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コンビニ発!?戦争介入!?

 そこはフィラノ西国境、アシュベ。アシュベの丘陵地に築かれた、難攻不落を誇る堅牢な要塞。


「今日も異常なし、か」


 要塞長を務める耳長族の男は、悠然と周囲を見渡した。その表情には、いかなる脅威も寄せ付けない、絶対的な自信が浮かんでいた。

「こんな開けた場所から、我々を攻撃できる者などおりませんよ」


 彼の側近である耳長族の女が、優雅な仕草で付け加える。


「遠距離からの攻撃ならば、我々の得意とするところ。いざとなれば、敵は早々に撤退するでしょうね」


 彼女の言葉には、自らの魔法に対する絶対的な信頼が滲み出ていた。フィラノの国民性は、総じて自信家。それは、長きにわたり培われてきた、誇り高き血脈の証だった。


 しかし、その余裕は、突如として届いた伝令によって打ち砕かれる。


「隣国、マイカスが、軍を動かしたとの報告です!」


「何だと!?どういうつもりだ!」


「規模はどれほどだ!?我々と一戦交えるつもりか!?」


「本国へ、本国へ早急に連絡を!」


 要塞の兵たちは、先ほどまでの余裕を失い、慌てふためいた。


 フィラノとアシュロの連合は、周辺諸国の勢力図を大きく塗り替えつつあった。その均衡を崩そうと、ユバールがマイカスと密約を結び、両面作戦で進軍を開始したのだ。それは、フィラノにとって、予想外の事態だった。




 いつもの深夜のコンビニ。僕はいつものように、レジの前に立っていた。そして、いつものように、風景の奥からあの真っ白い闇のような霧が立ち込めてきた。


 もう、あの霧に対する恐怖は薄れていた。ただ、自分が霧の中に入ることだけは、どうしても怖かった。もし、あっちの世界に行けるわけでもなく、戻ることもできず、霧の中から出られなくなったら……。そう考えると、背筋が凍りつくほど怖かった。


 しかし、そんな心配も一瞬だけ。どうせ行く気もないのだから、すぐにその気持ちを忘れ、僕はいつものように作業に戻った。


 ウーン……と、気の抜けた音が響き、自動ドアが開いた。


「いらっしゃいませ」


 僕はいつものように、来店客に声をかけた。そこに立っていたのは、いつもの三人組。しかし、今日はいつもと違い、どこか神妙な面持ちをしていた。


「どうかしましたか?」


 僕が尋ねると、ライリーが重々しく口を開いた。


「実は、これから大きな戦が始まるかもしれないんだ」


 そう、彼らの世界では、まだ戦争が続いているのだ。いつものように、飄々とした態度を崩さないライリーの口から、そんな言葉が出るとは思わなかった。


「なので、準備も兼ねて、今日は多めに買っていくとします」


 グウィンドールは、店内を見渡しながら、何かを考えているようだった。


 戦争……。それは、僕にとっては遠い世界の出来事だった。しかし、彼らの話を聞いていると、それがすぐそこにある現実のように感じられ、身構えてしまう。


 しかし、コンビニの、しかも一アルバイトの僕に何かできるわけもない。せいぜい、彼らの世界でも美味しく食べられる食料をおすすめするくらいだった。


 いつも余裕綽々のライリーたちも、今回はいつもと様子が違う。重苦しい空気が漂う。一体、どんな相手と戦うのだろうか。


「そんなに手強い相手なんですか、今回の相手は」


 僕が尋ねると、ライリーは少しばかり眉間をひそめて答えた。


「フィラノの隣の国でな。そこはドラゴンが統べる国なんだ」


「ドラゴン!」


 すごい、ドラゴンがいるのか。それはぜひとも見てみたいが……。


「そこの兵士は、龍族と人族の混成部隊でな。飛龍には魔法兵が、ヒュドラには槍兵が騎乗して、上下から連携攻撃を仕掛けてくるんだ。それが、厄介でな……」


 幾度も戦場を駆け抜けてきたブロンコが、手を上下に動かしながら、敵の攻撃パターンを説明してくれた。強力なモンスターが相手となると、さすがの歴戦の三人組も、いろいろと策を練らなければならないようだ。


