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17/23

異世界とコンビニおせち

(あーあ、今年も終わりかぁ……)


 大晦日の夜。実家に帰省したカツヤは、こたつに入りながらテレビをぼんやりと眺めていた。画面では、毎年恒例の紅白歌合戦が賑やかに繰り広げられている。家族は楽しそうに見ているけれど、カツヤにとってはただの騒がしい音の洪水だった。

 元旦。珍しく自分から「初詣に行こう」と誘ったものだから、両親と兄は目を丸くしている。


「カツヤ、お前が初詣なんて珍しいな。どうしたんだ?」


 兄がニヤニヤしながら聞いてくる。


「別に……なんとなく」


 僕はそっけない返事をしながら、家族と共に帯廣神社へと向かった。境内は初詣客で賑わい、あちこちから美味しそうな匂いが漂ってくる。両親と兄は、そんな賑やかな雰囲気に当てられたのか、焼き鳥やら甘酒やら、やたらと勧めてくる。


「ほら、カツヤも何か食べなさい。せっかく来たんだから」


 母親が温かい甘酒を差し出してくる。


「……別に、いいよ」


 普段なら遠慮するところだが、今日は少しだけ気が向いた。一口飲むと、じんわりと甘さが体に染み渡る。


 賑やかな参道を抜け、本殿で手を合わせた後、僕は一人、お守りの売り場へと向かった。両親と兄は、まだ出店を見て回っているようだ。


(僕の本当の目的はこっちなんだ)


 カツヤの胸には、数日前にライリーたちからもらった、不思議な装飾が施された小さな革袋があった。アシュロの言葉で何か書かれているらしいそれは、カツヤにとって初めて手にした異世界の品だった。


「どんなお守りがあるのかな……」


 巫女さんの説明を聞きながら、一つのお守りに目を奪われた。真っ黒なそのお守りには、「大丈夫」と力強い文字が刺繍されている。


「すみません、これを見せてください」


 指差したお守りを、巫女さんは丁寧に手渡してくれた。


「こちらのお守りは、『大丈夫まもり』でございます。困難に立ち向かう勇気や、安心感を与えてくれるとされています」


「大丈夫……か」


 僕は、その力強い言葉をそっと指でなぞった。最近、色々なことが少しずつ変わり始めている。無気力だった自分の心に、小さなけれど確かな変化が生まれているのを感じていた。このお守りは、そんな自分を後押ししてくれるような気がした。


「……これ、4つください」


 そう言うと、巫女さんは優しい笑顔で頷いた。


「はい、ありがとうございます。このお守りが、あなたの力になりますように」


 お守りを大切に握りしめ、両親と兄が待つ場所へと戻った。心なしか、背筋が少し伸びたような気がした。


(アシュロのみんなは、今頃どうしているかな……)


 遠い異世界の仲間たちのことを思いながら、カツヤは新しい年を迎えたのだった。




 これはあの防衛戦後の出来事。


 店のイートインで、ライリー、グウィンドール、ブロンコの三人が、何やら真剣な顔で話し込んでいた。


「カツヤ、ちょっといいか?」


 ライリーが、いつもの豪快な笑顔を少しだけ控えめにして、カツヤに声をかけた。


「どうかしたんですか?」


「ああ。以前から話していたお礼のことなんだが……」


 グウィンドールが、少し困ったような表情で続ける。


「カツヤ殿には、我々がこちらの世界に来てから、本当に助けられてばかりでな。何か、感謝の気持ちを伝えたいのだ」


「え、ああ……そんな、気にしないでくださいって言ったじゃないですか。うちの店で買い物してくれるだけで、十分すぎるくらいですよ」


 カツヤは、いつものように手を振って遠慮した。大量のお金をもらったところで、特に欲しいものもない僕には使い道に困るのは目に見えているし、何より税務署が怖い。そんなことを考えたくもなかった。


