コンビニ商品、まさかの異世界デビュー
夢を見た。
夢の中に現れたのは、リフォーム前の古い実家。まだ、亡くなった爺ちゃんがそこにいた頃の風景だ。
僕は居間に座り、庭を眺める爺ちゃんの背中をぼんやりと見つめていた。爺ちゃんは昔から、どこか浮世離れした夢追い人だった。一代で農家を築き上げながらも、興味のあることには次々と手を出す。僕が幼い頃には、レーサーにすると言って小さなカート場を庭に作ったこともあった。もちろん、すぐに飽きてやらなくなったけれど。六十歳を過ぎてからは、歌手になると言い出して家族に大反対されていたっけ。夢を持て余しているような爺ちゃんの姿を、子供心にうんざりしながらも、どこか憧れていたのかもしれない。
夢の中で、爺ちゃんが静かに言った。「夢、見つからんのだろ。」
子供の姿をした僕は、今の自分の気持ちを代弁するように答えた。「別に、そういうの追う時代でもないんだよ。」
少しだけ振り返った爺ちゃんの顔は、逆光でよく見えなかった。けれど、きっと寂しそうな顔をしていたんじゃないかな、と今の僕は思う。
その時、爺ちゃんの声が、以前夢の中で聞いた不思議な声と重なった。「ああ、カツヤ。すまんな。お前に夢を見る素晴らしさを教え損ねていたようだ。これから少しずつ、色々な経験を通して、夢を見つけていこうな。」
やっぱり、あの声は爺ちゃんだったのか……。何をするにも気力が湧かない僕を、あの世から心配してくれているのだろうか。
そこで、夢は途切れた。目覚めても、胸にはじんわりとした温かさと、少しの切なさが残っていた。
それからというもの、あの霧の夜はまるで合図だったかのように、ライリーは数日おきに顔を出すようになった。他の二人もちょくちょく見かける。浅黒い肌に犬のような毛皮を身につけた、引き締まった体の屈強な男。彼はブロンコと名乗り、ライリーの弟分であり、彼の右腕の剣士だという。もう一人は、銀色に近い長い金髪に優雅な佇まいのメガネをかけた耳長族。アシュロ国の執政官を務めるグウィンドールといい、物腰は柔らかいが、その瞳の奥には深い知性が宿っている。聞けば、彼らは長い付き合いの親友同士なのだそうだ。
ライリーは、なぜか僕のコンビニのアルバイトを手伝うようになった。鼻歌まじりに商品の陳列をしたり、掃除をしたりと、大きな体とその見た目に似合わず意外と器用だった。その間、彼は故郷であるアシュロ国のことを色々と教えてくれた。自分が戦士長であること。隣国のフィラノ国、ユバール国との間で、長きにわたる三つ巴の戦いが膠着状態にあること。冒険譚や戦場の逸話など、目を輝かせながら楽しそうに語るライリーの話を、僕はただ「へぇ」「そうなんですね」と相槌を打つだけ。僕ということといえば、たまに新発売のお菓子や人気のホットスナックを勧めるくらいだった。
それでも、ライリーは僕のことを気に入ったらしい。来るたびに、食料品から日用品まで、大量の商品を買い込んでいく。特に、あのエナジードリンクは箱買いしていくほどだ。
不思議なのは、彼らが来店した時の映像が、防犯カメラに一切記録されていないことだった。オーナーもその事実に首を傾げていたが、商品が盗まれているわけでもない。むしろ、彼らが来るようになってからというもの、店の売り上げは右肩上がり。気が付けば、近隣のコンビニの中でもトップクラスの数字を叩き出すようになっていた。「まあ、売れてるしいいか」というのが、オーナーの結論だった。
そんなある日、店の売り上げがエリアNo. 1に手が届きそうになった時、グウィンドールが、いつもの穏やかな口調で、僕に一つの依頼を持ちかけてきた。その内容は、僕の想像を遥かに超えるものだった――。
「カツヤさん」
いつものように店内を物色していたグウィンドールが、静かに僕に声をかけた。その表情はいつになく真剣だった。
