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カツヤ、新たな力を手に入れる

 アシュロ新年祭での花火と異世界おせちの成功は、カツヤにとって、これまで感じたことのない達成感をもたらした。無気力だった彼の日常に、小さな、けれど確かな変化が訪れていた。


(次は、どんなことで彼らの力になれるだろうか……)

 コンビニのアルバイト中も、そんなことを考える時間が増えた。レジ打ちの合間、商品の陳列中、掃除をしている時でさえ、頭の片隅にはアシュロの仲間たちのことがあった。彼らが喜んでくれること、彼らの役に立てることはないだろうか。


 そんなある日、カツヤはふと、店の奥にあるホットジェフのコーナーに目をやった。ジュージューと音を立てながら調理される弁当や惣菜は、いつも良い匂いを漂わせている。うちの店は深夜帯は営業していないのだが、他店舗では営業している場合もある。


(そうだ……彼らに、ホットジェフの食べ物を食べさせてあげたい)


 ただ、それだけの純粋な気持ちが、カツヤの中でふつふつと湧き上がってきた。アシュロにはない、こちらの世界の温かい出来立ての味。きっと、ライリーたちは喜んでくれるだろう。グウィンドールは、その調理法に興味を持つかもしれない。ブロンコは、豪快にかぶりつくに違いない。


 ホットジェフの調理担当になるには、本社での数日間の研修を受け、その後も店舗で働きながら少しずつ仕事を覚えていく必要がある。調理経験のないカツヤにとっては、少しハードルが高いかもしれない。それでも、彼は挑戦してみようと思った。あの三人の笑顔が見たい。ただ、それだけが彼の背中を押した。



 後日、オーナーの許可も取れたため、カツヤは本社の当店担当である横山さんに電話で相談してみることにした。


「あの、横山さん。先日LIMEした件なのですが……ホットジェフの研修に、やはり挑戦してみたいと思っています」


 電話の向こうで、横山さんは少し驚いたような声を出した。


「ホットジェフ?カツヤさんがですか?それは珍しいですね。何か心境の変化でもあったんですか?」


 カツヤは、アシュロの三人のこと、彼らに美味しいものを食べさせてあげたいという気持ちを、正直に話した。


 横山さんは、カツヤの話を興味深そうに聞いていた。そして、少し考えてから、明るい声で言った。


「なるほど、そういうことでしたか。素晴らしい動機じゃないですか!異世界の方に、日本の美味しいものを紹介したい、という気持ち、応援しますよ」


 カツヤは、予想以上に好意的な反応に、ホッと胸をなでおろした。


「ありがとうございます、横山さん!」


「研修の件ですが、もちろんサポートさせていただきます。数日間、本社にお越しいただくことになりますが、宿泊の手配などもこちらでさせていただきますので、安心してください。店舗に戻ってからも、私がフォローさせていただきますよ」


 横山さんの言葉に、カツヤの胸には、久しぶりの緊張と、それ以上の期待感が湧き上がってきた。新しいことに挑戦するのは、運転免許を取った時以来かもしれない。あの時と同じように、少しドキドキするけれど、それ以上に、未来へのワクワク感が彼を包んでいた。


(よし、やってみるか!)


 カツヤは、心の中で小さく呟いた。異世界の仲間たちのために、彼はまた一歩、新しい世界へと踏み出そうとしていた。



 サイコーマート本社で行われたホットジェフの研修初日。カツヤは、ズラリと並んだ資料と、講師の淀みない説明に、早くも意識が遠のりそうになっていた。テーマは「食品衛生の重要性」。食中毒の恐ろしさや、徹底した衛生管理の必要性が、具体的な事例を交えながら延々と語られる。暖房の効いた部屋と、食後の眠気が、カツヤのまぶたを容赦なく重くしていた。


(やばい……マジで眠い……)


 必死にペンを走らせるものの、文字は蛇のように歪み、頭の中には講師の声が子守唄のように響く。隣の席の研修生は、すでに何度かコクンコクンと船を漕いでいる。カツヤも、意識がブラックアウト寸前のところで、ハッと体を起こすのを繰り返していた。


 午後の研修は、本社直轄の店舗の厨房で行われた。実際の調理を学ぶ時間だ。ピカピカに磨かれたステンレスの調理台、整然と並んだ調理器具。そして何よりもカツヤを緊張させたのは、腕組みをしてこちらを見ている、本社社員たちの視線だった。