「だがな、カツヤ。今回の無血終戦は、お前の機転と勇気がなければ、多くの血が流れていたかもしれないのだ。アシュロの者たちは皆、深く感謝している」


 ブロンコが、その屈強な腕を組みながら、真剣な眼差しで言った。


「え……まあ、確かに、あんなことになるとは思ってもいませんでしたけど……」


 カツヤは、先日起こった異世界との騒動を思い出し、少しだけ誇らしい気持ちになった。まさか自分のアイデアが、国の危機を救うような真似をするとは夢にも思っていなかった。


「フィラノ国の責任者たちからも、何かカツヤ殿に贈るように、と強く言われているのだ。我々としても、どうしても感謝の気持ちを伝えたい」


 グウィンドールが、重ねてそう言った。何度も断るのは、確かに申し訳ない気がしてきた。


「うーん……そこまで言うなら、気持ちだけ受け取っておきます。でも、何かいただくにしてもお金とか、大きいものは勘弁してくださいね。貴金属もちょっと……」


 カツヤがそう言うと、三人は顔を見合わせ、少し考えてから頷いた。


「わかった。カツヤの気持ちはよくわかった」


 ライリーが、ニッと笑った。


 そして、数日後。ライリーたちは再びコンビニに現れ、カツヤに二つの箱を差し出した。


「カツヤ、これは我々からの感謝の印だ」


 箱を開けると、一つには、不思議な装飾が施された小さな革袋の中にライリーたちの武器と同じ色に輝く勲章が、もう一つにはずっしりとした重みのある、立派なトロフィーが入っていた。


「え……これって……」


 ただのコンビニ店員の自分が、まさか勲章とトロフィーを授与されるなんて、想像もしていなかった。


「これは、アシュロ国からの感謝の証だ。お前が我々にしてくれたことは、決して忘れられない」


 ライリーが、誇らしげに胸を張った。


「トロフィーは、君の部屋にでも飾ってやってくれ。いつでも、この日のことを思い出せるように」


 グウィンドールが、優しい眼差しで言った。


 カツヤは、信じられない気持ちで勲章とトロフィーを見つめた。今まで、何かを表彰されるような経験など一度もなかった。そんなものが嬉しいと思ったこともなかった。


「……ありがとうございます」


 ぎこちないながらも、感謝の言葉が自然と口をついた。不思議なことに、胸の奥がほんのりと温かい。ありえない経験のせいだろうか。


 トロフィーは今、カツヤの殺風景な自室の、棚の上に飾られている。無機質な部屋の中で、それはひときわ異質な輝きを放っていた。カツヤは時折、そのトロフィーを眺める。それは、彼にとって初めての、そして何よりも特別な宝物だった。



 そんなこともあって、僕は彼らにお返しとして、お守りを買った。とにかく僕は彼らに何か記念になるものをプレゼントしたかったのだ。


 僕は、帯廣神社の境内で買った「大丈夫まもり」を、丁寧にラッピングしていた。


(こっちの世界のものが、あっちで凄い効果を発揮することが多いって言ってたな……なら、こっちの神様のお守りは、あっちの世界でどうなるんだろう?)


 カツヤには想像もつかなかった。もしかしたら、ただの飾りになってしまうかもしれない。それでも、カツヤは彼らに何か記念になるものを贈りたかったのだ。無骨なトロフィーも、立派すぎる勲章も、普段の生活からはかけ離れた特別なものに思えたから。日常の中で、ふとした時にそのことが思い出せるような、そんなささやかな贈り物がしたいと思ったのだ。



