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39 大魔法使い

更新がかなり遅くなってしまい申し訳ありません。

更新を待ってくださった方、本当にありがとうございます。


楽しんでいただければ幸いです。



 短期間で急激に、俺の魔力量が増えている。

 そう断言した魔法使いは、そうねえ、と小さく呟いて黙り込んだ。どう話すかを考えているらしい。


 自由奔放、傍若無人の形容の似合う彼女が、話す内容をこれほど考えているのを見るのは初めてかもしれない。意外だ。


「……ねえイル」


 しばらく黙ったのち、少し疲れたような顔で隣にいる苦労人の教官を見遣った。視線を受け取った教官は、何も言わないまま、俺と紫眼の教官に視線を向けた。


「ルティアス教官、長くなりますのでお掛けください。……楽に聞きなさい」


 前半は紫眼の教官に、後半は俺に向けられた言葉のようだ。


「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」


 にこりと笑い、紫眼の教官は傍にあったソファに腰掛けた。これで、魔法室にある三つのソファが埋まった。

 魔法使いが俺の向かいに座り、その斜め後ろに苦労人の教官が立ち、左のソファに紫眼の教官が座っている。この部屋に来客がそう来るとは思えないが、やけに椅子が多い、気がする。


「前提……基本的なことについては、私から説明しましょう」


 ゆっくりと口を開いたのは、苦労人の教官。感情の読み取りづらい深緑の瞳は俺に向けられ、紡がれる言葉は授業の時のように淡々と必要な情報を並べていく。


「授業で既に教えたことも含まれるが、少し前の話になるからもう一度話そう。分からないことがあったら都度訊きなさい」


 ありがたい、と頷いた俺を見てから、教官は話し出す。

人や魔獣、一部の植物には魔力が宿り、人や魔獣はそれを意図して使うことができ、これを魔法と呼ぶ。一般に体内に持つ魔力量は種族によって決まり、生涯変わらないことがほとんどである。つまり、生まれた時と死ぬときの魔力量は同じということだ。


「だが、人は違う。同じ種族、同じ人種でありながら魔力量に開きがありすぎる。これを見れば分かるだろう」


 これ、と相変わらず雑に教官が指示したのは、案の定魔法使い。膨大な魔力によって瞳どころか髪も白銀に染まっている。窓から差し込む一筋の夕日を受け、白銀の光を散らすように煌めく。


「一般的な貴族の平均と比べても、その差は数倍なんてものではない。本人が測りたがらないから正確には分からないが、数十倍はあるだろうな」

「「数十……」」


 呟けば、誰かと声が重なった。ぱっと顔を上げると、同じ動きをした紫眼の教官と目が合う。にこりと笑う教官から、何となく目を逸らす。


「一つ補足しておくわ。私は生まれてから何度か魔力が増えているけれど、おそらく初期値も高いのよ。物心ついたときには空属性の魔法が使えたもの」

「……空属性の魔法が使えると、魔力は高いことになるのか?」


 首を傾げれば、あんたね、と言わんばかりの顔で魔法使いが呆れる。


「レオ……前に授業で話したでしょ。人の話は覚えなさいよ、せっかく話したんだから」


 まったくもう、と魔法使いはため息を吐いた。


「希少三属性と呼ばれるものは魔力効率が悪い。つまり、魔法を使うのに大量の魔力を必要とする。目安を言えば、そうだな、基本六属性の三倍といったところか。……ところで、先の言葉はぜひとも鏡に言って欲しいところだな、アイリス?」


 教官の補足に感謝しつつ、相変わらずこの魔法使いは大人らしくないと胸中で呟く。まるで俺の同年代のようだ。いや、ノアやルイより幼いだろう。

 理論より感情で、状況より自分の都合で動く。あいつらはまるで逆だ。貴族と庶民の違いなのかもしれないが。

 魔法使いが幼いのか、あいつらが大人びているのか、その両方か。


 そんなことを、頭の隅で考える。


「私に言いたいってことね? 心外ね、あなたの話は覚えてるわよ」


 さりげなく教官が横やりを入れたため、魔法使いは自然と教官に突っかかる。絡まれると面倒なこと、俺が躱し慣れていないことを知った上での対応だろう。ありがたい。ただ、こういうところが苦労人たる所以だろうとも思ってしまうが。


「魔法の話はな。何度言っても道と小言は忘れるらしいが」

「うるさいわね。いいじゃない、貴方がその度教えてくれれば解決するんだから」

「どこの女王だお前は」

「あーもう、本当にうるさいわ。いいから続けなさいよ」


 幼子のようにわざとらしく耳を塞いで睨む魔法使いに一つため息を吐いてから、苦労人の教官は話を続けた。


「過去の大魔法使いと呼ばれた者たちを見ても、やはりその他の魔法使いとは一線を画する魔力量だ。つまり、繰り返しになるが、人は種族や人種によって魔力が決まっているのではない」


