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7 お茶

「おかえり、レオ」

「ただいま。……何か、変な気分だな」


 精神的な疲労を感じながら寮に戻ると、ノアはにこやかに手を振った。こいつはいつも楽しそうだ。


「変な気分って? 何か悪いものでも食べたのかい?」

「違う。……お前は俺をなんだと思ってるんだ」


 喉が渇いたのか休憩がしたかったのか、ノアはポットでお茶を入れているところだった。こいつ自分でお茶を入れられるんだな。

 座ったら、とベッドを示されたので遠慮なく自分のベッドにダイブした。持ったままだった鞄の中で色々なものが衝突したらしく、ゴシャガシャ、と危ない音がしたが構っていられない。多分中はぐちゃぐちゃだろうが。


「だって、君は拾い食いするだろう?」


 ルームメイトの台詞に、俺の脳内では、道端に落ちていたものを口に入れる自分が映し出された。俺は馬鹿か。

「しない」

「この前、三秒ルール? とか言っていたのは誰だい、レオ」


 そっちか。


「三秒ルールは室内専用って決めてんだよ。外のは食べない」

「どちらにせよ、落ちたものは食べちゃダメだよ」


 お腹を壊すからね、とカップに入ったお茶を差し出すノアは、やはり拾い食いなんて言う行儀の悪いことはしなかったのだろう。俺が三秒ルールだと自分の口に菓子を突っ込んだ時、ノアは信じられない物を見る目で俺を見ていた。


