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王家主催、婚約破棄会場

作者: 江入 杏

「えー、皆様本日はお集まり頂きましてありがとうございます、もないか……今日の申し込み何組だ? うわ、そんなにいるのか。迷惑な奴らだな」

「……あの、宰相様。いくらなんでもぶっちゃけ過ぎやしませんか?」

 隣に立つ宰相補佐官が苦笑いしながら溢している。しかし補佐官もそれ以上諌めてこないので内心では同意なのだろう。


 婚約破棄。

 常識的に考えれば起こるべきではない出来事が何故頻発するようになってしまったのか。

 それはかつてナローウ王国という遠く離れた国から突如として流行りだしたものであった。それがやけに綺麗過ぎる美談の恋物語だったり、お貴族様のみならず平民に対しての教訓的な寓話だったりと、様々な形で広められ何処の国でも知らぬ者はいないというくらいまで広まった。

 その結果、良い方の話を真に受けた脳味噌の足りない愚か者共がこぞって真似するようになり、貴族平民問わず其処彼処で起こるようになってしまった。そうして政治的混乱やら内乱やら何やらが引き起こされ、あわや国家滅亡の危機とまでなりかけた国がいくつもある。

 ちなみに発端の国はとっくの昔に滅んでいる。その時点でお察しなのだが。

 そういった訳で、ここトアル国にも婚約破棄ブームの波が押し寄せてきていた。主に貴族達の間で。平民達の間に流行らなかったのは不幸中の幸いか、九死に一生を得ると言うべきか。とにかくそんなウカレポンチ共の巣窟となってしまった状況に国の中枢を担う宰相的には胃痛と心労がマッハである。冗談ではない。

 その後始末やら何やらで駆けずり回りこの度二十徹目を更新した王と宰相の元に、同じくげっそりとやつれ虚ろな目をする王妃がやってきて死にそうな声で絞り出した。馬鹿息子がやらかすらしい、と。

 二十徹目のまともな思考回路ではない宰相と王は暫く馬鹿のように笑い合い、それに王妃もつられ、官僚や臣下たちも加わり、暫し王城内はとても賑やかになった。

 王城の外にある軍の訓練場で鍛錬していた筋肉馬鹿ではあるがまともな三男エイダン王子にもその笑い声が耳に届き、何やら城の皆が楽しそうで結構結構! と剣を打ち合いながら騎士達と爽やかに笑い合った。城の中で笑い合う者達の目は全く笑っていなかったのだが。

 そして一頻り笑った後、据わった目で誰ともなく言った。もういっそのこと王家主催で婚約破棄が出来る会場を用意しよう、と。

 残念ながらその場所にそれを止められるほどの冷静な思考を持つ者は一人もいなかった。

 そして冒頭に至る。

 あれから吹っ切れた宰相は家に帰って飯を食べてぐっすり寝たので思考はとてもクリーン。宰相的にもオールオッケーである。

 勢いのまま作られた突っ込みどころ満載な企画書はそのまま王家主導でゴリ押した。というか馬鹿な貴族達の尻拭いに疲れたまともな貴族達は誰一人反対することなく、あっという間に婚約破棄の会場が整えられた。もう頼むから人の家のパーティーで他所の家のモンが場を乱してくれるな、という殺意が垣間見える。

 もう本当に婚約破棄は迷惑でしかなかった。百害あって一利なしとはまさにこの事。せっかく開かれた目出度く楽しいパーリナイの最中大声で婚約破棄を騒ぐ輩の多いこと多いこと。ざまあされようが何をしようがその後のどうすんのこれ? という地獄のような空気に何度パーティーを台無しにされたことか。

 それが王家主催のものならまだ良かった。いや全然良くはないが。しかしそれが個人主催のものだったらその瞬間地獄絵図だ。自分の資産でコツコツせっせと費用を捻出して様々な手配をして時間をかけ万全の状態で開催したにも関わらず、一人の馬鹿のせいで全ておじゃんになるのは中々に惨い。騒ぎを起こした輩の家がその費用を補填して誠心誠意謝罪すればまだマシだが、そういうことをしでかす輩の家がまともなことはそうそうない。仮にまともでも低位の家だと資産が足りず結局全額取り戻すことも難しい。なので大半が泣き寝入りするしかないのだ。

 余談だが、パーティーの準備を全て代行してくれる業者やそれにかかる費用を月極だが金を払えば万が一何かあった時に何割か補償してくれる金貸し屋が現れ、かなりの利益を叩き出すのだがそれについては割愛。

 そんな訳でまともな王家や貴族達の元、にこにこと見守られながら王家主催の婚約破棄会場が開かれたのである。ちなみに取り仕切る側は口元こそ笑っているが目は一切笑っていない。

