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38 レディと紳士

投稿が大変遅くなってしまい、申し訳ございません。


 俺、白銀の魔法使い、苦労人の教官、紫眼の教官。何がどうしたらこのメンバーで話すことになるのかと、当事者ながら思う。しかも話題は俺の魔力についてらしい。訳が分からないし帰りたい。


「そうそう、まず自己紹介をお願いできるかしら、貴族様?」


 揶揄と親しみ、どちらともつかない声音と表情で以って、白銀の魔法使いは紫眼の教官を見遣った。不敬と捉えられかねないが、知ったことではないらしい。


「ああ、まだでしたね。失礼いたしました」


 そのとき、覚えのある感覚と共に教官の纏う空気が変わった。穏やかな好青年から、貴族の頂点に立つ最高位貴族、王族に。俺に貴族の下位上位は分からないが、それでも伝わる圧倒的強者の空気感だ。


 鮮やかな紫色の双眸に知性と穏やかさ、高貴さを宿して微笑む紫眼の教官は、確かに高位貴族の風格を持っていた。

 ノアやルイも貴族モードに切り替えていたが、これは貴族の標準装備技術なのだろうか。多分そうなんだろう。器用なことだ。


「僕はルティアス・バイオレット。先王の第三王子で、現在は王弟です。三年前から騎士学院(ここ)で魔法学の教官をしています。……あ、大事なことを一つだけ」


 そこでふっと相好を崩し、今は教官だから身分を気にせずに接してほしいと、先ほど苦労人の教官に言っていたのと同じ内容を繰り返した。


「身分の貴賤を学院内に持ち込むべからず。学院規則もそう言っていることですし、僕のことはルティアスと呼び捨てで。敬語もなくて構いませんよ」

「あら素敵な申し出ね。じゃあルティアス、質問をいいかしら?」


 そうは言われても、と躊躇う苦労人そっちのけ。面倒が嫌いで自由な魔法使いは言われた瞬間呼び捨てにした。この胆力はなんなんだ。


「はい、もちろん」

「貴方の瞳、紫色よね。話に聞いただけだけど、その色は希少三属性以外の六属性を等しく扱える王族の証。これは合っているのかしら?」


 自分の自己紹介をすっ飛ばして質問に興じる魔法使いに、紫眼の教官が微笑んで首肯する。その鮮やかな紫眼が、ちらりと一瞬だけ俺を見た。


「合っています。……ベイルード教官には知った話になりますが」


 続いて視線を向けられた苦労人の教官が、こちらも一瞬俺を見てから頷いた。何だよ。


「王族を除く貴族家は六属性のうち一つを得意としています。ただ、当たり前ですがそれ以外の属性の水準は得意属性に遠く及ばないことが多いのです」

「……分かりにくければ具体例を思い浮かべると良い。ライムライト家やシアン家の話は聞いたことがあるのではないか?」


 助け船のような苦労人の教官の言葉に、俺は脳裏にルームメイトを思い浮かべた。魔力について何度か聞いたことがある。確かあいつの家は、雷。

 ライムライト家であれば雷属性が得意だが、他の属性の魔法は比較的扱いづらい。そういうことだろう。


「その一方で、王族は六属性全てを同水準で扱うことができます。その水準はおおよそ、他の貴族の得意属性レベル。つまり、王族は様々な魔法を高水準で使えるというわけです」


 魔法学の授業みたいになってしまいましたね、と微かに苦笑を浮かべ、紫眼の教官はにこりと笑った。


「今ので答えになりましたでしょうか?」

「ええ、ありがとう。流石は教官ね。分かりやすいわぁ」


 上機嫌に笑った後、白銀の瞳は探るように細められる。


「ところで、そんな王族(あなたたち)でも希少三属性は使えないのかしら。他の貴族家は使えなかったはずだけど、王族も?」


 返ってきたのは穏やかな肯定だった。


「ええ。光、闇、空、このいずれも王族は扱えません。貴女の仰るように他の貴族家も」


 ふと、思わずと言ったように、魔法使いは不敵な笑みを唇に刻む。


「へえ……だから貴方は希少三属性に興味があって、今は楽しくて仕方ないってところかしらね」


 その言葉と笑みを向けられた紫眼の教官は、少しばかり意外そうに瞬く。


「……顔に出ていましたか?」

「ええ。まあ、そんな分かりやすくはないから安心なさい」


 ここは貴族連中の蔓延(はびこ)る社交界じゃないんだしね。


 付け足された言葉の遠慮のなさに、貴族二人が呆気にとられたように固まった。いや、苦労人の教官については凍り付くという方が正しいかもしれない。あいつらから見ると俺もこんな感じなのだろうかと、さしもの俺も顔を引きつらせていると、短い沈黙は彼らによって破られた。


