鳥葬のオブリメッガ 前編
悪行マッスル神使徒は全78体。この内、最初に復活させたのは36体です。正義マッスル神使徒は全21名で21体の悪行使徒を倒し、残りの15体は控えの使徒36名でなんとか倒せたようです。
残りの使徒は41体。第一段討伐でリザーブの方々は殆んど戦線離脱してしまい、正規の正義マッスル使徒も2名リタイアしてしまったので、ここからは特に慎重な対応が必要になるようです。
第二段討伐まで10日のクールダウン期間が設けられることになり、私は一旦実家に帰ることになりました。
が、しかしっ!
「レルク! 俺の可愛い姪よっ! レスリングは『筋トレ』が基本だぞぉっ!! おりゃーーっ!!!」
「完全同意だねっ! レルク! あたしの愛しい孫よっ! 冒険者は『底力』が基本だよぉっ!! そりゃーーっ!!!」
私が実家に帰ることを聞き付けたレスラー職の冒険者をしている伯父と祖母が駆け付けてきてしまいっ、帰省早々に3人で狭いリビングに並んで延々と腕立て伏せなんかをするハメになってしまいました! 勿論、神力や魔法の使用は禁止ですっ。
「もぅ~っ、ヤダぁっ! 疲れてるのにぃ!!」
半泣きですよ私はっ。
「3人ともウチに庭はないけど、『運動』するなら近所の公園とか行ってくれない?」
看護師をしているお母さんが夜勤に出掛ける前に迷惑顔で言ってきます。
「トレーニングはいいけど、静かにしてくれないか? 原稿詰まってるんだっ」
ちっとも売れない『純文学作家』のお父さんもクレームつけてきますっ。
「部屋が『レスラー臭く』なるからやめてよっ! 嫌いだよっ!!」
思春期で大体いつも怒ってる妹。
「お姉ちゃん、『しつぎょう』したの?」
「失業はしてませんっ!『転職』ですっ! いやむしろ、『副業』ですっ!! 私はまだ僧侶ですからぁーーっっ!!!」
一番下の弟の誤りを訂正しつつ、私はこの日、1日中鍛えまくったのでした・・
天界の天界樹議事堂に再び集まった我ら正義マッスル神は、最初のお気楽ムードから一変! 沈鬱なムードになっていたのじゃっ。
「え~と・・思ったより悪行使徒強くね?」
動揺し過ぎて自分のキャラを忘れ気味なマスクドヒロシ神。
「封印のレベルダウン効果が想定より利いてないな。想定外マッスルっ!」
「あたしの使徒、リタイアしちゃったわ! ショックマッスルっ。上位回復霊薬の追加で2ダース要求するわっ!!」
「だから、他の天界神達にも協力してもらおうって言ったじゃんか? 道理マッスルだぜぇ?」
「ぐっ、しかし・・普段から我々マッスル神は『脳筋バカ』と思われがちっ。今回は『身内の不始末の後処理』であるしっ、難しいのだ! 世知辛マッスルっ!!」
かなり追い込まれた顔のマスクドヒロシ神。うーむ、確かに天界において『ちょっと風当たり強いかな?』と思うこともしばしばあったのう。
「『天界プリズン』に封じた悪行マッスル神の生き残り達も反応して活性化している、バックアップ組はそっちの対応も頼むぞ? 任せたマッスル!」
「え~っ??」
「バックアップ組の方がリスキーだよっ? ワリに合わないマッスルマッスルっ!」
「マッスルマッスルっ」
「マッスル~っっ」
ああ、皆、不平不満が溜まり過ぎて無駄にマッスルマッスル言い出してしまったのじゃ。我らマッスル神は基本、呑気者であるっ。あまり長期の『シリアスターン』には耐えられんじゃろう・・これは、早く解決せねばいかんのっ。
早期解決マッスルっ!!!
クールダウン期間が終わり、すっかりブロッサムの季節の終わった若葉の眩しい大地を飛行テントがやや低空飛行で突っ切ってゆきます。
ベルミッヒさんは新しいゴーレムの調整に追われていますが、私とメハは展開させて敷物の上に座っていました。
「休み、どうだった? 俺は、実家はちょっと顔出しただけで、あとは昔バイトしてたバー手伝ったり訓練場通って終わった」
「私は『実家で訓練させられた』感じです」
「ハイブリッド感あんな」
「ええ・・」
しばらく雑談していましたが、段々仕事モードになってきました。
「次のターゲットは『鳥葬のオブリメッガ』。鳥を操る能力と『フットアイアンクロー』の神力を持つ悪行マッスル使徒!」
「種族は鷲人族。鳥系獣人の中でも上位種だ。『鳥を操る』つーのも、搦め手に使ってきそうだな」
「普通ならそうなんでしょうが、悪行使徒の方々の精神性はよくわからないです。フラットに構えて望んだ方がいい気がします」
「海辺にあったボザ国を『王都ごと鳥葬』して国王と大司教を足で掴み殺した、って話だからな。尋常じゃあないんだろう」
その規模と手段だと、もう弱者をいたぶる、とかそんな思考ですらない気がします。元はこの世界の住人で、家族もいたでしょうし・・怖い、というより、不安になってきます。
人は、そんなにも凶暴になれる物でしょうか?
「お、海が見えてきたぜ?」
海岸線が近付いてきました。オスフェール領の遥か東、大陸の果てまで来てしまいました。途中いくつか利用した転送門の料金だけで、以前の私なら腰を抜かすところですね。
「海、初めて見ます。いつか皆で、『普通の冒険』でまた来たいですね」
「いいな。幽霊船でも退治しちゃおうぜっ? よし、ベルミッヒも呼んでくるか。3号はもう起動切ってるんだっけな?」
メハはテントの中に戻ってゆきました。
私は生っぽい海の匂いのする、途方も無い量の水で埋め尽くされた初めての海を見詰めました。
わずかな瓦礫と、あとはまばらな草木ばかりの旧ボザの王都にテントは着陸しました。外へ出ると先に向けて、導きの光が今回も灯りました。
(周辺住民はもう完全に退避させたのじゃ。能力対策で『鳥』の性質の生き物は全て想定範囲から追っ払っておる。3号も今回はダメじゃぞ?)
(わかってるわ。代わりに誘導爆雷型の簡易ゴーレムを量産したから)
ベルミッヒさんは浮遊する球形の機械のゴーレムを23体引き連れていました。
(風、物理、音波、その他全属性耐性と飛行補助も装備でバッチリだ。いいとこ取りで単純な耐性が半端な分、俺の剣は攻撃力と軽さ重視でミスリル製の+2のヤツにしてる)
(『現地調達』とは別に契約している鳥系の魔物も多数使役するんですよね?)
(うむ、200年の封印でかつて温存しておった3分の1程度に抑えられてはおるが、数百体は出してくるんじゃ! 最初は眷属の頭数を減らさんと、どうにもならんのじゃ!! 鳥葬対策優先マッスルっ!)
「鳥葬・・」
毎回ですが、ヤバそうですっ。私達は導きの光を辿り、空間の歪みを越えた先に現れる封印の遺跡へと入ってゆくのでした。