閑話3:初めての奇跡 ~モネ視点~
今回は、レオの幼馴染であるモネ視点のお話です。
短いお話ですが、お楽しみいただければ何よりの喜びです。
『春から王都の学校に行くことになったんだ』
とある春、幼馴染は唐突にそう言った。騎士学院という、将来の騎士様を育てる学校の入学試験に受かったのだという。
幼いころから遊び場にしていた森の入り口、高く聳える木の一つに登り、足をぷらぷらと揺らす。こうしていると、いつもと何も変わらない気がする。
『ええ⁉ ここから通えるの?』
衝撃の言葉に身を乗り出し、一瞬バランスが崩れる。ぎょっとしたレオが何か言う前に体勢を立て直す。呆れたような視線は無視。
『ここからは無理だろ、流石に』
俺より馬鹿、と笑ったレオに、そんなに笑わなくてもと不満を露にむくれてみせた。あなたよりマシよ。私は洗濯物に水鉄砲で水を引っかけて怒られたりしないもの。反論は受け付けない。
『寮があるらしくてな、そこに泊まる』
『そうなの? じゃあ、次はいつ帰ってくるの?』
夏、と幼馴染は短く答えた。
長い休みがあるからと。
『夏って……今はまだ春なのに』
数か月会えない。生まれてから今まで、三日と空けず顔を合わせて遊んでいた相手と、数か月も会えない。
そんな毎日なんて、想像が上手くできない。
『心配すんなって。案外どうにかなるさ』
けろっと答えて器用にも立ち上がったレオに、この気持ちは私だけのものらしいと悟る。悔しい。少しくらい寂しがってもいいじゃない。
キラキラと蜂蜜色の瞳を煌めかせ、あの木に果物なってるぜ、などとはしゃぐ男子には構わず、私は心の中で呟く。
いいもん、レオの「初めて」は私しか知らないんだから。これからレオが誰と仲良くなったって、私しか知らないんだから。
これが子供らしいやきもちだったと気が付くのは、数年後のことになる。
この世界、この国には魔法という奇跡が存在しているらしい。
魔法にはたくさんの種類があって、いろんなことができて、貴族という偉い人だけが使うことができる。
その力を幼馴染の男の子が持っていると知ったのは、ずっと昔のことだった。確か、私たちがまだ四歳の時だったはずだ。
いつも通り遊んでいて、何かの弾みで私が怪我をしてしまった。ちょっとの怪我では無反応の私も、それがいつもよりも大きく痛みも強かったために、散々泣き喚いたらしい。私のことだから、ぎゃんぎゃん騒いだんでしょうね……。今となっては恥ずかしいけど。
今も昔も女の子の泣き顔に弱い幼馴染は、その様子を見て慌てたのだろう。後の本人曰く、治れ、治れって願ったそう。そうしたら。
幼さゆえに霞んだ記憶は、誰かの話で作られたものも多いと思う。けれど、ここだけははっきり覚えているのよ。
『モネ』
泣きそうに歪むレオの顔と、その体から溢れる蜂蜜色の光。金色というには色濃く、茶色というにはあまりに鮮やかなその色。
痛みは吹き飛んで、ただ綺麗だと思った。強く美しい光に魅入られ、その記憶は頭だけではなく心にも刻み込まれているほど。
溢れた光は辺りを照らすほど強く、複雑な紋様を描いていた。温かくて綺麗で、気が付けば傷はふさがっていた。そしてその代わりに、
『うわぁ、レオ⁉ 大丈夫? ねえってばぁ!』
詳しいことは分からないが、レオは魔法の反動なのかぱったり倒れていた。まるで動かない。
魔法への驚きと感動で引っ込んだ涙は、すぐさま出てきた。
『わぁああああああん、レオが死んじゃうよぉおおお!』
尋常じゃない泣き方をした私が大声で叫びまくるものだから、少し離れたところでお喋りをしていた私たちのお母さんたちが悲鳴を上げたとか。
まあ、その前から私の泣き声とか魔法の光とかは見えていて、何があったのかと駆け付けるところだったようだけど。我ながら親泣かせね。
お母さんに聞いたところによると、そのあと、レオが見せた光が魔法というものだと分か
ったらしい。レオの親戚に魔法を使える人がいたという。
その魔法の力もあってか、レオは騎士学院に行ってしまった。
夏と冬には帰って来たけれど、ほとんど王都にいるらしい。しかも、帰ってきても自分からは教えてくれないときた。いつもお母さんから聞いて、私が会いに行っている。薄情ね、レオも。
「もうっ、レオは置いて行かれた側の気持ちが分からないのね」
近所のお姉さんが以前言っていた台詞を真似て言ってみる。なるほど、ちょっと大人っぽい。
ついでにふふん、と鼻を鳴らしてみたら、指先に小さな痛みが走る。縫い針が指に刺さったらしい。しかも結構深めに。慌てて引き抜けば、小さな赤い球ができていく。
「あああ……またやっちゃった」
レオ君も王都で頑張っているんだから、モネもちゃんとお勉強しないとね、という一言と共に教えられたのはお裁縫。簡単そうに見えてなかなか難しい。
「最初はそんなものよ。布を汚すといけないし、血が止まるまで待っていなさい」
「はぁい」
反射で指先を口に入れ、まだ無地の布でしかない手元を見る。
これはもうすぐハンカチになり、可愛い刺しゅう入りのハンカチになり、幼馴染へのプレゼントになる予定だ。母曰く、そうすればあなたもちゃんと作るでしょう、とのこと。流石お母さん。自分用に作ったら途中で投げ出すだろうことはお見通しらしい。
誕生日は過ぎてしまったけれど、次回帰ってくる時までに作り終えなければ。
小さな痛みを煩わしく思いながら、レオがいたら治してもらえるのにな、と思わず呟いた。
まったく、筆不精の幼馴染が返ってくるのはいつのことやら。




