夢現の書架
「ようこそ、夢現の書架へ」
巨大な部屋の壁を覆いつくすように並べられた本棚とそれらに隙間なく収納された数えきれない数の本。
天井は確認出来ない程に高く、本棚と本だけが天に向かって伸びている様子はまるで神の怒りを買って崩れた塔。
部屋の中心にいる男が話し掛けている相手の姿が見えない。
一見すると男が独り言を言っているだけのようにも見えるが、その話しぶりを見るに目には見えない客に応対しているようだ。
「ここは夢現の書架、文字通り夢と現の境界に存在する場所。この書架にはありとあらゆる物語が収められてています」
そう言って男は手元にある本を一冊開いた。
「これは『ギルガメシュ叙事詩』、古代メソポタミアで執筆された人類最古の文学作品とされるものです。メソポタミアの伝説的な王ギルガメシュを巡る物語です」
「しかしこの作品はあくまで最古の文学作品です。この書架に収められているものは必ずしも本の形を為したものだけではありません」
「先にも申し上げたように、この書架に収められているものは”物語”。それは本としての形はなくとも、人が言葉を得た瞬間から現在、いや未来に至るまで紡がれ続けるものです。つまりこの書架には本は勿論、書き捨てられた雑書きから果ては形のない思考に至るまでの全てが収められているのです」
「言ってしまえば、この書架は人類の歴史そのもの。過去から未来に至るまでのあらゆる事象を説明した言葉を内包しています」
ある時に脳内に浮かんでは消えていった話。
言葉にすることの出来なかった感情を内に抱えた話。
科学的な事実に関する話。
旅先で出会った人物を「先生」と師事する話。
過去の戦争で差別を受けた人物が己の生い立ちを隠し成りあがる話。
神への信仰と無信仰、人間の欲望を描いた話。
奴隷が帝国の玉座を獲得するまで話。
戦場で死した戦士が己の死に気が付かずに戦い続ける話。
とある国に生まれた兄弟による骨肉の争いを描いた話。
社会的弱者の立場にある男性又は女性が、強者の立場にある男性又は女性を結ばれる話。
愛を誓い合った二人の前に第三者が現れ、その中が引き裂かれる話。
小説の登場人物に転生し、破滅を逃れようと奮闘する話。
異世界へと渡った人物がそこで神から授かった力を以って世界を救う話。
周囲の人物の無知によって、不当な扱いを受けたことに不満を抱き復讐する話。
「全ての物語に貴賤はありません。それぞれに良さがある」
「お客様はどのような”物語”をお求めでしょうか?」