「はい、次はチキンを揚げてください。油の温度管理、しっかりお願いしますね」


 指導役の社員の冷静な声が、カツヤの耳に突き刺さる。言われた通りに鶏肉に衣をつけ、慎重に油の中へ投入する。ジュワッという音と共に立ち上る熱気。油が跳ねないように、細心の注意を払いながらチキンをひっくり返す。


(うわー、めっちゃ見られてる……手が震える……)


 普段のコンビニのバックヤードとは全く違う、張り詰めた空気。カツヤは、自分の動きがぎこちないのを感じながら、ひたすら調理に集中した。揚げ具合、温度、時間。すべてがマニュアル通りにいっているか、常に社員の厳しい目が光っている。


 一度、油の温度が少し低かったらしく、「温度計をしっかり見てください!」と注意を受けてしまった。その時の冷や汗は、忘れられない。


 一日目の研修が終わり、へとへとになったカツヤが本社を出ようとした時、背後から優しい声が聞こえた。


「カツヤさん、お疲れ様でした」


 振り返ると、本社の担当の横山さんが、にこやかに立っていた。


「あ、横山さん。お疲れ様です」


「今日は一日、大変でしたね。せっかくですから、晩御飯でもどうですか?近くに美味しい定食屋があるんですよ」


 疲労困憊のカツヤにとって、その誘いはまさに救いの手だった。遠慮なく、横山さんの車に乗り込んだ。


 定食屋に着き、カツヤは生姜焼き定食、横山さんは焼き魚定食を注文した。熱々の料理を口にしながら、カツヤは今日一日の研修の疲れをゆっくりと労わった。


「今日の研修、どうでしたか?」


 横山さんが、穏やかな声で尋ねた。


「座学は……正直、眠かったです。でも、調理はすごく緊張しました。社員の方に見られながらだと、普段通りに動けなくて……」


 カツヤは、正直な気持ちを打ち明けた。


 横山さんは、うんうんと頷きながらカツヤの話を聞いていた。そして、食事が一段落したところで、優しい眼差しでカツヤを見つめた。


「カツヤさんの、あの向上心は素晴らしいと思いますよ」


「向上心、ですか?」


 カツヤは、意外な言葉に目を丸くした。


「ええ。異世界の方たちのために、わざわざ大変な研修を受けようとする。それは、簡単なことじゃない。普通なら、面倒くさいと思ってしまうでしょう。でも、カツヤさんは、一歩踏み出した。それは、紛れもない向上心の表れですよ」


 横山さんの言葉は、カツヤの胸にじんわりと染み渡った。眠気と緊張でいっぱいの研修だったけれど、自分の行動は、ちゃんと誰かに認められているんだ。そう思うと、疲れも少し和らいだ気がした。


「ありがとうございます、横山さん」


 カツヤは、照れくさそうに頭を下げた。


「明日からの研修も、大変なこともあると思いますが、カツヤさんのその気持ちがあれば、きっと乗り越えられますよ。私も、できる限りのサポートはしますから、安心して頑張ってください」


 横山さんの温かい励ましを胸に、カツヤは明日からの研修も、もう少し頑張ってみようと思った。異世界の仲間たちの笑顔を思い浮かべれば、どんな困難も乗り越えられる気がした。


「ところで……」


 生姜焼き定食をほぼ食べ終えた頃、横山さんは、それまで穏やかだった表情を少しだけ熱っぽく変え、カツヤに話しかけてきた。


「カツヤさん、何か趣味はありますか?」


 突然の質問に、カツヤは少し戸惑いながら答えた。


「えっと……特に、これといった趣味は……漫画を読むくらいですかね」


「漫画ですか!いいですね!私も若い頃はよく読みましたよ!」


 横山さんはそう言うと、目を輝かせ、鞄の中からなにやら箱を取り出した。それは、色鮮やかなイラストが描かれた、少し大きめの箱だった。


「実はですね……私の趣味は、これなんです!」


 横山さんが箱を開けると、中には細かく彩色された小さなフィギュアがたくさん入っていた。トカゲのような姿をしたもの、耳の尖った美しいもの、そして、狼男のような恐ろしい姿をしたものまで、様々な種類のフィギュアが所狭しと並んでいる。


「これは……?」


 カツヤは、生まれて初めて見るような精巧な作りに、思わず声を上げた。


「これは、『バトルアックス』というボードゲームのミニチュアフィギュアなんです!見てください、このリザードマン!鱗の質感とか、武器の細部まで、本当に良くできているでしょう?」


