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現実なのか、夢なのか。

 あれから数日が過ぎた。


 深夜のコンビニに現れたトカゲの戦士、ライリー。光を放つエナジードリンク。そして、五千円札に変わった銀貨。まるで、都合の良い夢でも見ていたんじゃないかと、何度もそう思った。日常は、何事もなかったかのように、つまらない毎日へと戻っていた。

 あの奇妙な夜の出来事を誰かに話したい衝動に駆られるけれど、そんな荒唐無稽な話を真面目に聞いてくれる人間なんて、きっといないだろう。そう思うと、言葉はいつも喉の奥で引っかかってしまう。


 スマートフォンを手に取り、高校の同級生のLIMEグループを眺める。就職の喜び、大学生活の喧騒。画面に流れる楽しそうな会話が、今の僕にはどこか遠い世界の出来事のように感じられた。


 ただ、あの夜の濃霧だけが、どうしても引っかかっていた。気象情報なんて普段見ないけれど、さすがにあれほどの霧なら注意報が出ていてもおかしくない。なのに、誰に聞いても「そんな霧、出てたっけ?」という反応ばかり。あの時交代したオーナーでさえ、記憶にないらしい。


 やっぱり、あれは全部、僕が見た奇妙な夢だったのだろうか。そう結論付けようとするたび、レジの奥に保管してある、数日前の深夜に渡し忘れたらしいお釣りを見つけてしまう。千円札と、数枚の硬貨。あの時、ライリーが消えていく霧の向こうに、確かにこのお金を渡そうとした気がするんだ。


 夢にしては、あまりにも現実味が帯びている。あの時の、得体の知れない高揚感と、ほんの少しの恐怖。そして、今も残る、この渡し損ねたお釣りが、夢だったという考えをどうしても否定していた。



 また、あの夜が来た。


 深夜のサイコーマート。一人きりの店内に、いつものように静寂が満ちている。ぼんやりと商品の陳列棚を眺めていたその時、店の外に白い靄が立ち込めてきたことに気が付いた。


「あれ……?」


 それは数日前、あの奇妙な出来事があった夜と同じ、異様に濃い霧だった。じわじわと視界を奪っていく白いベール。まさか……。


 胸の奥で、不安と微かな期待が入り混じり、心臓が少しだけ早鐘を打ち始める。あのトカゲのコスプレイヤー、ライリー。あの非現実的な出会いは、もしかしたら、ただの夢じゃなかったのかもしれない。


 もう一度、あの不思議な体験を。もう一度、あの異世界から来たかのような訪問者と。そんな淡い期待を抱き始めたその瞬間だった。


 ウーン……。


 乾いた、どこか機械的な音を立てて、自動ドアがゆっくりと開いた。霧の向こうから、何かの気配が忍び寄ってくる。そこに立っているのは――。


 間違いない。霧の向こうから姿を現したのは、あの夜のトカゲ男、ライリーだった!


 しかも、彼の後ろには数人の人影が続く。皆、どこか見慣れない装束を身につけている。中には、耳の尖った者や、獣のような毛皮をまとった者もいる。やはり、ライリーのコスプレ仲間たちなのだろうか。それにしても、皆、個性的すぎる。


「いらっしゃいませ!」


 あの夜の戸惑いはもうない。再会できた喜びが、自然と声に乗った。僕は、少しだけ表情を緩めて挨拶をした。


「またきたぜ、カツヤ!」


 ライリーは、前回のような切迫感はなく、どこか堂々とした態度で笑いかけた。そして、親しげに僕の肩を軽く叩いた。その力強い感触が、全ては夢ではなかったと、改めて僕に実感させる。


 本当に、あの夜の出来事は現実だったんだ。異世界と、僕の働くコンビニエンスストアが、再び繋がったのだ。これから、一体何が起こるのだろうか。胸の高鳴りを抑えながら、僕はライリーとその仲間たちを見つめた。


「ライリーの言ってた店って、やたら明るいここなのか? 本当に存在したんだ……」


 犬の毛皮のようなフードを深く被った人物が、辺りをキョロキョロと見回しながら、驚いた声を上げた。その声は、少しばかり震えているようにも聞こえる。


「私も知らない場所です。本当に不思議な店ですね……」


 続いて、透き通るような白い肌に、長く尖った耳を持つ美しい顔立ちの男性が、顎に手を当てて呟いた。その瞳には、知的な光が宿っている。まるで、解けない謎に出会った学者のようだ。


 そんな二人を前に、ライリーは胸を張って得意げに語り始めた。


「どうだ、すごいだろう! あの奇妙な白い食い物も、うまいパンも、そしてあの、一瞬で傷が治るすごいポーションも、全部この店で買ったんだぜ。なぁ、カツヤ!」


 突然話を振られ、僕は慌てて愛想笑いを浮かべるしかなかった。


「そ、そうですね、ハハ……」


 白い食い物、うまいパン、すごいポーション。彼らが一体何のことを言っているのか、想像はつく。でも、それを改めて言葉にされると、自分がとんでもない状況に巻き込まれていることを再認識させられる。演技で乗り切れるレベルじゃない気がしてきた。


