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12/22

本社にできた味方

 横山は、まさしくヒーローと握手する少年のように、いや、憧れのアイドルにデレデレするオタクそのものだった。ペコペコと何度も頭を下げ、興奮した面持ちでライリーの手を握りしめている。その様子に、ライリーは困惑したような、気まずそうな表情を浮かべている。一方の僕は、あまりの変わり身に、ただただポカンと口を開けて見ているしかなかった。

 握手を終えると、横山は堰を切ったように、ライリーたちに質問攻めを始めた。今までのクールで寡黙な態度はどこへやら、「魔法は本当に使えるんですか!?」「やはり魔獣と戦う日々を送られているのですか!?」「ダンジョンは実在するんですか!?」と、目をキラキラと輝かせながら矢継ぎ早に問いかける。僕が数日かけてようやく彼らの存在を信じられるようになったというのに、横山はまるでファンタジーの世界が現実になったかのように、あっさりと受け入れている。間違いない。彼は筋金入りのファンタジー好きだ。


 僕は、そんな熱狂する横山と、若干引き気味のライリーたちを横目に、いつものコンビニ業務に戻った。在庫をチェックし、商品を陳列する。ただ、その間、胸の奥に引っかかるような、モヤモヤした感情が湧き上がってくるのに気づいた。なんだろう、この言いようのない気持ちは……。


 もしかして、僕は横山に嫉妬しているのかもしれない。あんなに 軽々と、楽しそうに異世界人と交流する横山に。今まで、この不思議な体験は僕だけのものだと思っていたのに。そんな、拗ねている自分に気づき、僕は戸惑いを覚えた。



 熱烈な横山の質問攻勢から逃れるように、ライリーが一人、僕の元へやってきた。


「カツヤ、手伝うぜ」


 そう言って、彼はいつものように、店の清掃を手伝い始めた。僕は、ライリーはあれだけよく話しかけてくるから、筋金入りの話好きだと思っていたんだけど。


「俺はな、話すのは大好きなんだが、質問攻めは好きじゃないんだ」


 僕の顔を若干覗き込み、僕が何を考えているのか察したように、ライリーは苦笑しながらそう言った。今は、ブロンコが横山の話し相手になっている。どうやら、自分たちの武勇伝のようなものを、身振り手振りを交えながら熱心に語っているようだ。


 さっきまで拗ねていた感情は、ライリーの言葉でどこかに吹き飛んでしまった。僕はいつものように、ライリーの話に耳を傾けた。「へえ」「すごいですね」と相槌を打ちながら。多分、いつものよりも、少しだけ楽しそうな声が出ていたかもしれない。異世界から来た英雄も、質問攻めには困るんだな、と思うと、なんだか親近感が湧いてきた。



 2時間ほどが過ぎただろうか。横山はすっかり彼らの虜になっていた。まるで有能な秘書のように、グウィンドールの求める商品を的確に探し出し、時には戦略について熱心に議論まで交わしている。数日前までの生真面目なビジネスマンの面影はどこにもなく、その変わり身に、僕は笑いを堪えるのに苦労した。


 その様子に気づいたライリーが、「どうした、何か面白いものでも見たのか」とニヤニヤしながら聞いてきたので、僕は横山の普段のクールな態度と、今の熱狂的な様子のギャップを説明してやった。


「いやいや、やめてよ川西くん」


 横山は肩を揺らしながら弁解するような仕草を見せるものの、その表情は終始楽しそうだ。


 彼らの買い物が終わり、レジで会計を済ませた。異世界の古銭が僕の手に触れた瞬間、いつものように一瞬で日本円に変わると、横山は残念そうな顔をした。異世界の通貨を手に入れられなかったのが辛かったのだろう。


