斉藤さん(25歳・独身・♂)
俺の名前は斎藤 匡。25歳。独身。
大学は、札幌の某経済学部。入ってみたらなんか違うなって思って中退。
そのまま地元に舞い戻って、実家暮らしを満喫している。
別に、これといってやりたいこともない。
ただ、欲しいゲームソフトとか、気になる小説を気兼ねなく買うためだけに、地元のガス会社とコンビニで適当にバイトを掛け持ちしている。
そんな俺には、どこか他人事とは思えない、やる気のない後輩がいる。
カツヤ君だ。
俺と同じ高校の出身で、バイトに入った理由も「特にやりたいことがないから」と、これまた俺とそっくり。
週末の忙しい時間帯に、たまに同じシフトに入るんだけど、初めて会った時から、なんだか他人とは思えなかった。
まるで、もう一人、やる気のない弟ができたみたいで、妙に嬉しかったんだ。
死んだ魚みたいな、あの虚無的な表情を見ていると、なぜか俺までホッとするというか、安心できたんだよな。
それが、今年に入ってからどうも様子がおかしい。
コンビニの売り上げデータを見てみると、カツヤ君が一人で店番をしている時だけ、不自然なほどグンと数字が跳ね上がっていることがあるんだ。
なんだろう、近所の暴走族が毎晩集団で買いに来ているとか、そういうことなのかな?
理由も分からず売り上げが上がっているのは、ちょっと心配になる。
まさか、何か変なことに巻き込まれていないだろうか。あの、いつもぼんやりしているカツヤ君のことだから……。
ある日、シフトが一緒になった時、思い切ってカツヤ君に話しかけてみた。
「なんかさ、最近カツヤ君が一人で店番してる時、結構忙しそうだよね。大丈夫なの?」
普段、後輩の心配なんて柄じゃないんだけど、ちょっとだけ先輩らしい気遣いを見せてみたつもりだ。
「別に……いつもと変わらないですよ」
案の定、カツヤ君はいつものように、気のない返事をする。
「そうだ」
と、そこで言葉を区切って、カツヤ君が聞いてきた。
「最近、なんか変わったお客さん来てませんか? 結構な量の食料品とか、まとめて買っていくような……」
やっぱりな。勘がそう言っている。きっと、何か普通じゃない客が来ているんだ。俺は少しだけ探るように、言葉を選んで続けた。
「うーん、そんな人はいなかったと思うけどな。いつも通りだよ。深夜に来るのは、走り屋のおっちゃんとか、長距離トラックの運ちゃんと、たまに朝帰りの兄さんくらいかな」
さあ、カツヤ君。何か困ったことがあったら、兄さん(みたいなもん)に相談してみろよ。内心、少しだけワクワクしながら、そう問いかけてみたんだけど、カツヤ君の返事は予想外のものだった。
「そう……ですか。なるほど」
彼はそう呟くと、それ以上何も言わずに、別の作業に戻ってしまった。え、終わり?なんだか、ツッコミ待ちでスカされた、間の悪いボケ芸人みたいに、俺は一人でソワソワしてしまった。一体、あの売り上げの急増は何なんだ?ますます謎は深まるばかりだ。
少し霧の出ていた休日の深夜。どうしてもカツヤ君のことが気になって、店まで足を運んでみた。
「いらっしゃいませ!」
店に入ると、聞き慣れない、やけに張りがあり、活気のある声が響き、バックヤードからカツヤ君が元気に飛び出してきた。そして、何よりも驚いたのは、彼の表情だった。いつもは死んだ魚のような、生気のない目をしているはずなのに、その瞳にはっきりと強い光が宿っている。まるで、別人のようだ。
「おっす」
俺が適当に声をかけると、カツヤ君は一瞬、目を丸くしてこちらを見た。そして、俺を認識した途端、あの見慣れた、覇気のない表情に戻った。
「ああ、どうも。お疲れ様です」
どうやら、彼は俺が来るのを期待していたわけではなかったらしい。少し、がっかりしたような顔をしている。その様子を見て、俺は確信した。カツヤ君に、何か夢中になれるものができたんだ。深夜帯ならではの、気の合う常連客でもできたんだろうか。それにしても、今の彼は、まるで仕事に情熱を燃やすプロフェッショナルのように見える。俺とは大違いだ。
変わりゆく後輩の姿に、なぜか胸の奥に小さな寂しさが湧き上がってきた。適当に缶コーヒーと雑誌を手に取り、会計を済ませて店を出る。帰り道、ふと、自分がカツヤ君のことを、どこか見下していたことに気づいた。自分より下にいる人間がいる、という事実に、無意識のうちに安心していたのかもしれない。そんな俗っぽい自分が、なんだか少し恥ずかしくなった。
今度、カツヤ君を遊びにでも誘ってみようかな……。最近の彼の変化について、もっと話を聞いてみたい。ただ、熱心に誘ったら、パワハラとか言われちゃうかな。まあ、それもそれで無気力な彼に言われるのなら面白いかもしれない。そんなことを考えながら、帰宅するのだった。