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マリオネットの初恋

作者: 花都

 わたしの名前はマリアローズ。マスターがくれた名前。

 生まれて初めて見たものは、錦糸みたいな髪をした、お人形みたいな男の人。

「僕の最高傑作だ」って、その人は言った。それから、うんうん言って名前を考えて、わたしをマリアローズって呼んだ。清らかで美しい女性マリアと、花の王様バラの名前をくっつけたんだって。


 マスターはいろんなことを教えてくれた。

 これはバラだよマリアローズ。青く高いあれは空だよ。ねえマリアローズ、僕はとても嬉しいんだ。嬉しいって言うのはね、心臓が高鳴って、喜びが体いっぱいあふれることだよ、って。

 マスターは毎日、朝おきるとわたしにあいさつしてくれる。おはようマリアローズ、今日も君は美しいね、って。それでわたしは鏡を見て、美しいがどういうことか知った。つやつやしたブロンズや、若草みたいなグラスグリーンや、ティーカップみたいな白色が、美しいってことなのでしょう?

 銅貨や、窓わくや、葉っぱ、食器。茶色い木の皮、壁がみ。わたしの周りは、美しいものがたくさん。


 わたしはいつも、わたしだけのいすに座って、マスターのお仕事を眺めているの。糸がからまないようにきれいにして、アンティークのベンチでお澄まししているの。

 でもね、マスターがいれば、バレエだっておどれるのよ。

 わたしがおどると、マスターはたくさん笑うし、たくさんお喋りしてくれるの。あれが「嬉しい」ってことかしら?高鳴る心臓はわたしにはないから、よくわからないわ。

 

 マスターがお話してくれないと、いつもは軽い木の体が、とっても重くなってしまうの。これが「寂しい」ってことかしら?流れる涙もわたしにはないから、よくわからないの。

 

 マスターはわたしに向かって、たくさん話したり、泣いたり、笑ったりしてくれる。笑顔にも、泣き顔にも、よく見るとちがいがあるのね。「嬉しい」とか、「悲しい」みたいに、ひとつひとつ名前がある理由もすこしわかるわ。

 あいかわらず、わたしの体はただの木で、心臓も、涙も、お話する口もないけれどね。


 マスターはわたしに朝のあいさつをして、トーストをやいて、コーヒーをいれるの。ティータイムには紅茶をいれて、素敵なお菓子をならべるわ。

 焼けたパンも、あついコーヒーも、みんなとってもいいにおいだそうよ。わたしには、わからないけれどね。

 

 マスターはいいなあ。いいにおいもわかるし、お話することも、ひとりで動くこともできるのだもの。わたしとお話するだけで、とっても嬉しそうに心臓を高鳴らせて、こどもみたいに笑うのよ。

 

 わたしには、できっこないものばかりだわ。

 でも、いつかできるようになるかしら。マスターもむかしは、わたしみたいなお人形だったのかなあ。たくさん泣いたり、笑ったりしたら、いじわるな魔法がとけて、わたしもマスターみたいになれるかしら。

 それとも優しい魔法がかかって、この糸が切れるのかしら。たのしみね。


 ねえマスター。わたし、届かなくたって、呼ぶわ。何回でもあなたを呼ぶわ。

 あなたといっしょにいたいもの。こころのとってもきれいなあなたと、笑ったり泣いたりをいっしょにしたいの。

 いいでしょう?

 きっと、とってもとっても素敵なことだわ。


 だからね、マスター、わたしの糸がなくなったら、あなたの名前を教えてくれる?

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― 新着の感想 ―
[一言] マリアローズという名前がとても綺麗です……! マリアローズが懸命にマスターに話しかけるような語り口がまた美しく、愛らしいと感じました。 特に「わたし、届かなくたって、呼ぶわ」の一節の可憐さ、…
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