「あの、最後に、写真をお願いしてもよろしいでしょうか!」


 会計が終わると、横山はスマホを取り出して、興奮した声で言った。そういえば、僕は彼らと一枚も写真を撮ったことがなかった。撮ろうという発想すらなかった。


 スマホのカメラ機能や撮影方法などを簡単に説明すると、ライリーは豪快に笑って言った。「おお、いいぜ!」そして、僕と横山の肩に腕を回し、ブロンコにスマホを渡して何枚か写真を撮ってもらった。横山は感極まった様子で、「もっと撮ってもよろしいでしょうか!」と、僕も含めたスリーショットや、ライリーたちだけの写真など、何枚も何枚もシャッターを切っていた。その顔は、本当に嬉しそうで、まるで夢が叶った少年のよう。


 横山の夢のような時間は、あっという間に過ぎ去ってしまった。名残惜しそうに「え、もう行かれるのですか」と呟く横山に、僕は心の中で「そりゃそうだ、ここはコンビニですよ」とツッコミを入れた。


「じゃあな、カツヤ、ヨコヤマ。またな」


 ライリーたちは、いつものように霧の中へと消えていった。横山の異世界交流は、短いながらも、彼にとっては忘れられない体験になったことだろう。


 しかし、この異世界の現象を本社に持ち帰ったところで、まともな対応ができるとは思えない。僕は、横山に声をかけた。


「あの、僕の時間だけ売り上げが上がる意味、わかっていただけました?」


 少し呆けた顔になった横山は、遠い目をしながら言った。


「ああ、これは……人に話しても、理解してもらえないね……」


「多分、なぜだかわからないんですが、僕のいる時間にのみ起こる現象でして、本社でも対応なんて……」


 僕は、曖昧な言葉で濁した。横山も、この現象が常識では考えられないことだと理解したのだろう。それ以上、何も言わずに、ただ静かに頷いていた。



 そこから数時間、勤務時間が終わるまで、僕はいつものように淡々と業務をこなした。あの真面目な横山も、あの異世界の光景を目の当たりにした後だからだろうか、普段では考えられないようなミスを連発していた。僕は彼をバックヤードの休憩スペースに座らせ、休ませることにした。まあ、あれが普通の反応だろう。


 しかし、あの異世界の現象が、僕だけの体験ではなくなってしまった。今まで、あれは僕だけの特別な時間だと思っていただけに、落胆した気分になる。


「はぁ……」


 知らないうちに、僕は深いため息をついていた。



 朝になり、交代の時間になった。横山は今日で本社に戻るため、しばらく顔を合わせることもないだろう。ようやく肩の荷が下りる、と思った矢先、横山が声をかけてきた。


「あの、よかったら僕とLIMEを交換してくれないかな」


「え?ああ、いいですけど……」


 予想外の申し出に、僕は戸惑いながらも頷いた。


「これから何かあった時、僕も力になれるかもしれないし……よかったら、よかったらでいいんだけど、たまに彼らのこととか教えてくれないかな」


 よっぽどライリーたちを気に入ったらしい。その熱意に、僕は驚きつつも、本社に彼らのことを理解してくれる知人ができたことに、心強さを感じた。



「そういえば、ライリーたちが来た時、何か言ってましたよね。『シグルス』とかって……何ですか?」


 僕は、ずっと気になっていたことを横山に尋ねてみた。


 すると、彼は一瞬ドキッとしたように目を丸くし、照れくさそうに言った。


「ああ、それは……僕が作ったファンタジーゲームのキャラクターで、リザードマンの戦士なんだ……」


 そう言って、彼はスマホの画面を見せてくれた。そこには、確かにライリーによく似た、トカゲ人間のフィギュアが映っていた。


「このゲーム、戦略とか自由にできるゲームで、移動中とか、これのことばっかり考えてるんだ。深夜作業している時なんか、一番思案に耽ってるかもね」


 彼は、はにかんだ笑顔でそう言った。


 そうか。作業中は、ずっと精密機械のように真面目でとっつきにくい人だと思っていたけれど、ただ単に、自分の好きな世界に浸っていただけも妄想好きファンタジーオタクだったんだ。僕は、彼の見た目だけで、どんな人間かを決めつけていた自分を恥じた。

 今まで僕の敵、つまり刺客みたいに思えた彼は、今や僕の味方になった漫画のライバルキャラのようだ。これから、彼とどんな関係を築いていくことになるのだろう。

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