「いつもの脳筋相手とは違うからな。今回は……少し長くなるかもしれん」


 ライリーは、小さく溜息をついた。


「やっぱりドラゴンって強いんですね。ライリーでも苦戦するんですか?」


 僕がそう尋ねると、ブロンコがライリーのことを小馬鹿にするように言った。


「まあ、うちの地龍だって、向こうの山みたいにでかいドラゴンの一匹や二匹、どうってことはないだろうがな」


 ライリーは、地龍呼ばわりされても、まんざらでもない様子で、自慢げに二の腕の筋肉を見せつけた。


「まあな、デカいだけのトカゲなぞ、俺の敵じゃないぜ」


 余裕綽々の態度でそう言い放つライリー。さすが、僕たちのライリー、熱いぜ。


 しかし、その熱い空気を、グウィンドールはいつもの冷静な口調で打ち消した。


「ただ、やはりライリーだけで対処できるほど、戦場は甘くないですからね」


「彼らの身体能力は、人族では到底及ばないほど強力です。こちらもライリーが百人いれば戦えるのですが、残念ながら、彼は一人しかいませんから」


 ライリーは、リザードマンの中でも比類なき強さを持っているのだろう。グウィンドールの言葉から、そのことがよく伝わってくる。


「そのヒュドラー?とかってやつは、どんなモンスターなんですか?飛龍ってのは、なんとなくわかりますが……」


 僕が尋ねると、ブロンコは少しばかり興奮気味に答えた。


「ああ、ヒュドラってのは、多数の頭を持つ蛇型のモンスターだ。強固な鱗が厄介でよ。口から魔法も放ってくるから、本当に厄介なんだ」


「多頭の蛇……」


 僕は、日本の神話に登場する八岐大蛇を思い浮かべた。そういえば、八岐大蛇って、どうやって退治されたんだっけ。スマホは圏外なので、なんとなく書棚を見てみると……都合よく、日本神話の雑学系コンビニ本があった。こんな本、普段は暇つぶしにしか読まないけれど、絵もついていて、彼らに説明するにはちょうどいい。ありがたい……。


