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異世界の三人−ライリー回顧録

 時は遡り、20年ほど前……アシュロより南に位置する、小さな国ポンベッツでのことだ。そこは、豊かな大地が広がり、農業と養鶏が主な産業の、のどかな国だった。

 オレの家は、村の隅っこで養鶏を営みながら、時折現れる厄介な魔物を退治するのを生業としていた。年に一度の新年には、父ちゃんが腕によりをかけて討伐してきた、そりゃあもうでっかい魔物の肉を、家族みんなで囲んで焼いて食べるのが恒例だった。


「ライリー、もっと食え! 今年は奮発して大物仕留めてきたんだからな!」


 豪快に笑う父ちゃんは、村で一番強い戦士として評判だった。隣で優しい眼差しを向ける母ちゃんは、いつもニコニコとしていて、家の中はいつも温かかった。


「もう、お父さんったら。ライリーばかりずるいわ。私ももっと食べたい!」


 一番目の姉ちゃんが、頬を膨らませて抗議する。意地っ張りだけど、根は優しい姉ちゃんだった。


「お前の分もちゃんとあるじゃないか。ほら、アツアツだよ」


 一番上の兄貴が、焼き立ての肉を姉ちゃんの皿に 盛り付ける。兄貴たちはみんな父ちゃん譲りの逞しい体格で、頼りになる存在だった。


「ライリー、お前は本当に食いしん坊だなあ」


 二番目の姉ちゃんが、オレの頬をつまんで笑う。いつも明るくて、みんなのムードメーカーだった姉ちゃん。


「だって、父ちゃんの肉は最高にうまいんだもん!」


 オレは、 大きく開けた口いっぱいに肉を頬張りながら、そう答えた。何気ない、本当に普通の毎日だった。でも、今思えば、あの頃のオレは、毎日が楽しくて、心から幸せだったんだと思う。家族みんなが一緒で、笑顔があって、腹いっぱいご飯が食べられる。それだけで、十分だったんだ。


 そんな平和な日々は、突如、終わりを告げた。アシュロとの間で長らく覇権争いを続けていた強国、帝国キトミアが、突如として侵攻してきたのだ。明らかに、国境を押し広げ、勢力を拡大するという野心的な意図があったのだろう。 オレたちのささやかな平和は、あっという間に、脆くも崩れ去ってしまった。


「お母さん、あれは何!?」


 遠くの空が赤く染まっているのを見て、オレは大声で尋ねた。


「あれは……火事だよ、ライリー。大変なことになった……」


 母ちゃんの顔は青ざめ、震えていた。


「父ちゃんたちは、オレたちを逃すために、キトミア兵と戦うって言ったんだ」


 二番目の兄貴が、そう言った。その顔には、怒りと不安が入り混じっていた。


 遠目に見た父ちゃんと兄貴たちの姿は、今でも鮮明に残っている。燃え盛る村を背に敵兵士たちに勇敢に立ち向かう彼らは、まるで民衆を守る勇者のようだった。敵兵たちの数は圧倒的だったけれど、父ちゃんと兄貴たちは、まるでそれをものともしないかのように、オレたちを守ってくれた。


 しかし、無情にも、数の壁は厚かった。一人、また一人と、父ちゃんと兄貴たちの逞しい体が、地に伏せていくのが見えた。そして、最後に残った父ちゃんの雄叫びが、勇ましく、気高く響き渡ったのを覚えている。


「ライリー……生きろ!」


 その声が、今でもオレの耳に焼き付いている。


 母ちゃんと姉ちゃんたちは、幼いオレの手をしっかりと握り、必死に逃げた。しかし、背後から迫る敵兵たちの足音は、刻々と近づいてくる。そして……


「ライリー!生きて!」


 母ちゃんがオレを突き飛ばし、細い体でオレを庇った。さらに、姉ちゃんたちもオレを囲うように抱きしめ、必死に守ってくれた。兵士たちから必死に守ってくれたみんなの体は、徐々に冷たくなっていった。