 再びコンビニに三人が現れたのは、いつものように霧の夜だった。


「やあ、カツヤ!」


 ライリーが、いつもの明るい笑顔で手を振る。


「いらっしゃいませ」


 カツヤは、カウンター越しに少し照れながら微笑んだ。


「今日は、皆さんにこれを」


 そう言って、ラッピングしたお守りを三人に差し出した。


「これは……?」


 グウィンドールが、不思議そうに包みを受け取る。


「この世界の、神様のお守りです。皆さんが、いつも無事でいられるようにって」


 カツヤは、少し言葉足らずだったかもしれないと思いながら、付け足した。


「僕に、勲章とかトロフィーとか、あんな立派なものをくれたお返しです。大したものではないんですけど……」


 三人は、包みを丁寧に開け、中に入った真っ黒いお守りを取り出した。「大丈夫」と力強く刺繍された文字が、目に飛び込んでくる。


「これは、こっちの神様の社で手に入れられる神様のご加護の札です。これを身につけることによって悪いことを回避したりしたいというお守りです」


 そう言うと、彼らは彼らにとってエキゾチックであろうお守りの模様を見ながら


「これは……温かい気持ちがこもっているな」


 ライリーが、お守りをじっと見つめ、そう呟いた。


「私には、このような『神の加護』という概念は希薄だが……カツヤの気持ちは、しっかりと伝わってくる」


 グウィンドールも、お守りを大切そうに手のひらで包んだ。


「カツヤ……ありがとうな」


 普段多くを語らないブロンコも、短い言葉の中に感謝の気持ちを込めて言った。


 カツヤは、三人の真剣な眼差しに、少しだけ胸が熱くなった。彼らにとって、このお守りがどんな意味を持つかはわからない。それでも、自分の気持ちがちゃんと伝わったのだと思えた。


(喜んでくれて、よかった)


 カツヤは、心の中でそっと呟いた。異世界とこちらの世界。文化も価値観も違うけれど、根底にある感謝の気持ちは、きっと通じ合えるのだと、改めて感じた瞬間だった。




 ある日、珍しくグウィンドールは悩んでいた。ただ一人、普段は冷静沈着な彼が、珍しく店のあちこちをうろうろとしながら、難しい顔をしていた。棚に並んだ雑誌を手に取ってはパラパラとめくり、お菓子コーナーの前で立ち止まっては考え込んでいる。その様子は、いつもの落ち着いた彼からは想像もできないほどだった。


「グウィン、どうしたんですか?何か探し物ですか?」


 あまりの珍しさに、カツヤは声をかけた。


「ああ。実は、次の新年の宴で披露する出し物に悩んでましてね。何か、皆が楽しめるような、良い案はないものかと……」


 グウィンドールは、そう言いながらため息をついた。普段は頭の回転が速い彼が、ここまで悩んでいるとは、一体どんな出し物を企画しているのだろうか。


「こいつは昔から頭が硬いからな。こういうのはいっつも悩んでるんだ」


 ライリーが、グウィンドールの背中を軽く叩きながら、ニヤニヤと笑った。彼は、近くの本棚に並んだ雑誌を手に取り、面白そうな内容を探しているようだ。


「ライリー、今は真面目な話をしているのだ。邪魔をしないでくれ」


 グウィンドールは、少し語気を強めてライリーを窘めたが、その表情にはいつもの鋭さはない。本当に困っているらしい。


「だってよー、グウィンが悩んでるなんて珍しいから、ついな。俺だって、何か面白いネタがないかと思って、協力してやってるんだぜ?」


 ライリーはそう言いながらも、雑誌を真剣に読み始めた。ブロンコは、相変わらず惣菜コーナーの前で、美味しそうな惣菜をじっくりと吟味している。


「(新年の出し物、か……異世界にもそういう習慣があるんだな)」


 カツヤは、彼らのやり取りを微笑ましく見守っていた。


「あの……お客様、立ち読みは禁止です」


 カツヤは、冗談めかしてそう言った。ライリーは一瞬、きょとんとした顔をしたが、すぐにニヤリと笑って雑誌を棚に戻した。


「わはは!悪かったな、店員さん!」


 グウィンドールは、そんな二人のやり取りを横目に、まだ何か思案顔で店内を歩き回っている。彼の頭の中では、一体どんな新年の出し物が構想されているのだろうか。


「出し物って、なんかパフォーマンスか何かですか?」


 カツヤがそう尋ねると、グウィンドールは少し疲れたように肩をすくめた。


「ああ、そうなんだ。新年を祝う宴でな、皆、どうも刺激と真新しさを求めていてね。毎年、この出し物の担当になる者は、頭を悩ませるのだ。そして今年は、不運にも私の番が回ってきてしまった」