 もう人の家で勝手に騒ぎを起こされるくらいなら王家公認で専用の場所を用意しましょう! というやけくそじみた開催である。まあその王家の馬鹿息子もこれからやらかす予定なので他国の人がいない場所で内々に処理してしまおうという魂胆も兼ねている。

「先に言っておきますが、この会場内で起きた婚約破棄は正当性があれば王家が認めます。両家同意の場合は婚約解消とします。片方の家が解消もしくは破棄を希望する場合は証拠の提示をして頂き、正当性があると判断されたら承認します。ただしそれは決定的な証拠があった場合のみです。証言者もおらず、当人の発言のみの告発は証拠として認められません。更に、婚約の解消もしくは破棄が成立してもどちらが有責であるかは王家が決めます。ですので申し立てた側が相手の有責を求めても、証拠によっては申し立てた側の有責となる場合もあります。その旨承知の上婚約破棄を行って下さい。はい、えー、では一組目、アルヴァンス侯爵家とトアル王室ガランド家の婚約破棄申し立てについて。では質疑応答に入ります。まずは申し立て側のライアン王子、どうぞ」

 ざわっ、と会場内の空気がどよめく。国のトップに君臨するロイヤルファミリー同士の婚約破棄だ。いくらなんでも初手からクライマックス過ぎない? という雰囲気である。

 そして呼ばれた馬鹿の方の息子である五男のライアンは、何故そこまで自信満々なのかと尋ねたくなるほどのドヤ顔で進み出た。傍らにはこれでもかというくらいのフリル三昧なドレスを着たブリブリの美少女を連れている。あっ……という空気にこの時点で誰もが察した。この婚約破棄の顛末を。


「……はい、ではこの婚約破棄はトアル王室ガランド家ライアン王子側の有責となります。では続きまして、有責となったライアン王子とエディング男爵家エミリー嬢からアルヴァンス侯爵家オリビア嬢への慰謝料及び賠償金の支払い計画についてですがーー」

「ふざけるな、こんな結果認められるか! この婚約破棄は無効だ!」

「そうよっ、私達の真実の愛があんな女の証拠に負けるはずないわ!」

「出たな、真実の愛。ははっ、ウケ狙いか?」

「宰相様、気持ちは分かりますがそんな言い方は可哀想ですよ」

 もはや可笑しいのを隠そうともしないのか、宰相は二人を指差してゲラゲラと笑っている。そしてライアンの生みの親である王と王妃はといえば、親子の情すら捨てたような絶対零度の瞳で息子を見ていた。あ、これライアン王子終わったなと思わせるには十分だろう。

「宰相、もういい。これ以上は時間の無駄だ。それに支払い計画まで話し合っては他の者達を待たせる時間も延びる。侯爵、話し合いは後で構わないだろうか?」

「ええ、構いません。陛下、それでは後ほど」

「そんなっ、父上!」

「公の場では陛下と呼べと言ったはずだ。おいエイダン、いるか!」

「はっ! 陛下、こちらに!」

 颯爽と会場に入ってきたのはまともな方の息子である三男エイダンだった。兄の登場に救いの手だと思ったのか、やはり父上はなんだかんだ言いながら助けてくれるとホッとしたのも束の間、後ろ手に拘束され目を白黒させる。

「ちょっ、兄上!?」

「悪いなライアン、ここで暴れられてオリビア嬢に危害を加えられては敵わん。おい、暴れると更に痛むぞ」

「あっ、痛! 凄い! 人の体ってこんなになるんだ! いや言ってる場合か! いや痛っ! いだだだだっ!」

「凄いなライアン王子。腕があんなことになっても割と元気そうだぞ」

「宰相様、今真面目な所ですから」

 兄弟二人の全く微笑ましくない触れ合いを前に宰相は感心したように頷いている。補佐官は諌めるがそれ以上何も言わないのでやはり同意なのだろう。

 傍らの残念美少女エミリーはといえば、場の不利を悟って逃げ出そうとしたがすぐさま女騎士によって取り押さえられていた。触るならせめてイケメン騎士にしてよ! と叫ぶ辺り大分強かだ。

 二人分の叫び声で騒がしいが、それに構わず宰相は二組目の家を呼び出す。呼ばれた両家はおずおずと前に出てくるが、未だ取り押さえられている二人をちらちらと不安そうに見ている。

「あ、兄上だって男なら分かるでしょう!? 愛する女性と共に生きたいと思う気持ちが!」

「いや、全く分からんな。低位の貴族や平民ならそういう道も許されるかもしれないが、俺達は王族だ。そんな個人の気持ちで勝手に生きていい訳じゃない。国のために結婚しろと言われたら俺は従う」

「ですが、真実の愛なんです!」

「だから何だ。真実の愛の前では全てが許されるというのか? もう一度言うが俺達は王族だ。国を纏めるべき存在がそんな横暴は許されない。それを許してしまえば秩序が崩壊し、国が終わるからだ。なんだ、まだ納得いかない顔だな。では例え話をしよう。妹のエマがオリビア嬢と同じ目に遭ったらどう思う?」

