんな風に思うことさえあった。
お盆ですら、適当な理由をつけて実家に顔を出すことのなかった僕の変わりように、家族は皆、不思議そうな目を向けていた。特に、いつも僕をドブネズミを見るような冷たい視線で見つめてくる妹でさえ、今回は訝しむような表情を隠せないでいた。
ある日、畑仕事を手伝っていると、兄貴が声をかけてきた。
「なんか、いつもより元気そうだな。」
「そう? いつもと変わらないと思うけど。」
僕はコンバインの清掃をしながら、何気ない返事をした。
「そうか? だって、さっきから鼻歌なんて歌ってるじゃないか。」
兄貴がそう指摘した。
え? 僕が鼻歌?
意識していなかったけれど、もしかしたら――あの時、作業中にいつも楽しそうに鼻歌を歌っていたライリーの癖が、いつの間にか僕にも移ってしまったのかもしれない。
突然の指摘に、僕は心臓が跳ね上がり、顔が熱くなるのを感じた。慌てて兄貴に赤面した顔を見られないように、僕は黙々とコンバインの清掃作業に没頭した。
畑の繁忙期は、どうしてもコンビニの深夜シフトに入る回数が減ってしまう。
まるで、色鮮やかな夢から覚めて、再びモノクロームの世界に戻ってきてしまったみたいだ。あの霧で繋がったもう一つの世界。そこで出会った、風変わりだけど魅力的な人々。単調な畑仕事の合間に、あの異世界の出来事を思い出しては、ため息をつく。あのコンビニは、僕にとって、日常からの逃避であり、ささやかな冒険の舞台だったのかもしれない。それがなくなってしまった今、また虚無の自分に戻ってしまうのではないか。――そんなことが頭をよぎった。
それでも、ふと考える。うちのコンビニは、北海道産の食材をふんだんに使っている。この実家で収穫された小麦も、きっと彼らが口にする何かの材料になるのかもしれない。そう考えると、単調な畑仕事の中に、微かな繋がりを感じ、不思議とやる気が湧いてきた。
遠い異世界の住人たちが、僕の実家の小麦を食べる――そんな想像をするだけで、普段見慣れた風景が、どこか特別なものに変わっていくような気がした。僕の日常と、彼らの日常が、こんな形で繋がっているなんて、本当に面白い。
よし、もう少し頑張るか。彼らのために、美味しい小麦を届けられるように。僕は、再び農作業に意識を集中させた。
気がつけば、僕はいつの間にか、あの深夜のコンビニの仕事が好きになっていたようだった。あの三人と出会ってから、僕のモノクロームだった日常は、鮮やかな色彩を帯び始めたのだから。
実家での僕の様子は、家族にとって何かと不可解なようだった。「彼女でもできたのか?」「やっと目標が見つかったんじゃないか?」などと、勝手な憶測を囁き合っている気配がする。まあ、いつもの僕からは想像もできないほど、積極的に家の手伝いをしているのだから無理もない。
相変わらず、妹は僕のことを空気同然に扱っていると思っていたのだが、風呂上がりに、なぜかアイスクリームを差し出してくれた。あの、口を開けば毒舌しか出てこないような妹が。一体、何があったのだろうか? 警戒しながらも、ありがたくその冷たい甘味を頂戴した。
僕自身の将来に対する見通しは、依然として霧の中だ。結局のところ、自分の進むべき道は、自分で見つけ出すしかないらしい。この奇妙で面白い生活が、一体どこへ繋がっていくのか――そんなことを考え始めると、つい癖で面倒くさくて思考停止。結局はただ時間を浪費していく、いつもの僕に戻ってしまうのだった。
それでも、あの三人にまた会えるかもしれない、という小さな期待だけが、僕の未来に微かな光を灯しているのかもしれない。