 横山さんは、一体一体のフィギュアを手に取り、熱心に説明を始めた。リザードマンの種族設定、エルフの優雅な歴史、ワーウルフの凶暴な生態……カツヤにとっては、まるで異世界の住人の話を聞いているようだった。


(そうだ、以前スマホで画像見せられたな……あれか……)


「このゲームはですね、自分で軍隊を編成して、相手の軍隊と戦わせるんですよ!戦略が重要で、奥が深いんです!一度やると、本当にハマりますよ!」


 横山さんは、興奮気味にゲームの魅力を語り始めた。駒の動かし方、特殊能力、勝利条件……話はどんどん専門的になっていく。カツヤは、相槌を打ちながらも、正直なところ、だんだん話についていけなくなっていた。


(うーん……面白いのかな……?)


 フィギュアの精巧さは認めるものの、ボードゲーム自体にはあまり興味がないカツヤは、少しうんざりし始めていた。横山さんの熱意は伝わってくるのだが、いかんせん、自分の興味の範疇外だった。


「カツヤさんも、一つどうですか?最初は少しルールが難しいかもしれませんが、私が丁寧に教えますよ!一緒に、この奥深いバトルアックスの世界を楽しみましょう!」


 横山さんは、キラキラとした目でカツヤを誘ってきた。断るのも悪いと思いながら、カツヤは曖昧な笑みを浮かべるしかなかった。


「あ、ありがとうございます……でも、すみません、僕はちょっと……そういうのは、あまり得意じゃなくて……」


「そうですか……まあ、無理強いはしませんよ!でも、もし気が向いたら、いつでも声をかけてくださいね!私のコレクションは、まだまだたくさんありますから!」


 少し残念そうにしながらも、横山さんはそう言って、フィギュアを箱に戻し始めた。


(本当に、良い人なんだけど……この趣味の話さえなければ、もっと気軽に話せるのにな……)


 カツヤは、心の中でそう思いながら、残りの生姜焼きを口に運んだ。異世界の話で盛り上がった後だけに、現実世界の、少し熱すぎる趣味の勧誘は、なんだか妙なギャップを感じさせたのだった。



 ホットジェフの研修を終え、店舗に戻ったカツヤは、早速フライドチキン作りに励んでいた。研修で叩き込まれたスパイスの配合、二度揚げの技術。一つ一つの工程を丁寧にこなしながら、彼はアシュロの三人のことを考えていた。


(ライリーは、あの豪快な食べっぷりで何個食べるかな。グウィンドールは、また成分とか分析しようとするかも。ブロンコは……多分、黙々と紙カップまでしゃぶり尽くすだろうな)


 想像するだけで、カツヤの顔には自然と笑みがこぼれた。



 ある日の夜、いつものように三人がコンビニにやってきた。ライリーは少し疲れた様子で、欠伸をしながら入ってきた。


「やあ、カツヤ。今日はなんだか、体が重くてな……」


 グウィンドールも、珍しく集中力が散漫な様子で、手に持った書物をパラパラとめくっている。ブロンコは無言だが、その動きはいつもより緩慢だった。


「皆さん、お疲れみたいですね。よかったら、これ、食べてみてください」


 カツヤは、揚げたばかりのフライドチキンを三人に差し出した。香ばしいスパイスの匂いが、店内に広がる。


「これは……カツヤが作ったのか?初めて見る食べ物だな。良い匂いだ」


 グウィンドールが、興味深そうにチキンを見つめた。ライリーは、警戒しながらも一口かじりついた。


「ん……!なんだ、これは!?皮がパリパリで、肉はジューシーだな!」


 その瞬間、ライリーの表情が明らかに変わった。彼の瞳に、みるみるうちに力が宿っていくのがわかった。


「うまいぞ、グウィン!ブロンコも、早く食べてみろ!」


 促されるままに、グウィンドールもフライドチキンを口にした。最初は訝しげだった彼の顔にも、すぐに驚きの色が広がった。


「これは……不思議な感覚だ。体が内側から、じんわりと温まっていくような……」


 普段は感情を表に出さないブロンコも、黙々とフライドチキンを食べ進めていたが、その顔色は明らかに良くなっていた。


 あっという間に数個のフライドチキンを平らげたライリーは、信じられないといった表情で自分の体を見つめた。


「おい、カツヤ!なんだ、このチキンは!?さっきまでのダルさが、嘘みたいに消えたぞ!体中に、力がみなぎってくる!」


 グウィンドールも、目を丸くして分析を始めた。


「この独特のスパイス……そして、鶏肉に含まれる成分か。我々の世界の食材には、このような組み合わせはない。体内で何らかの化学反応が起きているのかもしれない……」


 カツヤは、少し得意げに説明した。


「このフライドチキンには、色々なスパイスが使われているんです。そして、鶏肉には『イミダゾールペプチド』っていう成分が含まれていて、疲労回復に効果があるって言われているんですよ。もしかしたら、異世界の方の体には、その効果がより強く出るのかもしれません」