「実は近々、我がアシュロ国と、長らく敵対していたフィラノ国との間で、国交樹立を祝う盛大なパーティーが開かれるのです」
僕は、突然の国際的な話に戸惑いながらも、相槌を打つ。
「そこで、なのですが……。この、素晴らしい品々を揃える貴店で、パーティーに出すためのワインを大量に調達できないでしょうか?」
ワイン、大量に、ですか。サイコーマートのワインコーナーは豊富ではあるが、贅沢なものとは言えない。せいぜい、数百円から千円台のものが大概だ。
「ワイン、ですか……。うちにも多少はありますが、パーティーで大量となると、品質もさることながらちょっと数が足りないかもしれません」
正直に答えると、グウィンドールは少し残念そうな表情を浮かべた。
「そうですか……。もし可能であれば、貴店でしか手に入らないような、特別なワインがあればと思ったのですが」
特別なワイン、ね。うちにあるのは、どこにでもあるようなお手頃ワインばかりだ。何か、この状況を打開するアイデアはないか……。僕は店内の棚をぐるりと見回した。
その時、ふと目に留まったのは、北海道限定のブドウジュースだった。濃縮還元ではない、ストレート果汁の、少し高級なものだ。
「あの……ワインは難しいかもしれませんが、もしよろしければ、こちらのブドウジュースはいかがでしょうか?」
僕は、そのジュースを手に取り、グウィンドールに差し出した。
「これは、この地域で採れたブドウをそのまま絞った、特別なジュースなんです。ワインのようにアルコールはないけど、濃厚なブドウの風味が楽しめますし、アルコールが苦手な方にも喜んでいただけるかと思います」
グウィンドールは、興味深そうにボトルを手に取った。
「なるほど……ワインとは異なる飲み物、ですか。珍しいですね。試飲させていただいても?」
キャップを開け、グラスに注いで差し出すと、グウィンドールは一口味わい、目を丸くした。
「これは……素晴らしい!ブドウの甘みと酸味が絶妙で、まるで上質な蜜のようです。パーティーの席で、こういった珍しい飲み物が出れば、きっと話題になるでしょう」
どうやら、ブドウジュースは気に入ってもらえたようだ。しかし、ワインの代わりにはなっても、サプライズには欠けるかもしれない。僕はさらに考えを巡らせた。
我がサイコーマートにできる個性的なサプライズ……。
そうだ!
「それと、もしよろしければ、パーティーのデザートとして、うちの北海道ミルクを使ったソフトクリームはいかがでしょうか?」
僕は、店内のソフトクリームの機械を指さした。
そう、サイコーマートはコンビニチェーンではあるものの、各店の裁量が与えられている。こういう機械も独自に置いてあったりするんだ。
「このソフトクリームは、濃厚なミルクの風味が自慢で、お子様から大人まで、幅広い年齢層に喜んでいただけると思います。特に、異世界の方々にとっては、きっと初めての体験になるのではないでしょうか?」
グウィンドールは、目を輝かせた。
「ソフトクリーム……! ライリーがいつも美味しいと言っていた、あの白い甘味ですね!なるほど、これは確かにサプライズになります。温かい料理の後に出せば、皆様、きっと驚き、そして喜ばれるでしょう」
どうやら、僕の提案は受け入れられたようだ。大量のワインは用意できなかったけれど、北海道ならではのブドウジュースと、異世界では珍しいであろうソフトクリームなら、国交パーティーに華を添えられるかもしれない。
「ありがとうございます、カツヤさん。ぜひ、そのブドウジュースとソフトクリームを、パーティーのために用意していただけますでしょうか?」
グウィンドールの言葉に、僕はホッと胸を撫で下ろした。
「はい、喜んで!」
こうして、異世界の国交パーティーに、サイコーマートの商品が並ぶことが決まったのだった。まさか、自分がこんな形で異世界と関わることになるとは、夢にも思わなかった。