 オレは、ただ一人ぼっちになった。村も、優しい家族も、楽しかった笑い声も、もうどこにもなかった。残ったのは、燃え盛る村と、冷たい風の音だけだった。あの日の空と、親父の叫び声は、今でもオレの夢に出てくるんだ。



 焼け付くような痛みを全身に感じながら、オレはただひたすら走った。後ろから追いかけてくるキトミア兵の足音と、燃え盛る村の炎を背に、傷だらけの体を少しでも前に進めた。どれくらいの距離を走っただろうか。気がつけば、見慣れないアシュロの兵士たちがいる場所に辿り着いていた。彼らも、こんな幼い子供が一人でこんな遠くまで逃げてきたことに、目を丸くして驚いていた。


「坊や、大丈夫か!?一体何があったんだ!」


 優しそうな顔をしたアシュロの兵士が、ボロボロなオレに大きい声で話しかけてきた。


「……村が、やられた……家族も……」


 掠れた声でそう答えるのが、やっとだった。兵士たちは、オレの言葉を聞くと、顔を歪めて、毛布でオレを優しく包んでくれた。



 結局、あの戦火の中、オレの村で生き残ったのは、オレ一人だけだったらしい。後日、アシュロの兵士たちからそう聞いた時、オレはただ、空っぽになった心で、ぼんやりと空を見上げていた。


 オレは、アシュロの国が設けた、仮設の戦災孤児院に預けられることになった。そこには、オレと同じように、戦争で家族を失った、様々な民族の子供たちがたくさんいた。獣人の子供もいれば、角が生えた子供、肌の色が青い魔族の子供もいた。みんな、不安を抱えながら、周りを警戒し、保護士を頼りながら、生きていた。


 そんな中に、ここいらでは珍しい、尖った耳を持つ耳長族の子供がいた。それが、グウィンドールだった。彼は、隣国フィラノの高官の息子で、家族旅行を兼ねて、近隣諸国を視察のために回っていたところに、あの戦争に巻き込まれたようだった。傷ついてはいるが、高貴そうな服を着て、見た目は清潔を保っていた。よほど高貴な出なのだろう。グウィンドールも、家族を全て失ったと聞いた。


 しかし、グウィンは、他の子供たちとはどこか違っていた。いつも背筋を伸ばし、高いプライドを漂わせていた。どんなに辛いことがあっても、決して人前で涙を見せなかった。まあ、周りの獣人や他の民族の子供たちを、自分より下等だと思っていたせいかもしれない。だからこそ、弱い一面を見せたくなかったのだろう。いつも一人、遠くの窓の外を見つめていた。


「お前、どこの国の奴だ?」


 ある日、勇気を振り絞って、オレはグウィンに話しかけてみた。


 グウィンは、ちらりとオレを一瞥すると、不機嫌な声で答えた。


「……フィラノだ。貴様のような下等な獣人と一緒にしないでいただきたい」


 やっぱり、嫌な奴だった。でも、その瞳の奥に、深い悲しみと孤独が含んでいるのを、オレは見逃さなかった。オレも、家族を失った一人だったから。



 そんな、 高いプライドを漂わせ、他の子供たちを見下すような態度をとるグウィンを、よく思わない子供たちは大勢いた。みんな、戦争で家も家族も失い、心に深い傷を負っていた。そんな中で、一人だけ身なりをきちんと整え、貴族然とした態度を崩さないグウィンが、彼らの目にどう映ったのだろうか。 自分たちとは違う人間だと感じて、反感を抱いていたのだろう。


 案の定、グウィンに絡む子供たちが現れた。


「お高く止まってんじゃねぇぞ、貴族様がよう!」


 ガラの悪い声が、暴力的な言葉と共に、グウィンに突き刺さる。多分、他の村の育ちの悪いガキたちだったんだろう。彼らの目はギラギラと憎悪で満ちていた。


「そうだそうだ! ここじゃお前なんて、貧弱なガキなんだよ!」


 別のガキが、さらに挑発的な言葉を浴びせる。グウィンは、彼らの敵意に一瞬怯んだように見えたが、彼のプライドがそれを許さないのか、ギッと視線を彼らに向け返した。


「貴様らのような下等な……」


 グウィンが何か言い返そうとした瞬間、ガキの一人がグウィンの腕を掴んだ。周囲のガキも、楽しそうにニヤニヤしながら、グウィンを取り囲んだ。


「おいおい、そんな目で睨むんじゃねぇよ。この世界の厳しさを教えてやらねぇとな!」


 オレは、その光景を遠くから見ていた。グウィンの態度は気に入らなかったけれど、多対一人で弱い者いじめをするのは、もっと許せなかった。親父たちが圧倒的な武力の兵士の群れに果敢に立ち向かった背中を思い出した。