「……エマが?」

「そうだ、エマは他国の王家に嫁ぐことが決まっている。今のところ相手とは文通を交わし仲も良好だ。しかしこの先、相手が真実の愛を見つけたと言って一方的に婚約破棄を突きつけてきたらどう思う? お前はそれを認めるのか? 真実の愛なら仕方ない、許してやれと悲しみにくれる妹に言うのか?」

「……言え、ません」

「だろうな。そしてお前はそれをオリビア嬢にやったんだ。分かるか? お前自身が許せないと言ったことをお前は許せと相手に言ったんだ」

「…………」

「自分の愛は違うなどと言ってくれるなよ、俺はこれ以上お前に失望したくない。いいか、この場を用意したのは父上と母上のせめてもの温情だ。予め相手側に通達し、納得した上でこの場に来てもらっている。今以上に大事になり、お前にとって最悪の事態にならないようにな」

「……はい」

 いえ、犠牲を最小限にして馬鹿やらかした息子を切り捨てるためですよ。

 とは流石に宰相も言えなかった。空気を読んだのだ。

 それにしても深読みが凄い。多分二人共そこまで考えてないと思う。ちらりと二人を見ると、神妙な顔をして頷いているが内心そこまで考えてなかったと思っているはずだ。

 まあ二十徹もすればそうなっても仕方ない。疲労度がマックス超えてデッドラインの時にトドメを刺しにくるようなことがあれば怒髪天を衝くというものだ。自分でも息子を切り捨てる方向にシフトするだろう。幸いというべきか、宰相の子は男女ともにまともなのでその心配も無いのだが。しかし絶対もないのがこの世の常だ。もし万が一しでかすなら……言うまでもない。

 宰相が冷酷なことを考えていた時、子ども達は同時にぞくりと背中に悪寒が走った。なんだか今以上に婚約者を大事にしないといけない気がする、と全員が思ったらしい。

 ライアンが漸く己のしでかしたことを理解し、大人しく兄に回収された後も婚約破棄は続く。とは言え、この頃には自分にとって都合好く婚約破棄出来ると思い喜々としてやって来た者達もあれ、なんだか自分の思い描いていたものと違うぞ? と気付き旗色が悪い。

 先程の容赦のない断罪はいわば見せしめだ。あれと同じようなことをするなら国は遠慮なく切り捨てるぞ、というメッセージなのだ。

 勿論、自分よりも上の爵位の者から結ばれた理不尽な婚約や、横入りするように相手から結んできたにも関わらず不当に婚約者を冷遇する婚約の申し立てにはしっかりと対応する。正しい者には救済を、愚か者には鉄槌を。それが開催のモットーである。


 さて、本日申し込まれた分の婚約破棄も終幕と言った所。初手からクライマックスだっただけあり、順番が進むにつれこの場を都合よく考えていた愚かな貴族達も萎んだスフレの如く小さくなっている。

 不様な醜態を晒し、宰相からの容赦のない指摘と周囲からの吊し上げに遭えばそうもなる。今代のやらかしのせいで、この先その貴族は数代先までそのやらかしを語り継がれることだろう。当面は外に出ることすらままならないかもしれない。

 晴れやかな顔で会場を後にした者、一気に老け込んだ顔で会場を去る者、会場から出てくる貴族達の姿は悲喜こもごもであった。

 婚約破棄会場の実態を聞きつけた愚かな貴族達は恐れをなし、慌ててキャンセルの連絡を入れるもなんとキャンセル不可を突きつけられる。もしも当日バックレた場合は例え相手不在だろうと問答無用で質疑応答をすると告げられ、泣く泣く会場に向かう者ばかりだったという。

 こうして王家主催による婚約破棄会場は恙無く終わりを迎えたのである。この出来事はある意味伝説となり、以降婚約破棄を起こそうと考える者が出た時は家族や親族から全力で止められたとか。

 そしてこの噂を聞いた他国もこの婚約破棄会場を真似することにより、理不尽な婚約破棄はぐっと減少したという。


「やっぱり司法と権力って偉大だよなぁ。もっと早くこうすりゃ良かった」

「宰相様、本音が出てますよ」

 書類を眺めながら満面の笑みで言い放つ宰相に、補佐官は思わず吹き出しながら返すのであった。

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[良い点] テンポと言葉のチョイスがお見事ですと言うしかありません。めっちゃ楽しかったです。 宰相的にもオール☆オッケー!!!٩( •̀ω•́ )ﻭ [一言] うっかりほうじ茶吹きました有難う御座いま…
[一言] 面白かったですが、20徹は流石に死んじゃうから止めてあげて!
[一言] キャンセル不可は思わず吹き出してしまった。
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