 毎年、アシュロ国の執政官が持ち回りで担当するらしい。グウィンドールの苦労を間近で見てきたライリーは、そのプレッシャーを察しているのだろう。


「今年初めてだからな、グウィンが担当になるのは。そりゃあ、いつも以上に緊張しているんだろうよ。なぁに、グウィン。たとえ失敗したって、誰もあんたを怒ったりしないって」


 ライリーは、そう言ってグウィンドールの肩をポンと叩き、励ましの言葉をかけた。ブロンコも、無言で頷いている。


 カツヤも、何か良いアイデアはないかと、普段あまり使わない頭をフル回転させて考え始めた。「うーん……」


 ふと、店の奥にある備品棚の方に目をやると、去年の年末に配っていたカレンダーが目に留まった。サイコーマートでは毎年、地域のイラストレーターが描いたイラスト入りのカレンダーを、お客様にプレゼントしているのだ。何気なく手に取り、パラパラとページをめくってみる。


(案外、こういう何気ないところにヒントがあるかもしれないな……)


 数ページめくったところで、8月あたりのイラストが目に飛び込んできた。それは、夏の夜空を彩る花火の絵だった。その瞬間、今まで考え込んでいたグウィンドールが、ハッと顔を上げ、カツヤの方を鋭く見た。


「今の、なんです?」


 グウィンドールは、カツヤが開いたカレンダーのページを指さした。


「ああ、これですか?これは花火のイラストですが……夏の風物詩というか、夜空で色々な形や光が炸裂する、日本の伝統的なものです」


 カツヤがそう説明すると、グウィンドールはメガネをクイッと押し上げ、何か強烈なインスピレーションを得たような表情で、身を乗り出して聞いてきた。


「詳しく聞かせてもらえますか、その花火とやらを!」


 なるほど、グウィンドールの頭の中で、異世界の夜空に花火を打ち上げるという、壮大なアイデアが芽生え始めたらしい。確かに、アシュロの人々にとって、見たこともない光と音の祭典は、まさに「刺激と真新しさ」に満ちた、最高のパフォーマンスになるかもしれない。


 ライリーは、面白そうな展開にニヤニヤしながら、二人の会話に耳を傾けている。ブロンコは、相変わらず多くは語らないが、その瞳には興味の色が宿っていた。


 異世界で打ち上げられる花火……一体どんな光景になるのだろうか。カツヤのささやかな発見が、とんでもないイベントに発展していく予感がした。


「花火、ですか……ええと、僕もそれなりに知識はあると思いますよ」


 グウィンドールの熱意に押され、カツヤは少し得意げに言った。


「なぜなら、僕の地元には勝毎花火大会っていう、それはもう、とんでもない規模の花火大会があるんです」


 ライリーとブロンコは、カツヤの言葉に興味津々といった表情で耳を傾けている。グウィンドールは、メガネの奥の瞳をキラキラと輝かせ、身を乗り出した。


「ほほう!そんなに大規模な花火大会が!詳しく聞かせてもらおうか!」


「はい。日本の花火は、ただ光るだけじゃないんです。音と光が織りなす、壮大な芸術と言ってもいいくらいで……」


 カツヤは、懐かしい記憶を辿りながら、熱を込めて語り始めた。


「基本的な形だけでも、菊型とか牡丹型、柳型とか、色々な花や植物を模した種類があって。それが、職人さんの手によって、信じられないくらい鮮やかな色と、お腹に響くような迫力のある音で、夜空いっぱいに咲き誇るんです」