 そして、と教官は語を継いだ。

 人は稀に、人生の途中で魔力量が変わることがあると。


「基本はないと言って良い……大多数は生涯同じだけの魔力を持つ。ただ、稀に魔力量が途中で変化するものがいて、彼らはほとんどの場合大魔法使いと呼ばれている」


 白銀の魔法使いのように。そして。


「これは私の予想だけど、レオもそのタイプよ」

「そのタイプって……大魔法使いみたいなってことだよな」

「途中で魔力が増えるという意味ではね。でも、今の感じだとそれほど魔力があるわけではないわ。平均よりはあるけど、せいぜい三倍ってところでしょう。私が十歳の時と比べても……まあ違うでしょうね」


 何てことないように言っているが、割とすごいことを言っている。思わず顔が引きつった。


「……十分多いだろ」


 以前苦労人の教官から聞いた時は、平均より多め、だった気がするのだが。


「大魔法使いはそういうレベルじゃないのよ。ねえイル」

「ああ。アイリスと同じくらいだったと思えばいい」

「うわ」


 つまり平均の数十倍レベルだ。もう人間じゃないだろそれはと言いたくなる。下手をすれば国を相手取れるんじゃないか。

 怖い。


「レオの魔力も多いけれど、希少三属性の魔法使いとしては普通よ。それに、増えた魔力が体に馴染めば制御もできるようになるから、安心なさい」

「あー……こう、安心すればいいのかがっかりすればいいのか分からないな」

「めんどくさいわねぇ。好きな方でいいんじゃない?」


 雑すぎないか。


 だが、魔法使いの言う通りどっちでもいいのだろう。俺がどんな感情を抱こうが、魔力が増えたことには変わりない。

 そう思うことにして、ひとつため息を吐く。


「そういや、精神魔法がどうって言ってたな。なんか声が聞こえるのはそれか」

「ええ。精神魔法も色々あるけど、あなたの話を聞く限りは最初級の魔法が発動しているみたいね」


 最初級の魔法とは、魔法使い曰く、他人の思考を肉声のように聞けるものらしい。


「あー……魔力が馴染むまでってことは、しばらくこれ続くのか」


 口にして、ふと気が付く。

 この部屋に入ってから、心の声は聞こえていない。

 けれど、疑問を口にする前に魔法使いが口を開いた。


「あなたにペンダントをあげたでしょう。しばらくあれをつけていなさい。そうね……二週間くらいでいいんじゃないかしら」

「……ああ、あったな、そんなの」


 歯切れの悪い返答のせいか、まさか失くしていないでしょうね、と睨むような視線を向けられ頷く。部屋にあるはずだ。


「レオ・リーベル、今も私たちの思考が聞こえているのか?」


 ふと、苦労人の教官が視線を向け、俺の疑問をなぞるように問う。


「あ、いえ、ここに来てからは全然」

「面倒だから一時的に発動しなくしてるのよ。安心していいわ、イル」


 嫌味なほどに綺麗な笑みを浮かべた魔法使いが、これまたやけに優しい声で種明かしをする。突っ込みどころが多すぎてどうすればいいのか分からない。


「魔法を使えなくしているということか」


 俺以上に覚えているだろう違和感を全く悟らせない口調に、いっそ感心する。応じる魔法使いは、相変わらずぬるま湯のような表情と声だ。


「ええ。貴族はこういうの嫌でしょう?」


 その言葉が部屋に落ちた瞬間、二人の貴族はそれぞれ苦笑と微笑を浮かべた。何も語を継がないことが答えだろう。

 数秒の沈黙の後、苦労人の教官がぽつりと呟く。


「お前は本当に貴族が嫌いらしい」

「……好きになれるわけないでしょう?」


 にこりと、魔法使いが笑う。苦労人の教官が小さくため息を吐く。

 異様な緊張感に背筋を泡立たせたとき、当の魔法使いが景気よく両手を鳴らした。これでおしまい、という合図だと、続く言葉で知る。


「それにしても、一気に増えたわねぇ。前に会ったときの倍はあるわよ」

 白銀の瞳が、同意を求めるように苦労人の教官を見遣る。


 その視線を受け、教官が首肯した。


「そうだな、入学直後は平均より少し多い程度だった。数日前までそうだと思ったが……アイリス、魔力というのはこうも急に増えるものなのか」

「そうじゃないの? 私はそうだったわよ。ある朝目覚めたらいきなり増えてて、の繰り返しだったわ」

「なるほど。では、他の大魔法使いは?」

「あなた、どうして私が知っていると思うのよ」

「……なるほど」


 目の前で繰り広げられる会話の意味が掴めないでいると、俺の様子に気づいた紫眼の教官が二人に向かって口を開く。


「確か、現在の我が国に、大魔法使いと呼ばれる者はいませんね。……おそらく、アイリス嬢は大魔法使いと呼ばれて然るべきだとは思いますが」


 後半は苦笑を滲ませた台詞だった。当然のように、魔法使いは意に介した風もなくけろりと返す。


「実力的にはそうかもしれないけど、把握されるのは好きじゃないの」

「……アイリス」

「庶民の確認を怠った国が悪いわ」


 私は悪くないと主張する魔法使いに、二人の教官は、片や苦笑を浮かべ、片やため息をつく。いよいよ意味が分からなくなってきた俺は、理解を諦めておとなしく黙っていた。魔法使いは今年も自由人だということだけは伝わってきたが。