 考えるよりも先に、オレの体は動いていた。群衆をかき分け、できるだけ早くグウィンの元へ駆け寄った。


「何やってんだ!」


 オレの声に、ガキたちは一瞬驚いたように振り返った。


「なんだ、お前は! 関係ねぇだろ!」


 主犯のガキが、オレを睨みつけながら言った。


「関係あるね! 大勢で一人をいじめるなんて、卑怯だと思わないのか!」


 オレは、そう言いながら、グウィンに掴みかかっていたガキの腕を掴み、勢いよく投げ飛ばした。 突然の出来事に、そのガキは地面に尻もちをついて、痛そうに呻いた。


「てめぇ……!」


 別のガキが、怒りの表情でオレに飛びかかってきた。オレは、戸惑いながらも鍛えてきた拳を握りしめ、 奴の顔面へと叩き込んだ。鈍い音が響き、そのガキは鼻血を流しながら、地面に倒れ込んだ。


 周りのガキたちは、勇猛なオレの反撃に一瞬怯んだように、後ずさりした。オレは、深い息をつきながら、鋭い表情で彼らを睨みつけた。


「うわっ!」


 次の瞬間、グウィンを取り囲んでいたガキどもが、まるでハリケーンに巻き込まれた木の葉みたいに、一気に吹き飛んだ。何が起こったのか、マジで一瞬、理解が追いつかなかった。爆発音とか、そういう派手な音は全然しなかったのに。


 ガキどもがキャッッと悲鳴を上げて、どこかへ飛ばされていくのを横目に、グウィンは埃を少しも気にせず、力のこもった顔でたった一言。


「別に、助けなんて必要ない……!」


 その声は小さかったけれど、妙に耳に残った。そして、次の瞬間には、彼の両手に前に見たことのない種類の、またエネルギーの塊みたいなものがじわじわと、しかし確実に形作られていくのが見えた。淡い光を放つそれは、今にも放たれる予感を誘った。


 それを見た残りのガキどもは、一瞬ためらった後、何を思ったかまたしてもグウィンに向かって無鉄砲に突っ込んできた。さっき悲惨な目に遭ったばかりなのに、懲りない連中だ。親分を失ってパニックになっているのかもしれない。


 さっきの攻撃は時間がかかるのだろう。グウィンは隙だらけだった。それを見たオレは咄嗟に奴を庇い、ガキどもを弾き飛ばした。


「もうやめろ。次は、ただじゃ済まさないぞ」


 オレの少し慌てながらも力の満ちた言葉に、ガキたちは躊躇したようだった。その直後、施設の大人たちの慌てて止めに入る声が聞こえてきたのを聞くと、彼らは舌打ちをして、慌ててその場から逃げ出した。


 オレは、息を切らしながら、力を使い切ったのか地面にへたり込んでいるグウィンに手を差し伸べた。


「大丈夫か?」


 グウィンは、突然のオレの助けに驚いたような表情を浮かべ躊躇してから、オレの手を取って立ち上がった。グウィンの瞳には、前とは違う、複雑な光が宿っていた。


「……貴様のような獣人に、助けられるとはな……」


 グウィンは、小さい声で、皮肉めいた言葉を吐いた。それでも、その声には、前までのような露骨な悪意は感じられなかった。


 オレは、彼の言葉に少し苦笑しながら言った。


「別に、お前が好きで助けたわけじゃないさ。ただ、弱い者いじめは、見てて腹が立っただけだ」

「別に、いじめられてなんかいない。あんな奴ら何人いようが何ともない。僕には魔法があるから」

「魔法……!さっきのあれか!」


 それが初めて見た魔法だった。

 グウィンはその時、初めて少し笑顔を見せた。



 それから、数年の月日が流れた。戦争は、まだ遠くで燻っているようで、オレたちはアシュロの南にある、もう少し大きな孤児院に移送されていた。新しい場所には、さらに多くの、様々な境遇の子供たちが集まっていた。


