33 大掃除
投稿が大変遅くなってしまい申し訳ございません……!
週に一度の頻度で投稿することはまだ難しいとは思いますが、投稿を再開しようと思います。
待っていてくださったみなさま、本当にありがとうございます。楽しいひと時となれば幸いです。
そう大きくもない家の中に、これでもかと寒風が吹きこんでいる。容赦なく肌を突き刺す寒さに身震いして、潔いほどに全開の窓を見遣った。
「さっむ……」
「動けばあったかいさ。ほら、チャチャッと掃除しておいで!」
「へーい」
あっけらかんと笑う母親に追い立てられ、おざなりな返事と共に自室へ向かう。素足で歩いているわけではないのに、床から伝わる冷気で足先が冷たい。
「帰って来て早々、大掃除かよ……」
今年も残すところ一週間、いわゆる年の瀬だ。
騎士学院は昨日から冬休みに入り、やはり免除されない朝練をこなして列車に乗った。このあたりは安定の鬼畜さと言える。
ただでさえ長い道のりが雪のせいで三割増しの時間を要し、速やかに移動したはずの俺が実家の扉を叩いたのは、日が落ちるころだった。恐ろしく寒かった。
『レオ、良かった。無事に着いたね』
雪の道中を心配した母親に頼まれたからとリーゼヴェル駅に迎えに来た父親とともに、俺はほっとした様子の母親に迎え入れられた。子供でも野郎なんだから、と口走った父親は母親に睨まれていたが。
帰ってくれば一安心らしい母親は、帰って来た時のしおらしい様子はどこへやら、今朝目を覚ました俺に大掃除の手伝いを言いつけた、というわけだ。
「うう……さっむ」
階段を上り切ったところで身震いし、兄と兼用している寝室の扉を開けた。
明日が納期の仕事があるそうで、兄貴は父親とともに鍛冶場に籠っているらしい。母親曰く、日が昇るかどうかの時間帯に起きだし、それから鍛冶場に籠っているという。
『二人いると掃除が進まないだろう。今のうちにやっときなさい』
母親の台詞は至極もっともで、言い返せる部分がない。あれこれ吹っ掛けてくるのはいつも兄貴だと、声を大にして主張したいが。
「片付けって言われてもな」
自室を見回し、途方に暮れる。
俺も兄貴も整理整頓を得意とするタイプではなく、むしろ対極と言っていい。俺の荷物の一部は学院の寮にあるためまだマシだが、兄貴のはそうはいかない。あちこちに物が散乱している部屋は、はっきり言って汚い。しかも散らかした張本人はいないときた。
二段ベッドの上段からはみ出している寝間着やらよく分からない何かやらを見て顔をしかめるも、それで何かが変わるわけではない。
「……とりあえず、俺のを片付けるか」
容赦ない母親によって景気良く開け放たれた窓を恨みがましく見遣り、次にまだ自分の体温が残っているだろうベッドに視線を向ける。願わくは、いますぐベッドに潜り込みたい。
「…………」
深いため息を吐いて、そこらへんにあった上着とマフラーを手に取る。風がガンガン入ってくる以上、外に行く時と同じ格好でいたほうがいいだろう。
しばらく突っ立っていた俺は、諦めて踵を返した。階段のてっぺんから、母親を呼ぶ。すぐに聞こえた返事に、また声を張り上げた。
「大掃除って、何するんだったっけ」
「去年もやったろう。まずは要るものと要らないものに分けなさい。それが終わったら片付けて、その後に埃を掃除するんだよ」
「うわ、面倒くさそう」
ぼそっと零した言葉を聞き逃す母親ではなく、すぐさま声が飛んでくる。
「ちゃんとやるんだよ!」
「へーい」
再び適当な返事をし、大人しく部屋へと戻った。
母親の指示に従うべく、ぶつくさと文句を舌で転がしながらベッドの下を覗き込む。手を突っ込み、触れたものを引っ張り出す。
「うっわ、きったな」
正直な感想を漏らし、思いっきり眉を顰める。埃にまみれ、虫の死骸も混ざりながら出てきたのは、見覚えがあるようなないような、そんなものたち。具体的に言えば、いつかの靴下とか。
これは洗濯に出すべきかと数秒思案し、母親の顰め面を簡単に想像できて止めた。怒られてまで再利用したいとは思わない。
さてごみを捨てようと辺りを見回し、大掃除用の大きなゴミ袋がないことに気づく。
「母さーん、ごみ袋ない?」
母親を探して階段を降り、勘で台所を覗くも不在。あれ、と庭に顔を出し、洗濯物を干しているのを見つけた。
確かに晴れてはいるが、この気温で乾くのだろうか。
「母さん」
「おや、レオ。まさか、もう掃除が終わったのかい?」
「まだ。ごみ袋ない?」
作業の手を止めず、母親は少しの間をおいて答えた。
「台所の棚にあるよ。好きなだけ取っていきな」
「そんなにいらない」
くるりと踵を返した俺の背を、母親の声が追いかけてくる。その声音からして、ふと思い出しただけなのだろう。
「そういえば、あんたモネちゃん家に顔出したのかい?」
「モネ? 出してないけど」
大体が、帰って来たのが昨日の夜だ。そして今は午前中。しかも大掃除を当の母親に朝から命じられている。これで会いに行けるわけがない。