「……貴族、連中……蔓延る……」

「アイリス……頼むから、お前は遠慮と外面を覚えてくれ。頼むから」


 片や言葉を詰まらせて俯き、片や呆れと諦めの混じる表情で空を仰ぎ、頭痛を堪えるように眉間にしわを寄せる。よく見ると、紫眼の教官の肩は小刻みに震えていた。


学院(ここ)ならともかく、他の貴族に対しては気を付けてくれ……」

「気を付けたわよ、私にしては」

「…………はぁ……」


 何かを言おうとして何も言えなかったらしい教官は、いかにも苦労人といった表情で額に手を当てた。同情する。


「じゃあ本題に入りましょうか。レオ」


 二人の教官を一瞥の後に綺麗に無視し、魔法使いはくるりと俺に向き直った。あの二人は放っておいて良いのだろうか。


「イルには説明役を頼まれたんだけど、それより私は今のあなたが気になるわねぇ」


 再びまじまじと俺の顔を見つめてから、魔法使いは苦労人の教官を振り仰ぐ。


「イル、魔力測定装置出して。ここならあるんでしょう」

「ああ。……先ほどお前が言っていたのはそれか」


 教官二人はすでに回復したらしく、苦労人の教官はすぐに棚へと歩き出した。紫眼の教官もいつもの通り、にこにこ笑ってこちらを見ている。


「そうよ。ほら、ちゃんと思い出したんだからまだまだ若いわ」

「そうだな」


 魔法使いを軽くいなす声を聞くと、この二人の精神年齢の差が見える気がする。どちらが上なのかは言うまでもない。


 ことり、と目の前に静かに置かれたのは、透明な球。どこかで見た覚えがあるが、思い出せない。


「レオ、手を乗せて。大人しくしてなさい」

「なあ、これは何を」

「やれば分かるわよ。ほら」


 結局魔法使いに手を掴まれ、ぐいと透明な球に乗せられた。どうしてこいつはいつも強引なんだ。説明くらいしろと思う。

 文句が口を衝く直前、球が光り始めた。


「は?」

「動かすんじゃないわよ」


 煌めく何かが俺の掌から球の中へ吸い込まれ、球の中で戯れのようにくるくると回っている。琥珀色の光。ということは俺の魔力か。


何だこれ、を十回ほど脳内で呟いた頃、また変化が起きた。球に乗せた俺の手のすぐ上、真っ白な光が複雑な模様を持つ円形を描き、やがて色を変え始めた。

 見慣れた琥珀色、薔薇色に近い赤、夏空のような青、深緑、檸檬のような淡い黄、極々淡い緑、赤みのある茶。

数秒ごとに色を変える魔法陣は、七つの色を見せた後、もう一度琥珀色に染まった。そして唐突に消える。


「……は?」

「もう放していいわよ。知りたいことは分かったわ」


 俺は何も分からない。やっても分からない。


 自分が何をさせられていたのか、魔法使いは何を知ろうとし、知ったのか。俺への説明を始める素振りを見せない魔法使いに、苛立ちよりも諦めが先立つ。この魔法使いに常識的な対応を望めるはずもない。

 そんな俺の様子を見ていた苦労人の教官が、呆れに苦笑を滲ませて魔法使いを見遣る。まったく、とでも言いたげだ。


「それで何が分かったんだ、アイリス」

「何って、分かるでしょう? いちいち訊くんじゃないわよ」

「一切の説明がない状況でその台詞とは、どこの暴君だお前は」

「暴君? レディに向かって何て言い草なのかしら。まったく、紳士の教育を受け直しなさいな」

「必要であれば考えよう」

「あら、迷う必要があるのかしら」


 二人の気安いやり取りに棘はあれど、互いへの悪意はない。

 いつも思うが、この教官はこういう台詞も言えるらしい。授業での姿だけしか知らなければ想像できないだろう。


 案外面白い奴だよなぁと笑みを浮かべると同時、しばらく静かに様子を見ていた紫眼の教官が笑みをこぼした。


「ふっ……ははっ」


 堪えようとしたようだが、失敗したらしい。

 自己紹介の時に見せた清廉さや高貴さは消えうせ、幼さすら感じさせる顔で笑っていた。おかしくて仕方ないと言わんばかりの表情だ。


「あははっ、ベイルード教官がこんなに面白い人だったなんて初めて知りました。意外な一面を見られましたね」


 その一言で、苦労人の教官は我に返ったようだった。刹那、ややバツの悪そうな顔をした。すぐにいつも通り冷静な顔になってしまったが。


「……失礼」

「お気になさらず。僕としてはこれからもぜひ見せていただきたいくらいです」


 御冗談を、という短い言葉のみを返した苦労人の教官に微笑み、紫眼の教官は魔法使いへと恭しく礼をして見せた。その表情も仕草も雰囲気も、まるで御伽噺に出てくる王子のよう。


「聡明なレディ、教えてはいただけませんか。あなたの瞳は何を見、何を知ったのか。どうか(わたくし)にご慈悲を、アイリス嬢」


 噴いた。

 堪える暇もなく噴き出した。


 いや、何か飲み物を口にしていたわけではないから盛大に噎せたという表現が適切なのかもしれないが、そんなものは今どうでもいい。


 いきなり何を言い出すんだ、この王族。


 げほげほと噎せる俺を一睨みしてから、魔法使いは妖艶さすら感じるほど艶やかに微笑んで見せた。なるほど、先ほど苦労人の教官が言ったように、悪役女王という例えがしっくりくる。


「素敵なお願いの仕方ね、王弟殿下」


 紫眼の教官に合わせて演じているのか、普段とは異なる、しっとりとした笑みを浮かべる魔法使い。その手を伸ばせば、紫眼の教官が手を差し出す。手を重ね、魔法使いは言葉を重ねる。


「そうね、じゃあ教えてあげましょう。分からないというのなら仕方ないわ。ねえそうでしょう?」

「感謝いたします、レディ」


 紫眼の教官がそう言って笑った瞬間、魔法使いは手を離し、パンッと手を打った。やけに鮮明に、魔法室に音が響く。


「というわけで、仕方ないから説明してあげるわ」


 ソファに深くもたれ、どこか気怠そうにそう言う魔法使いに先ほどの女王の残滓はない。恐ろしいほど切り替えが早い。

 そしてそれは紫眼の教官も同じ。既に教官モードに戻っており、にこにこと微笑んで話を聞いている。


 それにしても、魔法使いの扱いが上手いものだ。あの自由な猫が請われるままに説明しようとしているのだから。


「じゃあ、結論から言うわ」


 白銀の瞳が俺に向けられる。


「単純な話よ。レオの魔力量が増えているの。短期間で急激にね」


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