「……あとで説明しますね」


 俺に向けてそっと片目を瞑って微笑んだ紫眼の教官は、今日見せたどのことも違う「教官」の顔をしていた。いくつもの顔を使い分ける器用さは流石貴族というところか。いくつあるんだ、顏。


 というか、俺はこんなに自然にウィンクをしてみせるいい歳した男に、初めて会ったかもしれない。


「えっと、ありがとうございます……?」


 よく分からないまま頷いた俺の眼前で、魔法使いがぶつくさと呟き、苦労人の教官が天井を仰ぐ。

 つまり、今年もこの二人は変わらないらしい。

 投げやりに呟く声は、俺の胸の内だけに留めておいた。






 魔法使いと苦労人の教官を残して魔法室を出た後、隣を歩く紫眼の教官が口を開いた。歌うような声は上機嫌で、もっと言えば楽しそうだった。


「ベイルード教官って面白い人だったんですね」


 あの魔法使いのせいで、紫眼の教官にとっての苦労人の教官は「面白い人」になったらしい。気の毒に、と胸中で呟いた。紫眼の教官の口調がやや楽し気なのが、気の毒さを助長させる。


「あの魔法使いと一緒にいるとあんな感じです」


 王族、王族、と心の中で唱えて、どうにか敬語を忘れないようにする。


「ああ、なるほど」


 ふふっ、と紫眼の教官は笑う。


「いつもは冷静で真面目なんですよね、ベイルード教官。でも今日はくるくる表情が変わって面白くて」


 子供のように笑う姿は、けれどやはり気品がある。流石は王族。

 その横顔に感じた既視感に思い至る前に、そういえばと教官が語を継ぐ。


「先ほどの説明をまだしていませんでしたね」


 何かおっぱじめようとしているな、と怪訝な俺に、教官は言葉を足す。


「今のこの国に大魔法使いがいない、という話です」

「ああ……」


 そういえば、そんな話をしていた。

 詳細は綺麗に忘れたが、魔法使いがぶつくさ言っていたのは覚えている。


「レオ君はこの国の歴史をどこまで知っていますか?」

「授業でやったところなら」

「なるほど。一年生の冬か……まだやっていないかもしれませんね」


 そう言って説明し始めたのは、大魔法使いについて。

 簡単に言うと、一定以上の桁外れな魔力を持つ魔法使いが国に認知されると大魔法使いと呼ばれるようになる。ほとんどの魔法使いは貴族家出身のため、千年ほど前から、貴族家の子どもは定期的に魔力を測定しているらしい。それによって、大魔法使いと呼ばれるに値する魔力を持つ子を探し出しているのだと。

「彼女が……アイリス嬢が言っていたのはそれのことです。魔力を測定されるのは貴族家の子どものみ。庶民は対象外です。なので、自分で届け出てもらわないと把握できなくて」


 そこまで聞いて、俺はようやく納得した。これが『私は悪くない』か。


「だから、君やアイリス嬢のような庶民の魔法使いに気づかないんです」


 国が主導していながらお恥ずかしいことです、と苦笑した教官とは、教官室の前で別れた。


「ここを卒業するころ、君はどうなっているんでしょうね」


 楽しみにしています、と意味深な言葉を残し、教官室の扉は音もなく閉まった。音を立てずに扉を閉めることも貴族の教育なのだろうかとどうでもいいことを考えながら、俺は寮へ向かって歩き出した。


 俺の体質(まりょく)を二人の友人に何て話そうか。


 ペンダントをつけるにしても、相手の思考を読んでしまうかもしれない以上黙っているのはフェアじゃないだろう。それに、あいつらに隠し事をするのは気が進まなかった。けれど、伝えるための言葉が見つからない。


 俺があいつらだったら、こんなのといるのは嫌だろうから。


 いつの間にかあいつらに嫌われるのを恐れるようになった自分に気づき、小さく笑ってしまう。たった数ヶ月、いや、もうすぐ一年か。早いものだ。

 途方に暮れた俺は、とうに沈んだ陽の残滓を追うように、遠い空へ視線を彷徨わせるしかなかった。




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