まったく、と母親が息を吐く。俺に非はないんじゃないかと思いながら、その息が淡い雲となってすぐに消えるのを眺めていた。
「今日にでも顔を出してあげなさいよ。よく遊んでたあんたが王都に行っちゃって寂しがってるみたいだから」
「今更かよ」
夏休みに帰って来た時に何度か会ったが、特に変わったところはなかったと思う。なんだかんだ、学院に入学してもう八か月が経つ。寂しいだの何だのがあったとしても、もう慣れただろうに。
「散々遊んでもらったんだから、お菓子のお礼のついでに行ってきなさい」
「お菓子?」
「あんたにって、モネちゃんのお母さんがくれたんだよ」
「俺知らないけど」
「カイが全部食べてたね、そういえば」
なに人のもの勝手に食ってんだあの兄貴。俺が同じ事をしたら怒るくせに。
「は? じゃあ兄貴に行かせれば」
投げやりに言った俺に、母親が視線をついっと動かした。その先にあるのは鍛冶場。兄貴と父親が籠っている場所だ。
言いたいことを察したものの納得はできず、ゆっくりと息を吐きだした。
「……分かった」
今度こそ、と踵を返して部屋への道を辿る。
「そうそう、部屋が終わったら玄関掃除と、それと廊下も頼んだよ」
俺の母親は息子使いが荒い。
俺は何も言わず、ただただ白い息で視界を曇らせた。母親にはどうやったって勝てない。たった十年の人生だが、それくらい知っている。
他のどこより、実家の自室を掃除するのは気が進まなかった。
ここは一番、過去の自分がいる場所だから。
「……はー……」
結果から言えば、俺の部屋にあったものの半分近くはゴミに相当した。証拠隠滅も兼ねて捨てたものもあるが、純粋なゴミも多かった。
例えば、計算に使ってそのまま机の下にあった紙とか、何かを貰った時の包装紙とか。机の裏や引き出しから大量に出てきて閉口した。
俺はゴミが好きなんだろうかと皮肉を言いたくなるくらいには、ゴミとしか呼べないものがたくさんあった。去年も大掃除をしたはずなのだが。
必要なもの、必要じゃないもの。
大掃除の成果を眺めやり、必要じゃないと判断されたものの詰まったゴミ袋を持ち上げた。
二往復してゴミを玄関にまとめ、綺麗になった部屋の床に座り込んだ。目の前にあるのは必要なものだ。文房具や、よく使った遊び道具など。割とたくさんある。
「これをどう仕舞えと……」
通りすがりの母親に釘を刺された通り、必要なもの認定されたものたちを片付けなければならない。つくづく、掃除とは面倒なものだと思う。
日頃掃除とは縁遠いため、どこにどう仕舞うべきなのかの判断がつかない。部屋の端っこに積み上げておくか。
そんなことを半ば自棄になって考えつつ、水鉄砲を手に取る。なんとはなしの行為だったが、最近の記憶を呼び起こされて笑ってしまった。言わずもがな、ルームメイトのことだ。
黒銀祭の最終日、やけに実行力のある天才アホ貴族は水鉄砲をやりたいと言い出した。まだ、ギリギリ夏場と言えなくもなかった時期だ。
水鉄砲で遊びたいなら水鉄砲がなければいけない、という至極当たり前の俺の言のもと、俺たちは街で竹を買った。木材の一種として使われるので、材木屋で切れ端を譲ってもらったのだ。愛想をフル活用するのを忘れない。
必要な工具もなかったが、そこはそれ。魔力を応用すれば大抵の道具は代用できることが多い。こういうとき、魔法は便利だと思う。チャチャッと作って見せた俺にキラキラした目を向けながら、ノアは喜んで遊び始めた。
『おもちゃって自分で作れるものなんだね』
『まあな』
『これは……水はどうやって入れるんだい?』
水属性が得意なルイに水を出してもらい、水鉄砲の中に水を入れることにした。球状に浮かんだ水の中に筒を入れ、中の棒を徐々に抜いていく。
『で、水から出して押し込むと……。ほら』
ぴゅーっ、と勢いよく飛び出した水が弧を描き、ぱたたっ、と地面に落ちて線を描く。作業場兼遊び場にした広めの路地は誰もいなかった。遠慮なく棒を押し込む。
『わっ』
『ははっ、結構勢いよく出るだろ?』
一瞬だけ直線状に飛び出した水はすぐに勢いを失い、ぽたぽたと力なく垂れた。水切れだ。
『的を狙うか、お互いに掛け合うかってところだな』
『水を掛け合う……』
おそらくやったことがないのだろう。ルイがぼそっと呟いた。ちらっとこちらに向けてきた視線は、そんなことをしてもいいのかと尋ねている。俺とは違って真面目だ。
『そこらの洗濯物には間違っても引っかけるなよ。……とはいえ、ここにはないか』
故郷でやらかしては恐ろしい剣幕で怒られた記憶が過ぎり、背筋が冷える。軽いトラウマだ。
『まあ、ルールもないし好きに遊べばいいさ』
なんだかんだで三人とも服をぐっしょりと濡らしたのは記憶に新しい。ちなみに、帰った後寮母によってシャワー室に放り込まれた。まだシャワー使用時間外だったのだが、お構いなしだ。
思い出し笑いを漏らし、笑いの波が消えた時には考えるのが面倒になって机の上に山にした。来年またやればいいだろう。
覚えていないだけで去年と同じ考えのもと同じ行動をしたとは知らず、俺は軽やかに部屋を出て行った。




