VSキラーラビット
何が何やら。小妖精に耳たぶを摘ままれたような気分で、私はバスケットを片付け、一先ず魔除けの利いた野外道に戻って神父様のお家に向かうことにしました。
「なんだったんでしょう? やたらマッスルマッスルと言っていましたが・・というか、現実??」
困惑しながら丘の草地を歩きます。幸い、時間はさほど経っていないようです。行きを早足で歩けば御挨拶を済ませ、十分日が暮れるまでにトルチャ村に帰れるでしょう。
手ぶらで、どう挨拶した物かですが・・
ここで私は迂闊な判断をしてしまったようです。
冒険者ギルドの教練で散々、『野外で予定外に魔除けの安全地帯から離れてしまった時は安全地帯に戻ることを優先すること』と教わっていたのに、野外道に真っ直ぐ戻らず距離を稼ごうと『斜め』に移動した結果、視界の悪い背の高い草地の側を歩く形になってしまいました。
丘陵には高低があるので近付くまで高い草地があるのがわかり難かった!
ヤバいっ。私はクレリックワンドを鞘から抜いて右手に持ちました。野外道は丘の下方に既に見えてはいます。
道、見えてるし、プロテクトやブレッシング等の補助魔法を使うのは大袈裟かな? そう思った矢先でした。
「チィーーッ!!!」
鳴き声自体はちょっと可愛いっ。背の高い草地から、気配を消して潜んでいた猪並みの大きさの兎系の魔物『キラーラビット』が1体、飛び出してきましたっ!
「っ?!」
完全に不意打ちっ。頭突きです! よほど屈強か魔力を漲らせて身を守らない限り、最悪一撃で骨折か脳震盪になる攻撃っ!
この速度の攻撃のわりには『妙に相手の動きがハッキリ見えている』気はしましたが、どちらにせよ私の練度では魔法の発動は間に合わないっ。
私は左手を前に両腕を交差してガードの構えを取りました。最悪左手が骨折しても右手のクレリックワンドを基点に『フォースショット』の魔法をゼロ距離で撃てば痛み分けくらいの状況は作れるはずっ。
ガチンっ!!
「え?」
『鋼鉄』に激突したような音っ!
「チィっ?!」
宙に弾かれるキラーラビットっ。私はわりとなんともない。やんちゃな子供に手鞠か何かを投げ付けられただけ、みたいな??
「??」
私は、ほぼ致命的だったはず頭突きを簡単防げたことに戸惑ってしまいましたが、額から軽く出血したキラーラビットの方は『相手の両腕の辺りが凄く硬い』と素早く判断した顔で、着地と同時に上段後ろ回し蹴りを私の右手首に正確に放ってきました!
本来なら右手骨折確定攻撃っ。しかし、あ痛っ。くらいの軽い衝撃で右腕を払われただけでした。それでも握りの甘かったクレリックワンドは跳ね飛ばされてしまいましたっ。マズいですっ!
「チィっ」
焦った私に低重心のタックルを仕掛けてくるキラーラビット。
「ぐっ」
直撃と同時に身体を捻られ私は引き倒され、バスケットを取り落とし、マウントを取られてしまいましたっ!
タックルの時点で本来肋骨を折られているところでしょうし、倒されて息も詰まるはずですが、なんともありませんっ。なんか、凄く! 私、頑丈になってる??
「チィ~チィチィチィチィチィチィっっ!!!!」
肉球の両手で猛烈なパウンドを連打してくるキラーラビットっ! 私は両手で必死でガードします。僧服の袖が千切れ飛んでゆきますっ。
「ううっ」
私の本来の身体能力からすると、冷静に全魔力を上半身の前面に集中でもさせない限り、あっという間に両腕ごとミンチにされるところでしょう。
実際、キラーラビットは獲物をズタズタにして柔らかくしてから食べる習性を持つ魔物ですっ。
動揺してる私は全然魔力を集中できてない! でも、でもっ。
「・・あれ?」
全然大丈夫です?! 袖はボロボロにされましたが、なんか仔犬が、じゃれ付いてるくらいの感覚です。
どーなってしまったんですか、私は??
混乱していると、
(え~いっ、レルクぅ! 雑魚相手に何をチンタラやっておるんじゃ!)
ポポクレス神様のテレパシーっ!
(ポポクレス神様っ? 夢じゃなかった??)
(飲み込みの悪いヤツじゃのうっ、腹一杯になって、ゆるゆる天界に帰ってから様子を見てみたら、何を野生動物にボコボコにされとるんじゃ? 一周回ってちょっと面白いぞ? へへへっ)
(笑いごとじゃないです! 私、なんでこんなに頑丈なんですかっ?)
(あ~ん? 最強のゴッド・クロスチョップを与えたんじゃ。全くコントロールできておらんでも『ゴッド・クロスチョップを使える身体』にはなっておる。一応、サービスで『重格闘士・スキル』と、他にも相性の良さそうなスペシャルアビリティーをいくつか覚えさせておいたからの)
ゴッド・クロスチョップを使える身体にレスラー・スキルに・・なななっ、
(何してくれてるんですかぁーっ?! デタラメな祖母と伯父を見て、格闘系職にだけは就くまいと心に誓ってきたのにぃっ)
(そんなこと言っておる場合か? ダメージは無くとも、このままだと上半身の服破かれて恥ずかしいことにされてしまいそうじゃぞ?)
「えっ?」
気が付くと両腕の袖は完全に無くなり、肩の生地や僧帽も傷付いてる感じでしたっ。
これから神父様のとこに行くし、村にも帰るのに!
(どうしたらいいんですか? コレっ?)
(力任せで全然イケるがの、折角の初陣! レスラー・スキルを生かすんじゃっ。『ブリッジ』じゃっ)
(ブリッジっ??)
言われただけで、イメージできてしまう自分が怖いですが・・やるしかっ。
「ふんっ!!」
私は腹筋と背筋を利かせ、キラーラビットを跳ね上げました。想定を越えて遥か頭上にっ。
私の身体・・ほんとにレスラーになってる!
「チィ~っ?!」
(今じゃっ、ここで必殺っ!『飛び付きバージョン』のっ、ゴッド・クロスチョップじゃあっ!!)
「しゃーっ! んちゃーっ!!」
寝たまま気合いを入れます! とにかく、このシュールな状況を終わらせなくてはっ!
「ゴッド・クロスチョップ・・」
起き上がりながらっ、両腕を交差させました。全身から燃え上がるような神力が溢れますっ!!
「でぃあーーっっ!!!」
私は地を蹴りっ、草地を割りながらっ、驚愕の表情で落下してくるキラーラビットに向かって飛び付きクロスチョップを放ちました!!
ズバァアアアァッッッ!!!!
粉々に砕け散るキラーラビットっ!!
「ええ~~っっ???!!」
そんなにっ? 昏倒させて懲らしめるとかじゃなくて?? 私はキラーラビットの肉片と血飛沫と共に着地しました。
幸い身に纏った神力のお陰で血塗れになっていませんが・・。
(完勝じゃあっ!! 我の『使徒』最強ぅっ!!! ヒャッハーっ!!!)
天界で大喜びしてるらしいポポクレス神様ですが、
「なんか、色々酷いですっ。僧帽どっか飛んでったし!」
私の輝かしいライフプランが、音を立てて崩れてゆくのが確かに聴こえたのでした・・