 グウィンは、あの頃の棘々しい雰囲気はすっかり影を潜め、まるで別人のようになっていた。高いプライドはそのままだったけれど、彼の冷たい瞳の奥には、少し優しさが宿るようになった。頭も良く、施設の子供たちに色々なことを教えてやる、頼れる先生のような存在になっていた。そして、あの尖った耳と整った顔立ちだ。背も随分伸びて、清潔感のある美少年になっていたから、孤児院どころか街の女子にモテモテだったのだ。ちくしょう。


 一方、オレはというと、幼少の頃から兄貴たちの背中を見て育ったせいか、いつの間にか、力持ちで頼れる兄貴分のようなポジションに落ち着いていた。最初はただ、兄貴たちのマネをしていただけだったんだけど、喧嘩や些細な揉め事を解決していくうちに、それが板についていたらしい。


 アシュロの国は、戦災孤児たちにも手を差し伸べてくれた。オレたちは、孤児院で生活しながら、貧しいながらも教育を受けることができた。そして、いつの頃からか、オレたちのような、独立心の強い子供たちが中心になって、街の自警団を自発的にするようになった。


「おい、グウィン! 今日も机にかじりついてるのか?」


 オレが、本を山のように積み上げたグウィンの部屋を覗き込むと、彼は迷惑そうに顔を上げた。


「煩いぞ、ライリー。今、重要な魔法理論を構築しているんだ」


「そんな難しいことばかり読んでないで、たまには外で体を動かせよ。今日は街の見回りだぞ」


 オレがそう言うと、グウィンはため息をつきながら本を置いた。


「仕方ないな。貴様のような筋肉馬鹿と一緒では、知性が腐ってしまうが……」


 相変わらず、口は悪いけれど、その言葉には、昔のような露骨な嫌味はもう感じられない。彼独自の照れ隠しのようなものだろう。


「へへん、力こそ正義だぜ、グウィン。それに、お前の魔法とオレの力があれば、街の平和は安泰だろ?」


 オレが胸を張ってそう言うと、グウィンはふふっと笑った。


 そんな風に、オレとグウィンは、互いに皮肉を言い合いながらも、お互いを認め合う、長く苦境を共にした絆で結ばれていた。



 ある日のこと、孤児院の庭に、兵士数人が木製の檻を運び込んできた。中には、まるで見慣れない獣のような、黒い影がうずくまっている。


「なんすか?これ」


 オレは、汗だくになっている兵士の一人に尋ねた。


「こいつ、捨て子なんだとよ。傭兵の一族の奴らが、手に負えなくなって捨ててったらしい」


 兵士数人が、まるで暴れる猫でも捕まえたかのように、体中傷だらけで、服もボロボロになっていた。たった一人のガキに、よほど手間取ったのだろう。みんな、疲労困憊の様子だった。


 グウィンは、彼らに冷たい飲み物を差し出しながら、興味深そうに檻の中を覗き込んだ。


「ほう、彼はもしかして、バーバリアンですか」


 そう言うと、腕を組み、目を細めて、檻の中の黒い影を観察し始めた。


「よく知ってるな、さすが勉強家だ」


 兵士の一人が、感心したようにグウィンに言った。


「そう、こいつはバーバリアンの子供だ。あいつら戦闘民族だからな。生まれた時から武器を握って育つって話だ。あちこちの戦争に行って、日銭を稼いでいるんだとよ」


 とんでもない民族もいたものだ。戦闘だけで生きていくなんて、想像もできない。


 檻の中の黒い犬のような小さな影は、警戒するように目を光らせ、小声で唸っていた。その体からは想像もできないほどの、凶暴さが滲み出ていた。


「そんな奴らに捨てられるなんて、よほど暴れん坊だったんだな、こいつ」


 オレがそう呟いた、その瞬間だった。檻の中でうずくまっていた犬のような黒い影が、猛烈な勢いで木製の柵に体当たりをしたのだ。バキッという嫌な音と共に、檻の一部が砕け、黒い影は人型になった。