 八岐大蛇討伐の話を読んでみる。なるほど、酒に酔わせて、こんがらがっているところを退治したのか。神話だけど、似たような生物だし、これは何かに使えないだろうか……。



 僕は、彼らに本の内容を読み聞かせた。こんなこと、幼少の頃に妹に絵本を読み聞かせて以来だ。


「体に苔や木が生い茂るほど巨大なヒュドラなのか!?」


 ブロンコが目を丸くして尋ねた。


「この世界にも、そのようなモンスターがいたのですね……」


 グウィンドールは、興味深そうに本に見入っている。


「その男は、剣一本で戦ったのか?負けてられねぇ……!」


 ライリーは、闘志を燃やしている。


 三人とも、先ほどまでの難しい表情とは打って変わって、まるで子供のように目を輝かせて話を聞いていた。


 読み終えた後、僕は提案してみた。


「この、酒に酔わせるっていう戦法は使えないでしょうか?」


 思ってもみなかった提案に、三人は思案顔になった。


「考えてもみなかったが……有効なのかどうか……」


「いやしかし、確かにあいつらも予想だにしない攻撃だろうな」


「あいつらが酒を飲むなんて話、聞いたこともない。案外……」


 三人は、小声で何やら話し合っている。


「この世界のお酒、サワーやワインは飲まれていますが、この日本酒と焼酎というのは、まだ飲まれてないですよね」


 僕はそう言って、店に置いてある道産の日本酒と、PB商品の焼酎「大二郎」を取り出した。彼らは、透明で強いアルコール臭がするため、避けていた商品だ。


「八岐大蛇も酔わせたというこの酒、試してみませんか」


 そう言って、僕は二つの酒を彼らに差し出した。


「う、む、む……」


 臭いに敏感なのか、ブロンコが顔をしかめた。さすが、超感覚の男。


「どれ、じゃあこの地龍様が飲んでやるか」


 ライリーは、ワンカップタイプの大二郎を手に取り、豪快に持ち上げた。


「様子を見て、少しずつ……」


 グウィンドールが忠告する間もなく、ライリーは一気に飲み干した。さすが、男気で生きている男。きっと、酒の強さにも自信があるのだろう。


 しかし、さすがはこちらの酒。効果がまるで違うようだ。一気にライリーは酔いが回り、赤い鱗がさらに赤く見える。


「こんがにゃしゃけに、にんごもnigeeoew……」


 意味不明なことを呟き、ライリーは大の字になって倒れ込んだ。その様子に、ブロンコとグウィンドールは目を丸くした。


「これは案外……やってみる価値があるかもしれませんね……」


「さすが、ヤマタノオロチを酔わせた酒、段違いの威力だな……」


 大いびきをかいて眠るライリーを見て、二人は少し確信を得たようだった。



 その後、店にあった日本酒と焼酎は全て彼らが購入し、足りない分は発注することになった。


 近所の大二郎好きなおじさん、彼らの命がかかってるから少しの間だけ我慢してくれ……


 未成年の僕の名前では発注できないため、横山に相談した。彼にLIMEすると、興奮した様子で色々とアドバイスをくれた。


 とりあえず、足りない分をオーナーの協力もあり、少しずつ他店舗から譲ってもらったりしながら、発注商品を待つことになった。こういうイレギュラーな場合、頼れる大人がいるのは心強いと思った。




 商品納入から数日後、ライリーから戦場の様子を聞いた。


 アシュベの戦場は、信じられないほど静かに、そして圧倒的なフィラノ・アシュロ連合の勝利で幕を閉じたという。


「まさか、あの酒がこんなに効くとはな……」


 ライリーは、信じられないといった表情で呟いた。


 マイカスの誇る龍騎部隊は、上空から攻撃しようにも、地上から攻撃しようにも、ドラゴンたちが口を開ける必要があった。その隙を突き、彼らは正確に酒の入ったマジックボールをドラゴンの口内に投げ込んだのだ。


「最初は、何が起こったのか全く理解できなかったぜ」


 ブロンコは、目を丸くして当時の様子を語る。


 ヒュドラたちは、首を絡ませてのたうち回り、飛龍たちも制御を失い、次々と墜落していった。その光景は、まさに阿鼻叫喚だったという。


「まさか、魔法効果がかかっているとはいえ酒ごときに、我が軍が壊滅するとは……」


 マイカスの飛龍の将軍は、呆然自失の体で呟いた。


 ドラゴンに騎乗していた騎士たちも、ドラゴンがいなければただの人。彼らは、連合軍の前に、あっという間に蹴散らされ、投降していった。


「こんな結末になるとは……」


 ユバールの使者は、青ざめた顔で呟いた。


 剛を誇ることこそ、強者としてのシンボルであるユバールでは、酒に呑まれるなど言語道断。


「マイカスも地に落ちたものよ……」


 その様子を聞いたユバール元老院たちは、信じられないといった表情で嘆息した。彼らにとって、酒に酔って戦場を混乱させるなど、想像もできないことだった。


「あれほど誇り高き龍騎兵団が、酒ごときに……」


「もはや、マイカスに戦士の誇りなど残っていないのか……」


 元老院たちの嘆きは、止まることを知らなかった。彼らは、マイカスの敗北を、自らの誇りを汚されたかのように感じていた。


「しかし、あの酒……一体、どのような製法で作られているのだ……」


 一人の元老院が、ふと呟いた。その言葉に、他の元老院たちも興味を示した。


「あれほどの効果があるならば、我が軍にも導入すべきではないか?」


「いや、そのような卑怯な手段は、我がユバールの誇りに反する」


「だが、勝利のためならば……」


「どのような酒なのだ?酔うたことないワシは呑んでみたいぞ」


 元老院たちの間で、議論が始まった。彼らは、その酒の力を認めつつも、その使用を巡って意見が対立していた。


 ユバールのプライドが、酒という既存の力に揺さぶられる。そんな光景が、元老院の中に広がっていた。


「……なんにせよ、マイカスとはこれまでのようだな」


 常勝を誇っていたマイカス本国は、まさかの敗北に早々と撤退し、ユバールも連合を解消せざるを得なかった。



 歴史的な勝利は、双方に死者を出すことなく、あっけなく終わった。


「まさか、コンビニの酒が被害を最小限に抑えるとはな……」


 僕は、信じられない気持ちで呟いた。

 物は使いよう、とはよく言ったものだ。まさか、こんな形で異世界の戦争終結に貢献することになるとは、夢にも思わなかった。

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