異世界とクリスマス
雪がちらつき始め、街がイルミネーションで彩られる12月。クリスマスの季節がやってきた。コンビニでは、クリスマスパーティーや年末年始のオリジナル商品の予約獲得競争が激化する。高校時代からコンビニバイトを続けている僕にとって、この時期は正直、憂鬱だった。実家が一応クリスマス商品を予約してくれるのだが、僕は一度も使ったことはない。
いつものように異世界との交流があった日。今日はライリーだけが店に現れた。彼は、クリスマス商品のパンフレットを物珍しそうに眺めている。
「これは、何の本なんだ?うまそうなもんがたくさん載ってるな」
「こっちの世界で、もうすぐ年末年始のお祝いが始まるんですよ。いわゆる稼ぎどきってわけです」
僕は、まるで商人のようなセリフを吐いた。そういえば、向こうの世界のお祭りごとの話なんて、一度も聞いたことがなかったな。
「そっちの世界で、年末年始とか特別なお祝いの日はあるんですか?」
「おお、もちろんあるぞ。600日に一度、新年を祝うんだ」
こっちでいうと、二年に一度みたいな感じか。不思議な感覚だ。
「季節とか、そういうのが年によって変わってしまいますね」
僕がそう言うと、ライリーは首を横に振って言った。
「俺たちの世界は、そういう季節っていうものがないんだ。ずっと一定の気候なのさ。だから、ここの気候の変わりようには、少し驚いているよ」
そう言って、彼は窓の外の雪を眺めた。
「600っていう数字に、何か意味があるんですか?」
「そうなんだ。うちの国は元々6つの国が一つになってできたからな。それで、6にちなんで600日。単純だろ」
ライリーは、皮肉めいた笑みを浮かべてそう言った。
「そっちの国はどうなんだ?」
「こっちの世界では、365日に一度やります。太陽っていう恒星がありまして、その周りを365日で一周するんで、それに合わせて」
「ほう……そっちの方が理にかなってていいな」
そんな、何気ない会話が、なぜか楽しい。
「カツヤは誰かと祝うのか?」
ライリーが、僕の痛いところを突いてきた。ここ数年、年末年始は実家に帰るけれど、クリスマスは大抵バイトを入れていた。
「そのパンフレットのようなパーティーは、全然してないですね。仕事も忙しいですし」
なんて、まるで社会人のようなことを言ってみた。
「ほう……これはなんて書いてあるんだ?」
ライリーは、パンフレットの表紙を指さした。そこには、煌びやかなイルミネーションの下で、楽しそうに笑う人々の写真が載っている。
「これはクリスマスって読みます。外国の、偉い教祖様が生まれた日と、死んだ日なんです」
あまり深く考えたくなくて、僕は突き放すような言い方をしてしまった。賑やかなクリスマスの雰囲気が、今の僕にはどこか他人事のように感じられたからだ。
「やっぱり、こういう記念日ってのは、大事な人と過ごすもんだろ?」
ライリーは、パンフレットに写る人々の笑顔を寂しそうに見つめながら、そう言った。異世界には、このような祝祭はないのだろうか。それとも、彼にもまた、大切な人との思い出があるのだろうか。
「まぁ、そうなんですけど……そういう人もいないもんで」
僕はそう言うと、気まずさを誤魔化すように、商品の陳列作業に没頭した。今まで、誰かと一緒に祝おうと思ったことなんて一度もなかった。それがなぜか今、胸の奥に小さな空洞が生まれたような気がした。それは、今まで感じたことのない、微かな寂しさだった。
僕のそんな気持ちを察したのか、ライリーは静かに、遠い日のことを語り始めた。
「俺にもよ、家族がいたんだぜ。親兄弟。新年なんかによ、こんなでかい肉を焼いて、家族みんなで囲んで食べるんだ」
そう言って、彼は両手を大きく広げながら、楽しかった思い出を語るように説明した。その表情は、遠くの世界を見ているようだった。
「へぇ、兄弟もいるんですね。何人家族なんですか?」
あの豪快なライリーのことだ。きっと、大家族の長男として育ってきたのだろうと思い、僕は尋ねてみた。
「俺は末っ子でよ。上に兄貴が2人、姉貴が2人だ」
意外だった。あの豪快なライリーが、末っ子だとは。
「大家族だったんですね。すごい」
「いや、俺たちの部族じゃ普通だぜ。どこもこれくらいいたなぁ」
