旅立ち(泣)
(20年ぶりくらいに天界に帰ってみたら、なんか色々状況かかわっておってのぉ。お主も場合によって『シャバい』かもしれんから、取り敢えず『20日以内にレッサードラゴンかヒルジャイアントくらいはソロでぶっ飛ばせるように』なっておくんじゃぞ? それじゃ、我は20年ぶりに彼女とデートに行ってくるからの!)
(ちょっとぉ~っ、ポポクレスくん、まだぁ? 映えるレストラン予約したってホントぉ?)
(もう映えまくりぃーっ! すぐ行くよぉ~。デヘヘっ、それじゃあ頑張るんじゃぞっ? 我が頼もしき使徒よっ!)
(・・・)
ポポクレス神様の野郎はっ、そう一方的にテレパシーを送ってきて、それきり通話が途絶えてしまいました。
ぐぅ~っ、なんなんですかっ! 場合によってシャバい?? 使徒? 意味がわかりません!
頭にきましたが、見通しの悪い草地の側、それも魔物の肉片が撒き散らされた(グロいっ)状況でモタモタしていられません。
私はクレリックワンドとバスケットだけはなんとか拾って魔除けの利いた野外道に戻り、この状態で(袖無し帽子無し、土と草まみれ!)村に戻れやしないのでっ。結局、神父様のお家に向かうことにしました。
はぁ~、胃が痛いです・・
神父様は私の4代前にトルチャ村の教会に赴任されていた方で、今は還俗されて、画家をしてらっしゃる奥様とトルチャ村から少し離れた森の中にお家を建てられて、主に『主夫業』をされたり、たまに村の教会や治療院の補助をされたり、各所の魔除けの補修をされたりしておられます。
中々良いお年になってから誕生された、お子様2人が可愛くてしょうがないようですね。
本来なら、そんなアットホームな先輩のお家でのんびり御茶会を開きつつ、色々教会運営の相談でもしようかと思っていたのですが・・
「え~と、シスター・レルク。もう一度言ってもらえますか?」
お家の居間で話を聞いて下さった、下のお子様を抱えた黒い肌の神父様は困惑しきりでした。ですよね・・
「ですからっ!」
私は改めて必死で! 涙ながらに状況を説明しましたっ。神父様はどうにか状況を理解して頂き、さらに神父様が抱えていらしたお子様には私が泣いているのを哀れに思われ、飴を1つくれました。
苺練乳味っ、沁みる! ありがとうぅ~
「・・ライトサーチ」
神父様は光の探知魔法で私の状態を確認してくれました。
「ふ~ん? 確かに両腕と貴女の魂に神力が宿っていますね。レベルやステータスもかなり上がっている感じだ、この気配・・明らかに『前衛職』の力。レスラー・スキルを得た、というのも本当でしょうね」
「どうしたらいいんでしょう? 20日以内にドラゴン倒せとかジャイアント倒せ、とかムチャ振りされているのですが」
「私も存じ上げない神様ではありますが、神族の方々は気まぐれでいらっしゃる。しかし『啓示』は人間の言葉よりも重く、運命にすら干渉する、あるいは運命を見越して仰られている、と考えた方がよいでしょう。聖職者が啓示を軽んじ、それで無事に済んだ方を少なくとも私は1人も知りません」
「ええ・・」
ドン引きですよっ。あんなユルい感じだったのに!
「まずはギルドや聖教会の支部のある規模の街でステータス鑑定を受け、直接話を通すべきでしょう。本来ならトルチャ村で近くの支部から人が来るのを待ってもいいくらいですが、期限がかなり差し迫っているようです。後処理等は一先ず私がしておきますから、シスター・レルク。貴女はすぐにでも出立した方が良いでしょう」
「すぐにですかっ?」
「可哀想~」
「もう行っちゃうの?」
何事かと作画の作業を中断して様子を見にいらっしゃった奥様が、ココアを淹れて下さっていました。
お子様お二人はお菓子タイムに入られていて、マラサダ(小さな発酵ドーナッツです)をまくまく食べていらっしゃいます。
奥様はソファにも座らず、心配そうにこちらを見てくれていました。
「貴方、それなら装備等を」
「ああ、そうだね。シスター・レルク。冒険とは不思議な物です。私も教練以上は冒険者活動をするつもりはまるで無かったのですが、20代前半は成り行きで冒険者稼業をしていました」
目を細める神父様。
「思えば、それは私の半生の『背骨』になっていたように思います。貴女の場合、少々風変わりなことになってしまったけど、これも、『神の思し召し』ではないでしょうか?」
神父様は苦笑気味ではありましたが、そう言って下さいました。
思し召し、というより『神力の当たり屋』って感じでしたけど!
・・神父様はてっきり僧侶職だと思っていたのですが、実は武僧職で、自分が若い頃に使っていたモンクの装束を『家事・スキル』であっという間に手直しして、私に譲って下さいました(さすがプロ主夫!)。私は、
武僧の帽子、武僧の服、武僧の靴、魔除けのマント(フード付き)を装備しました。
もはや、誰が見ても『やや古い型の装備をした武者修行中のモンク少女』です。トホホ・・
「両腕は神力の技ですぐ弾けてしまうだろうし、ちょっと信じられない程に頑丈になってるようだから、包帯をその都度巻けばいいでしょう。収納ポーチの中身や、お金は大丈夫ですね?」
「はい。唐突だったのに、何から何まで、ありがとうございました」
これまで使っていた多くの物を出し入れできる魔法道具、収納ポーチは聖教会からの借り物でした。今、身に付けているのはこれも神父様が若い頃に使われていた物です。
旅費もポケットマネーは総額がショボいこともあって全額持ち歩いていましたが、ちょっと足りないので、持ち道具等に合わせていくらか工面して頂きました。
私はお家の前で深々、見送りに来て頂いた神父様方に頭を下げるしかないです。
「トルチャ村の水晶通信で、聖教会と冒険者ギルドには知らせておきます。ここは田舎だから取り敢えず、魔除けの安全地帯を経由して中間にある村に寄るといいでしょう」
「はい」
「気を付けてね~」
「ばいば~い」
「無理せず日が暮れ切る前に、近い安全地帯を利用してね」
「・・それじゃ!」
さらばっ、神父様御一家! さらばっ、順当な私の教会出世プランっ! よくわかんないけど、これから竜とか巨人とか倒してゆく感じになりましたっ。主に、素手で!
私は自分でもちょっとギョッとする脚力で、走り出しました。
「しゃーっ! んちゃーっ!!」
気合いを入れますが、涙が零れてきちゃいます。
「でいやぁーっ!!!」
歯を食いしばって走ります。負けるもんかっ。あんなっ、『彼女に映えるレストランとか紹介してるヤツにっ』負けるもんかぁーっ!!!
「ポポクレス神様は疫病神ぃーっ!!! 彼女に6股掛けられて貯金全部取られて捨てられちゃえーーーっ!!! バカぁーーっっ!!!!」
私は、うっすらオレンジ掛かってきた空に吠え、林道を走ってゆきました。