「菊型、牡丹型、柳型……想像もつかないな」


 グウィンドールは、目を丸くして呟いた。ライリーも、空を見上げるような仕草をしている。


「それだけじゃないんです。スターマインっていうのは、もう光の洪水みたいで!無数の花火が、まるで生き物のように動き回って、見たことのないような景色を作り出すんですよ」


「光の洪水……一体どんなものなのだ?」


 ブロンコが、低い声で尋ねた。その表情には、いつもの冷静さに加えて、強い興味が感じられる。


「職人さんたちは、花火を打ち上げるタイミングとか、リズムとか、本当に細かいところにまでこだわって、一つの複雑な芸術作品を完成させるんです。音楽に合わせて花火が上がったりもして、それはもう、言葉では言い表せないくらいの感動があるんですよ」


 カツヤの言葉を聞きながら、グウィンドールは何度も頷き、熱心にメモを取っている。ライリーは、興奮したように腕を組んだ。


「なるほど……音と光の芸術、か。それは確かに、我々アシュロの者たちが見たことのないものだろうな」


「爺ちゃんが花火好きで、小さい頃から色々教えてもらったんです。花火玉の構造とか、火薬の種類とか……まあ、詳しいことは忘れちゃったんですけど」


 カツヤは、少し照れながらそう言った。亡くなった祖父との、大切な思い出の一コマだった。


 グウィンドールは、カツヤの話にすっかり心を奪われたようだ。その表情は、新しい発見に満ちて、生き生きとしている。


「カツヤ殿!素晴らしい情報をありがとう!これは、新年祭の出し物の、最高のヒントになりそうだ!」


 異世界の花火大会計画は、カツヤの知識と情熱によって、大きく動き出そうとしていた。


「火薬というものはこちらの世界にはない、と。しかし、幸いなことに我々には魔法がある!花火の光や音、そして爆発の感覚も、魔法で再現できるはずだ!」


 いつになく目を輝かせ、興奮気味に語るグウィンドールの様子に、ライリーもブロンコも、そしてカツヤも、思わず顔を見合わせて笑った。難しい顔をしていることが多かったグウィンが、こんなに楽しそうなのは珍しい。


(まさか、日本の夏の風物詩が、異世界の新年イベントにこんなにも役立つなんてな……)


 カツヤは、自分の提案が意外なほど歓迎されたことに、少しばかりの優越感を感じていた。


「あの……せっかくなので、もう一つ、提案してもいいですか?」


 調子に乗ったカツヤは、そう言って店の隅に積まれた、役目を終えた年末商戦のカタログを手に取って、グウィンドールに差し出した。


「これを見てください。『おせち料理』といって、日本の新年には欠かせない料理なんです。いくつかの箱に分かれていて、それぞれに縁起の良い食べ物が、綺麗に並べられているんですよ」


 グウィンドールは、興味深そうにカタログを受け取った。ライリーも、身を乗り出してパンフレットを覗き込んでいる。


「ほう……これは面白いな。まるで、色々な宝物が詰まった宝箱みたいだ」


「もしかして、これのことか?」


 ブロンコが、惣菜コーナーを指差した。そこには、パック詰めされた一人用の簡易的なおせちがいくつか置いてある。


「そうです、これです。我々の世界では、お正月に家族みんなで食べる習慣があるんです」


 カツヤがそう説明すると、グウィンドールはカタログと目の前のおせちを見比べながら、うむうむと頷いた。


「なるほど……これは、アシュロの高官の方々に振る舞うにも、庶民たちに広めるにも、楽しそうな趣向だな。しかし、一体何を入れたら良いものだろうか。縁起の良い食べ物など、こちらの世界にはそんなに多くはないような……」


 またしても、グウィンドールは頭を抱え始めた。せっかく良いアイデアが出たと思ったのに、すぐに壁にぶつかってしまうらしい。


「そこは、どうでしょう」


 カツヤは、グウィンドールに近づき、おせち料理が重箱に詰められた写真を見せた。


「アシュロは、元々六つの国が合わさってできた国だと聞きました。ですから、この重箱の六つの仕切りに、それぞれの国の伝統料理を入れてみてはどうでしょうか?こうして重ねれば、見た目も豪華な、特別なお弁当になりますよ」