それが彼らの当たり前なんだ。こっちの世界の少子化なんて、きっと信じられないだろうな。
「僕の家は、兄と妹がいて……でも、こっちでは多い方なんですよ」
「そうなんだなー。なんとも不思議な感じだぜ。まぁ、俺も子も嫁もいないから、なんとも言えないがな。ガハハ」
ライリーは、照れくさそうに笑った。その笑顔には、わずかな寂しさが滲んでいるように見えたのは、僕の気のせいだろうか。
「今、ご家族の方々は、何をされているんですか?」
僕は、何気ない口調で聞いてみた。
「ああ、死んだよ。20年前の戦争でな」
ライリーは、あっさりとそう言った。その言葉は、まるで昨日の天気の話をするかのように淡々としていた。
そうだ。そっちの世界は、長い戦乱の時代が続いているのだった。迂闊だった。平和ボケしている僕は、そのことも察せずに、軽率に聞いてしまった。僕は、自分の相手を思いやる気持ちのなさにショックを受けた。彼の明るさの裏には、深い悲しみが 숨んでいるのかもしれない。
「ああ、すまんすまん。ショックだったな。気にするな、もう20年も前のことだ」
ライリーは、僕の表情の変化に気づいたのか、そう言って慌てたように慰めてくれた。
「グウィンとブロンコも、戦災孤児でよ。俺たちは、施設で出会ったんだ」
そう言って、彼は二人の過去を語り始めた。
「グウィンは、元々フィラノの住民だったんだが、旅の途中で戦乱に巻き込まれて、一人ぼっちになったらしい。ブロンコの種族は、傭兵として世界各国を渡り歩いててな。あいつは、まだ小さいってんで、お荷物扱いされて捨てられたんだ。そんな俺たちが、孤児院で出会ったってわけだ。ブロンコなんてよ、最初はそれこそ野良犬みたいに凶暴でな。誰も手がつけられなかったんだぜ」
ライリーは、楽しそうに、しかしその声音の奥には、かすかな寂しさを滲ませながら、昔のことを話してくれた。
「グウィンも、最初はツンツンしてて嫌な奴でよ。獣人の俺たちを、いつも見下してたんだ。高貴なフィラノの民だからな。きっと、耐えられないくらい辛いこともあったんだろうな」
ライリーは、遠い目をしながら過去を振り返った。今の、知的で冷静なグウィンドールからは、想像もできない。
「暴れまわるブロンコを抑えられるのなんて、俺くらいだったしな。グウィンも、昔から天才的な魔法使いでよ。精神系魔法を独自に開発して、ブロンコを落ち着かせていたよ」
今では、誰にでも人懐っこいブロンコからは、到底想像できないような状態だ。そして、グウィンドールは昔から、研究熱心だったらしい。
「そんな感じでも、今のように仲良くなれたんですね」
今の和気藹々とした三人からは想像もできない、まるで犬猿の仲のような関係だったのだろうか。
「そうだな。環境が近いと、だんだん相手のことを理解していくもんなのかもしれないな」
ライリーは、感慨深げに頷いた。
「それに、目標も共通してたしな。この孤児院を抜け出して、俺たちをこんなにしたキトミアに復讐をするってな」
キトミアという国だろうか。復讐という、暗く重い言葉が、ライリーの口から零れ落ちた。戦場では、そういうことは日常茶飯事なのだろう。
「いや、そんなことどうでもいいんだ。俺が言いたいのは、大切な人間はいついなくなるかわからないって話よ」
いつも饒舌なライリーも、思い出したくない過去があるのだろう。自分の辛い体験を語って、僕に何かを気づかせようとしてくれたのだ。申し訳なくもあり、同時に、色々なことを教えてくれてありがたかった。せめて、彼の好意に応えなければ。
「そうですね。確かに……親兄弟は、気持ち悪いかもしれないけど、たまには帰って、親孝行でもします」
僕がそう言うと、ライリーはいつもの力強い、けれど優しい笑顔で笑った。
「厄介者にされてる訳じゃないだろ。嬉しいに決まってるぜ」
その笑顔を見た時、僕は決心した。いつも実家に予約してもらっていたクリスマスケーキは、今年は僕が予約して、奮発してオードブルも一緒に買って帰ろう。顔を出して、両親と晩御飯を食べるくらいなら、別にそれほど面倒でもないだろう。ライリーの言葉が、何も持っていないと思い込んでいる僕の背中をそっと押してくれた。彼らの人生に起きた決心に比べたら、なんでもないことだろうけど。