「今更腹を下さないし、お前にやれとも言わないから安心しろ」


 カップを受け取って礼を言い、口を付ける。

 噎せた。


「……っ、ごふっ、げほっ、けほっ……、おいノア」


 盛大に噎せ、どうにか正常な呼吸を取り戻した俺は、のほほんと微笑むルームメイトを見遣った。彼はまだ口を付けていないらしい。


「なんだい? 急いで飲んだらだめだよ、レオ」

「……お前、今まで茶淹れたことないだろ」

「え? うん」


 ノアが美しい所作でカップを口元に運び、茶を飲み下す。直後、微笑みはそのままにカップを置いた。無音のあたり、こういう時でも品がいい。


「失敗は成功の母と言うよね」

「分かったようで何よりだ」


 端的に言えば、ノアの茶は苦い。ちょっと濃いめ、というレベルではない。ひたすら濃い。そして熱い。沸騰直後かこの茶は。吐き出さなかった俺を褒めて欲しいくらいだ。


「今まではメイドが淹れてくれていたから、挑戦してみたかったんだけど……やっぱり些細なところにプロの技があるよね」

「これ、プロの技以前の問題だろうが」


 渡された時に嫌な予感はしていたが。色がやたら濃かったし。


「どれだけ入れたんだよ、茶葉」


 昨日授業が終わった後、飲みたいし必需品だしと売店でノアが買い、おそらく先ほど初めて開けたのだろう茶葉の缶を除く。

 ごっそり減っていた。


「…………おお」


 俺は安いやつで良いと思ったのだが、これくらいは普通だと笑ったノアが買った茶葉。確か一缶で銀貨三枚。ちなみに、銀貨十枚で庶民はひと月暮らす。

 そんな高い茶葉誰が買うんだよ、と思っていたが、貴族の子息子女にとっては端金なのかもしれない。それにしても値段がおかしいが。

 その高すぎる茶葉の三分の一が消えていた。

 まだ熱の残るカップを見る。いっそ怖いくらいの濃さの液体がカップの中で揺れている。とろみさえついていそうだ。


「銀貨三枚の三分の一、それを二分の一にして、いくらだ?」

「銀貨半枚、銅貨で五十枚だね」


 視線を遣った先、銅貨五十枚相当の茶に口を付けるノアが答える。お前が今飲んでるやつの価値だぞ、今答えた金額。

 単純計算すると、俺の故郷ではパンが二十五個買える。頭の中で、パンとカップが天秤に乗って釣り合った。おかしい、何かがおかしい。


「……これからは俺が茶、いれてやるよ」

「そう? 慣れると普通に美味しいよ」


 嘘だろ。どれだけ濃い液体飲んでると思ってるんだ。

 寮の各部屋の設備の一つ、小さなコンロに歩み寄りつつ、視線を辺りに彷徨わせる。その視線に気づいたノアが、コンロの下を指さした。

 その先にある引き出しを開ければ、まだ微かに水気の残る薬缶(やかん)。取り出して、コンロの上に乗せる。


「レオ、空で火にかけるのはいけないらしいよ」

「知ってる」


 むしろ、ノアがどこで知ったのかが気になる。こいつ、やったことないんだろうに。本とかで調べたのか。


「面倒だから魔法で出す」

「なるほど。便利でいいね」


 そういや、ノアは魔法が使えないんだったかと思いつつ、薬缶に手のひらを当てて魔法で水を出し、薬缶の中を満たす。こんなものかと中を覗き込めば、ちょうどいい塩梅だった。魔法石のコンロに魔力を流し込んで火をつけ、湯を沸かす。

 コンロの前で立ったまま待っていれば、ノアが傍に来た。


「何やっているんだい、レオ」

「見たままだ。湯を沸かしてる」

「それは流石に私も分かるよ」


 どうしてお湯を沸かす必要があるんだと聞いているらしい。


「湯を足せばいいと思ってな。濃いんだし」

「どこに?」

「普通に、茶の中」

「へえ」


 むしろ、お前がさっきまで飲んでた茶の中以外にあるのか。どこだ。


「母さんがスープの味付け間違った時によくやってたんだよな。そういう時のスープの量はえげつなかったが」


 なにせ、母さんは色々豪快だ。稀に水を入れすぎ、家族を沈黙させた。


「そういうものなんだね」

「いや、他の家がどうなのかは知らないぞ」


 感心したように頷くノアの庶民観は多分俺が作っている。変なことを吹き込まないようにしよう。

 沸いたのを確認して火を止め、薬缶ついでにカップをもう一つ持っていく。

 興味津々と言わんばかりのノアの前で、カップからほんの少しの茶を移し、大量の湯を注いだ。やっと見慣れた色になる。

 くいっと喉に流し込めば、当然ながら熱すぎた。

 結果、再び噎せる。


「けほっ、温度、忘れてたな……」

「薄くないかい、そんなにお湯を入れたら」

「熱すぎて分からない」


 これはしばらく放置だな、と学院の紋章入りのテーブルに置いたカップは、ある意味予想通り、しばらく忘れられることになる。

 具体的に言えば、翌日の朝まで。




 その日の夜。消灯時間少し前の事。

 俺は魔法学の課題プリントを前にして、文字通り頭を抱えていた。問題が分からないというより、何を聞かれているのかすら分からない。

 こういう時に頼れるルームメイトを知っているので、遠慮なく尋ねた。


「ノア、ちょっといいか」


 二つある机のうち、公正かつ神聖なじゃんけん勝負の結果、俺が向かって東側、ノアが西側となった。ベッドも同様。

 ちなみにそのノアはと言えば、とっくに課題を終えて読書に興じている。またぶ厚い、俺が見たら頭痛をきたしそうなやつ。


「んー?」


 視線を本から離すことなく、間延びした声が生返事を寄越す。呼べば即座に返事をするノアにしては珍しいその反応は、本への集中が故なのだろう。


「悪い、課題について聞きたいんだが」

「いいよ、魔法学?」

「ああ」


 本を閉じて椅子から立ち上がったノアに礼を言い、机の前から体をどかす。

 ひょいと覗き込んできたノアの視線がプリントを滑り、右手がペンを執った。何かを探すように瞳を動かすのを見て、適当な紙を引っ張り出した。


「ありがとう」

「お前が書いてくれても構わないんだが」

「それはだめ」


 んー、と考え込むような声を漏らしているが、ペン先は休むことなく文字を綴る。止まらないのがすごい。


「ここ、魔法の属性ごとの性質についてだけど……」


 滑らかに口火を切ったその口調から長くなりそうだと勘付き、頼んで置いて何だが、と内心でため息を漏らした。

 俺はこんな調子で、進級できるだろうか。


目を通していただき、ありがとうございます!

分かりにくいかもしれないところがありますので、補足いたします。

冒頭でレオが言う「変な気分」は「家族以外におかえりって言われるのは違和感がある」という意味です。レオは感覚や感情に言葉がついていかないところがあるので……できるだけ分かりやすく書くように心がけます。

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