「なるほど!」


 グウィンドールは、目を輝かせた。


「六つの国の料理を一つに……それは素晴らしいアイデアだ!それぞれの国の特色も出せるし、何より、皆が色々な味を楽しめる!これなら確かに、何を入れるか悩まずに済みそうだ!」


 カツヤの提案が、あまりにもすんなりと受け入れられたことに、カツヤ自身が驚いていた。人のために、自分の知識やアイデアが役立った。それは、今まで感じたことのない、じんわりとした達成感だった。


「ありがとうございます、カツヤ殿。あなたの助けがなければ、また頭を抱え続けていたでしょう」


 グウィンドールは、心からの感謝の言葉を述べた。ライリーも、満足そうに頷いている。


「さすがカツヤだな!面白いアイデアを出すじゃないか!」


(ただ、残念なのは、その異世界の花火大会も、豪華なおせち料理も、この目で見ることができないことかな……)


 いつか、アシュロの新年祭の様子を、映像でもいいから見てみたいものだ。カツヤは、遠い異世界に思いを馳せながら、そう思った。



 アシュロ新年祭の夜。空には、見たこともない色彩と光が乱舞していた。


「パパ、あれ何!?あの光、すごい!綺麗!」


「見て見て!あんなの、今まで見たことない!」


 広場に集まった民衆たちは、夜空を見上げ、歓声を上げている。彼らの瞳は、次々と打ち上げられる魔法の花火に釘付けになっていた。


 それは、グウィンドールがカツヤから聞いた情報を元に、彼の天才的な魔法構成によって実現した、まさに異世界の芸術だった。菊の花のように広がる光、牡丹のように優雅に咲き誇る色彩、そして、星屑が降り注ぐようなスターマインの連続。アシュロの人々にとって、それは想像を遥かに超える、衝撃的な美しさだった。


 少し離れた場所で、ライリーは酒を片手に、夜空を見上げるグウィンドールの後ろ姿を眺めていた。


「グウィンのやつ、ずいぶんと楽しそうじゃないか」


 隣に立つブロンコが、何かをつまみながら言った。


「ああ、あいつ、珍しく張り切ってたからな。カツヤに色々教えてもらった花火を、自分の魔法で再現するなんて、相当面白かったんだろうよ」


 ブロンコの手には、小さな重箱のようなものがあった。それは、カツヤが提案した「異世界おせち」だった。


「この弁当みたいなやつも、お偉いさん方に相当ウケてるみたいだぜ。さっきから、あちこちで絶賛の声が聞こえてくる」


 実際、周囲の貴族や他国の来賓たちは、夜空の花火魔法に目を奪われながらも、目の前に置かれた美しい重箱に箸をつけていた。


「なんと美しい料理なのか……それぞれの国の伝統が、こんなにも見事に調和しているとは」


「歴史ある六つの国が織りなす素晴らしい料理を、一つにまとめて、しかも個別に提供するとは、考えもつかなかった。これは素晴らしい趣向だ」


 他の執政官や貴族たちからも、驚きと称賛の声が上がっていた。それぞれの国の味が楽しめるおせちは、会話のきっかけにもなり、会場は和やかな雰囲気に包まれていた。


 グウィンドールが創造した前代未聞の花火魔法と、カツヤのアイデアが形になった六国おせち。今年の新年祭は、これまでの伝統を打ち破る、革新的なイベントとなった。

 ライリー、グウィンドール、ブロンコの三人は、民衆や貴賓たちの喜ぶ姿を目の当たりにし、この新しい試みが、これからもアシュロの新年祭に根付いていくような、力強い息吹を感じていた。遠い異世界で生まれたアイデアが、この地で新たな文化を創造し始めている。その事実に、彼らは静かな感動を覚えていた。

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