「なんだ!?」


 兵士の一人が 声を上げる間もなく、信じられない光景が目の前に広がった。小さい体からは想像もできないほどの力と、目にも止まらぬ素早さで、黒い影は兵士たちを次々と薙ぎ倒していったのだ。まるで旋風だ。


「こいつは……とんでもねぇガキがきたな、グウィン!」


 オレは、体に滾る親父たち戦士の血を感じながら、ワクワクしていた。暴れん坊と、一体どんな戦いができるのか。


「できるなら、取り押さえてください、ライリー。試したいことがある」


 グウィンは、目でそいつの動きを追いながら、そう言った。そして、オレの少し後ろに、まるで軍師のように下がった。


「わかった」


 確かに、あの小さいバーバリアンのガキは、力も素早さもかなりのものだった。しかし、動きが直線的なため読みやすく、幸いオレの方が体がでかい分、力は圧倒的に上回っていた。最初は苦労はしたものの、オレはなんとか暴れる体を抑えつけ、地面に組み伏せることに成功した。


「で? どうするんだ、グウィン」


 息を切らしながら、オレはグウィンに尋ねた。グウィンは、暴れん坊を見下ろしながら、


「少し、待っててください」


 そう言うと、ガキの頭を両手の指で押さえつけ、何か小声で呟き始めた。それは、魔法詠唱だった。彼の指先から、淡いピンク色の光がすうっと放たれると、さっきまで暴れていたガキの動きが、徐々に鈍くなっていった。


「ふう、試作の精神系魔法でしたが、うまくいきました」


 そう言って、グウィンは達成感からか、珍しく小さく微笑んだ。いつもクールな彼が人前でも笑顔を見せるのは、本当に珍しいことだった。


 兵士たちが手際よくガキを拘束し、縄で縛り上げると、ガキはもうさっきまでのような猛獣のような姿は見せず、すっかりおとなしくなっていた。


「お前、名前なんて言うんだ?」


 オレは、興味本位でガキに尋ねてみた。しかし、彼は小さく唸るばかりで、答えることはなかった。


「この凶暴性だ……きっと、まともな教育も放棄されていたんだろうな」


 怪我を負った兵士の一人が、シスターに手当てを受けながら、うんざりしたように言った。


「もしかしたら、ここでだったら、ちゃんとした教育ができるかもしれんな」


 別の兵士が、希望を込めたような声でそう言うと、オレたちの方を見た。


(丸投げかよ……)


 オレは、若干呆れた気持ちで、グウィンと顔を見合わせた。グウィンは、いつものクールな表情に戻っていたけれど、その瞳の奥には、興味が宿っているようにも見えた。


(実験体かよ……)


 哀れな気持ちで、オレはその小さいバーバリアンのガキを見ていた。親に捨てられ、まともな教育も受けずに生きてきたのだろう。その小さな体に含んでいる強い攻撃性は、生きるための武器だったのかもしれない。


 ふと、頭の中に、昔の兄貴たちの顔が浮かんだ。ブロウとギンコ。強くて優しくて、オレの憧れだった二人。こいつもそんな存在になればと思い、オレはこう言った。


「じゃ、お前の名前はブロンコな。オレの偉大なアニキ二人の名前から、一部をもらった名前だ。どうだ?」


 俺がそう言うと、ガキはきょとんとした顔で俺を見上げた。言葉の意味は理解できていないようだったけれど、俺の眼差しを感じ取ったのか、躊躇いがちに、それでも嬉しそうに、小さく頷いた。


「ブロ……ンコ……ブロンコ!」


 彼の口から、たどたどしい発音が零れた。それは、俺たちにとって、そして彼自身にとっての、新しい名前の誕生の瞬間だった。

 それが、俺たち三人の出会いだった。

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