 ライリーは興奮冷めやらぬ様子で、店内の商品を指さしながら二人に説明を始めた。


「ほら、これがあの白い食い物だ! 冷たくて甘くて、不思議な味がするんだぞ!」

 ライリーが指さしたのは、冷凍ケースに入ったソフトクリームだった。犬の毛皮のフードの人物は興味深そうに覗き込み、耳の長い男性は「ふむ、氷菓、といったところでしょうか」と呟いた。


「こっちのパンも美味いんだ! 特にこの、甘いペーストが入ったやつが最高だ!」

 ライリーはパンコーナーへ二人を連れて行き、あんぱんを手に取って熱弁する。犬の毛皮の人物は少し警戒しながらも、ライリーに勧められるがままに一つ手に取った。耳の長い男性は、陳列された様々な種類のパンをじっくりと観察している。


「そして、これがあのポーションだ!」

 ライリーは栄養ドリンクの棚に戻り、前回と同じタウリン入りのドリンクを数本掴み取った。「これを飲めば、たちまち元気が出るんだ!」


 犬の毛皮の人物は、「そんなにすごいのか?」と半信半疑の様子でライリーを見つめた。耳の長い男性は、「成分を見てみましょうか」と、ボトルのラベルを読もうとするが、当然ながら異世界の文字は理解できないと言った感じで見ている。


「カツヤ、この白い食い物と、甘いパンと、このポーションをいくつか頼む!」

 ライリーはそう言って、ソフトクリームを三つ、あんぱんを五つ、そして栄養ドリンクを十本ほどレジに持ってきた。


「かしこまりました」


 僕は内心ドキドキしながらも、冷静を装ってレジを操作する。値段を計算し、ライリーが差し出した、またしても見たことのない金属製の貨幣を受け取ると、それはやはり、僕の知らないうちに日本円へと変化した。


 犬の毛皮の人物は、ソフトクリームを一口食べると目を丸くして驚きの表情を浮かべた。「これは……なんとも形容しがたい、しかし美味な食べ物だ!」


 耳の長い男性は、あんぱんを慎重に一口食べ、「この甘さは、魔力由来のものでしょうか?実に興味深い」と、思案顔で呟いた。


 ライリーは満足そうに頷き、「そうだろ、美味いだろう!」と二人にご機嫌に話しかけている。


 会計を終え、ライリーたちは購入した商品をそれぞれの袋に詰め始めた。犬の毛皮の人物は、ソフトクリームをあっという間に食べ終え、もう一つ欲しそうな視線を送っている。耳の長い男性は、パンの包装をじっくりと観察し、何かを分析しているようだ。


 見慣れない彼らと軽い世間話のようなものをした後、僕は先日の後のことを聞いた。


「先日の買い物をして行った後、大丈夫だったんでしょうか」


 僕の問いかけに、ライリーは満足そうに頷き、隣にいた毛皮男に話を振った。


「ああ、あれは本当に助かったぜ。お前からカツヤに説明してやってくれ」


 毛皮男は、犬の毛皮のようなフードを揺らしながら、身振り手振りを交えて話し始めた。


「それがもう、ライリーは鬼神のごとき働きでな! アリを蹴散らすかのように、筋肉バカどもを軽々と吹き飛ばしたんだ!」


 彼は、犬が楽しそうに跳ね回るように、筋肉隆々の腕を振り回しながら、その時の様子を再現してくれた。僕から見たら、彼自身も十分筋肉バカに見えるのだが……。


「あのポーションのおかげで、ライリーは夜通し戦っても疲れ知らずだったんだ。」


 毛皮男は、興奮冷めやらぬ様子でそう締めくくった。


 さらに、彼らは僕に、普段使っている武器を触らせてくれた。イミテーションだと思っていたそれは、実家の農作業で重いものを運んでいる僕でも、支えるのがやっとというほどの重量だった。


「これは、ミスリルという金属でできているんだ。オレたちの世界では、戦士の証みたいなもんだな」


 ライリーはそう言って、誇らしげに鉄とは違うみたことのない輝きの武器を撫でた。


 彼らの話す内容は、まさに物語の中に登場するような、現実離れしたものばかりだった。その時、僕はようやく、彼らが本当に異世界から来たのだと実感した。


「本当に、すごい世界なんですね……」


 僕は、目の前にいる彼らが、異世界の住人なのだという事実に、改めて驚嘆の念を抱いた。


 小一時間話し込んだだろうか。

「カツヤ、また近いうちに来る。色々と、この店のことを教えてほしい」

 ライリーはそう言って、仲間たちと共に再び霧の中へと消えていった。彼らの手には、サイコーマートの白いビニール袋がしっかりと握られていた。


 僕は、彼らの去った後の静かな店内で、今日の出来事をぼんやりと振り返る。異世界との繋がりは、どうやら一時的なものではないのかもと思った。

 心臓が爆音を立て、全身に熱が奔る。退屈だった日常は一変、予測不能な物語が始まった。こんな高揚感、生きてて初めてだ。

 次はいつ会えるだろう…

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