 ブロンコは、全てを平らげ満足そうに頷いた。


「……元気が出た」


 その一言が、フライドチキンの効果を雄弁に物語っていた。


 それ以来、三人は疲れた時や、力を必要とする時には、必ずホットジェフのフライドチキンを買いに来るようになった。彼らにとって、それは単なる食べ物ではなく、活力と元気を取り戻すための、特別なエネルギー源となったのだ。


 カツヤは、今日も心を込めてフライドチキンを揚げる。異世界の仲間たちの笑顔を思い浮かべながら。彼の作ったフライドチキンが、彼らの日々の支えになっている。その事実に、カツヤはささやかながらも、大きな喜びを感じていた。



 あの日の夜、ライリーたちが珍しく疲れていたのは、カツヤが感じた通り、ただ単に疲労が溜まっていたからではなかった。アシュロ国は今、静かな緊張感に包まれていた。近隣の国との間で、不穏な動きがあり、一触即発の事態になりかねない状況だったのだ。


 戦士長であるライリーは、来るべき事態に備え、各地の兵士たちの配置を見直し、武器や食料の調達に奔走していた。豪快な笑顔の裏で、彼の眼差しは常に鋭く、わずかな情報も見逃さないように神経を尖らせていた。


 執政官の一人であるグウィンドールも、その知略を駆使し、外交ルートを通じて他国の動向を探り、最悪の事態を回避するための策を練っていた。


 戦士団の一員であるブロンコも、ライリーの片腕として、兵士たちの訓練を強化し、戦場となる可能性のある場所の偵察を行っていた。多くを語らない彼の沈黙は、いつも以上に重く、ただならぬ緊張感を漂わせていた。


 しかし、彼らはカツヤには、そのような国の状況を微塵も悟らせまいと気を遣っていた。せっかくカツヤが、自分たちのために色々と尽力してくれているのに、心配をかけたくなかったのだ。異世界から来た自分たちの問題に、カツヤを巻き込みたくないという思いもあった。


 コンビニに現れた時、ライリーはいつものように明るく振る舞おうと努めていた。疲れた表情を見せないように、意識して笑顔を作り、冗談を飛ばした。グウィンドールも、疲労の色を隠し、カツヤとの会話では、普段と変わらない知的な口調を保とうとしていた。ブロンコは、言葉数は少なかったものの、カツヤの目を見て、 頷きを返していた。


 カツヤがフライドチキンを差し出した時、彼らは心底ほっとした。カツヤの優しさが、張り詰めていた彼らの心を、一瞬だけ和ませてくれたからだ。フライドチキンを口にした時の、あの素直な喜びは、偽りではなかった。美味しいものを食べる時間は、彼らにとって束の間の休息であり、明日への活力となったのだ。


「おい、カツヤ!なんだ、このチキンは!?さっきまでのダルさが、嘘みたいに消えたぞ!体中に、力がみなぎってくる!」


 ライリーの言葉は、半分は本音だった。フライドチキンの効果もあっただろうが、カツヤの心遣いが、彼の精神的な疲れを癒してくれたのだ。


 グウィンドールが成分について分析しようとしたのも、カツヤの気を紛らわせるための、いつもの彼の行動だったのかもしれない。ブロンコの「……元気が出た」という短い一言も、カツヤへの感謝の気持ちが込められていた。


 コンビニから帰った後、三人は互いに顔を見合わせた。


「カツヤには、話さない方がいいだろうな」


 ライリーが、低い声で言った。


「ああ。心配をかけるだけだ。」


 グウィンドールも、いつもの冷静な表情で頷いた。


「……備えを怠るな」


 ブロンコの一言には、強い決意が込められていた。

 彼らは、カツヤの優しさを胸に、迫り来る戦いに向けて、静かに準備を進めていた。カツヤの日常は、まだ平穏そのものだったが、異世界の仲間たちは、彼の知らないところで、国の命運をかけた戦争に身を投じようとしていたのだ。

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